2.北へ南へ。先ずは北へ。
その晩、開発された里美の技を、存分に堪能した私は、里美に、これからこの地で私のパートナーとして過すにあたっての心構えを伝えました。
翌日は、市内の繁華街にあるのが意外な、この国の某組織の運営する射的場へと向かいました。
日本の縁日の射的と違うところは、ここでは本物の銃器、そう、ハンドガンはもとより、支払い次第では、アサルトライフルまでを射撃練習出来るというところです。
東洋一の大都市のど真ん中で、このような施設を運営しているところが、この国の歪さを代言していうようなものです。
里美との最初のミッションは、シベリア寒気団の本拠地、シベリア虎と熊が死闘を繰り広げる国境地帯でした。
最近、世代交代した三代目が不穏な動きを見せており、膨大な流民が国境の河に迫っているとの情報もありました。
師匠からの指示に従い、極寒の田舎空港に降り立った私たちの目に先ず入ったのは、
軍用航空基地としても使用されているこの空港の特徴である、大量のジェット戦闘機の駐機された姿でした。
少ない乗客たちと別れて、迎に来ていた軍用車で私たちが向かったのは、この地区を統治する地方政府の武装警察基地でした。
「軍閥時代と中身はなんら変わらないなぁ。」私は口の中で呟いていましたが、始めて見るツンドラに見とれている里美は気付かなかったようです。
荷物を官舎に置き、寛ぐ間もない私たちの個室を最初に訪問したのは、将官の制服を纏った、職員氏でした。
襟章は、政治将校の中校(中佐)となっています。
「お久し振りです。」相変わらず達者な日本語です。
私の身分は民間人なので、敬礼ではなく、握手を求められました。
「貴官こそ。少し太られたのでは?」
握手を返します。
「奥様も、お久し振りです。お元気になられて何よりです。」
里美は少し怯えたように私の背後から握手の手を伸ばしました。
「知り合いなの?」
「まぁね。狭い業界だから。」
「夕食前に、お目にかけたい者がいます。お越し下さい。」
濃緑色のコートで着膨れさせられた私達が、有無を言わせず、半ば強引に連れて行かれたのは、
直ぐ近くにある、高いコンクリートの壁と、有刺鉄線、厚い鋼鉄の門扉に囲まれた、監獄と一目で判る施設でした。
促されるままに、狭い監視棟の階段を昇ると、日が暮れかかったせいもあって、氷点下の寒さが身にしみます。
職員氏から双眼鏡を渡され、指さす方向を見せられた里美は、思わず双眼鏡を取り落としそうになりました。
ただでさえ色白なのに、蒼白な表情の唇が強く噛み締められ、指先が震えています。
私が双眼鏡を里美から奪うようにして受け取り、先程見ていたであろう方向を見ると、一群の男達が丸太を運んでいるのが見えました。
「判りましたか?」
「誰なんだ?」
「奥様を乱暴した者達です。愛国無罪を悪用した海賊ですよ。現在の阿Qともいえる奴らです。」
いつもの、正義は国家に、罪は庶民にという訳だ。
「これは、私達からのささやかな謝罪の気持ちです。もっとも、あなた方は、いつまでたっても謝罪してくれませんがね。」
私は、思わず双眼鏡で、こいつの後頭部を殴りつけようと思いましたが、今そんなことをすると、周囲の武装兵達が黙っていないので、里美が別の安全な場所いる次の機会を待つ事にしました。
日が沈むと、監視塔の外の吹雪は、いっそう強さを増したようでした。
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