3.田舎ボスの企み
寒さから逃れるように、コンクリートの建物を転がり出た私達は、暖房の殆ど効かない軍用車の方が、まだ天国だと知ったのでした。
車は、そのまま、市内の中心を流れる橋を渡り、目抜き通りの大きなホテルの前に停まりました。
「こちらです。」
巨大なシャンデリアの吊るされたエントランスを通り、奥に向かうと、この町のボスでもある市党書記が、武装警察の局長(署長)と、警察署長を両脇に控えて出迎えてくれました。
背後の扉の向こう側、まるで結婚式会場のような巨大な宴会場には、私の名前の後ろに「先生」と付けた視察団御一行様を歓迎致しますと書かれた深紅の大横断幕が掛けられています。
「本当は、去年からこういった華美な宴会は禁止されている筈だがなぁ。」またしても口をついて呟いてしまいましたが、きっと私の背後の職員氏は苦虫を噛み潰したような顔をするばかりで、正確には訳したりしない事でしょう。
それにしても、縦割り組織のこの国で、常に反目しあう二つの治安維持組織の中ボスが、揃って付き従っているという事は、この党書記、なかなかの大物のようです。
ここは敬意を払って、田舎ボスと呼ぶ事にしましょう。
促されて、奥の白布にの敷かれた『ひな壇』に進みましたが、ワザと末席に私が就こうするのを、中ボス二人が押しとどめ、田舎ボスの左右に、私と里美を座らせました。
「先生は、今回、私達の大事なお客人です。必要な事は、何でもこの二人に申しつけてください。」
田舎ボスの慇懃な態度に、職員氏もやや鼻高々です。さも、自分の事前接待が上手く行ったとでも言いたげでした。
「さて、それで、一体我々に何を御望みでしょうか?」これは、言葉とは裏腹に、何をしてくれるのかと聞かれているのと一緒です。
「いえね、この町の先にある国境向こうの国が、最近キナ臭いので、ドローンを使って、様子を見て来いと言われたのです。」
とは、正直に言えないので、有事兵站=ロジスティクスがキチンと機能しているかを調べに来たとか何とか、言い繕っておきました。
但し、とある特定分野での先端教育を、この地区の担当部門構成員に施すと説明すると、とたんに満面の笑みになりました。
この地域の発展の要にすると打ち上げた、『特別開発区』が上手く行っていないのは、事前に調査済みでしたから当然ですね。
田舎ボスと言えども、所詮は国家予算に群がる金蠅銀蠅の一匹に過ぎません。
大宴会のあと、案の定、個別に麻雀に誘われました。階上のVIPルームには、高級自動麻雀卓が用意されていました。
高レートの掛け麻雀なのですが、流石は発祥地だけあって、一流の腕の雀師揃いです。
もっとも、こちらは最初から大負けする心算で来ているので、一向に気にしませんでした。
二時間ほどで、私の負け分は、高級外車1台分ほどになりました。
この高額の負け分のカタは、当然のことながら里美の肉体です。
諦めたような、それでいて楽しんでいるような、複雑で妖艶な表情を見せた里美を置き去りに、私は外で待たされていた職員氏と、金策を口実に、基地に戻りました。
そして、里美がボス三人を、その全身を使って骨抜きにしている間に、私は職員氏と、彼が首都から呼んだ部隊の部下達と一緒に、河を超え、
厄介な熊達の巣穴の中に、本当は何匹の仔熊がいるのか、その鳴き声をすっかり調べ上げる事に成功しました。
結果的には大言壮語の割には、大した事は無いと判ったので、報告を受けた師匠のクライアントも一安心でしょう。
本来は序に、北側の海沿いにある鯱の巣も調べたい処でしたが、移動中に隊員の不手際で、一人が落命するほどの事故
(無論、職員氏が、その数十倍の仇は討ちましたが)もあり、今回は諦めざる得ませんでした。
夜明け直前まで掛かって、基地に戻ると、中隊規模の武装警官に拘束された、職員氏の部下が玄関ホールに転がされており、
疲れ果てている私と職員氏たち一行に、一斉に百近い銃口が向けられました。
「一晩中、敵に撃たれた後、味方からも撃たれるとは、この国の職員も御苦労な事だ。」私が両手を上げながら職員氏をからかうと、
「ウルサイ!」と思わす大声を出す職員氏でした。
「おっと。大声を出すと本当に撃たれるぞ。」
故カラシニコフ氏の設計を改良した、胡桃型高速弾に肢体を切り裂かれて、さっきの熊達のあとを追って、あの世に行くのはまだ嫌です。
「お前達、この寒い中、何処に散歩に行って来たんだ?あ!」
ちょび髭の中ボス局長が、玄関の奥から偉そうに甲高い声を出しました。
さて、彼らがこんな暴挙に出たという事は、きっと首都で何か起きたに違いありません。
「そちらこそ、一体何の真似だ!」威勢だけはいいな、職員氏。
「先程、我々の重要な同志が拘束された。貴様らが、その証拠を集めに来たのは判ってるぞ。」
成程。噂には聞いていましたが、対立する反主流派の資金源の一つである薬物ルートの供給源が此処の、闇越境品だったと言う事でしょう。
悪事を働く輩は、想像力が逞しいものです。しかし、ここで撃ち合うと、最悪内戦になりかねません。
田舎警官達は想像もしていないようですが、職員氏の部下が、首都の本部に実況中継中ですので、ここは暫くの間、睨み合って、時間を稼ぐしかないようです。
ほぼ同時刻、件のホテルのVIPルームで、里美は又しても、身の毛も弥立つ様な拷問を、そのか弱い肉体に受けようとしていました。
それは、里美が丁度、3人の怒張を一度に纏めて上下の3つの穴に受け止めた、正にその瞬間に、部屋に飛び込んできた制服警官の一言で始まりました。
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