家を出た私は、車に乗って、花井さんから指定された事務所へ向かいました。車を走らせながら、私は、花井さんに対する怒りを抑えきれず、初めは会社のためと、本意ではないですが、融資と引き換えに、花井さんの会社へ移ることを了承しましたが、電話でさえあの一方的で傲慢過ぎる話しぶりに、会社には迷惑をかけるかも知れませんが、あの無礼すぎる態度のまま話されるのであれば、話を白紙に戻してもいい、とさえ思っていました。うちの会社には、花井さんがよく仕事を出してくれ、何度も面識があり、その頃から花井さんには、あまりいい印象はありませんでしたが、まさかこれほどとは思わず、会社が移ったあと、毎日あんな人のもとで仕事をしないといけなくなると考えると、気が滅入りそうでした。そんなことを考えているうちに、花井さんの事務所に着きそうな所に来ました。それほど頻繁に通る道ではありませんが、初めての道ではないので、迷うことなく事務所へ近づいていきました。もうすぐ、という所で、信号が赤に変わりました。私はブレーキを踏んで止まり、
億劫な気持ちを鎮めるように、大きく息を吸い込んで深呼吸しました。
はっ!!
私は、すぐにはっきりとはわかりませんでしたが、この光景が初めてではない、
デジャヴのようなものを感じました。思いだそうと信号をぼんやり見ていると、
あっ…あの日…香を探し回った時、
ちょうどこの先の交差点…
そうよ、あの交差点の近くのビル…
何人かの男に囲まれながら
司が車に乗せられ見失った…
ま、まさかっ!?
私は何かよからぬことが起こっているような、変な胸騒ぎがしました。信号が青に変わり、前の車がゆっくりと進み出しました。私はブレーキを外し、左手に見える建物を見ながら、ゆっくり、ゆっくりと車を進めました。
心臓が止まりそうになりました。花井さんが指定した事務所が入っているビル…
あの日、見失った司が出てきた、交差点のビルと同じ建物でした。驚きと妙な胸騒ぎで、気がつくと、ビルの前を通り過ぎようとしていました。私は、急には止まれず、そのまま交差点を過ぎて、真っ直ぐ進んだところで、路肩に車を停めました。心臓がバクバクしています。私は必死で落ち着きを取り戻そうと、何もない、ただの偶然だと自分に言い聞かせると、再び車を走らせ、花井さんの事務所のあるビルの方へ引き返しました。表通りではないところにある駐車場へ車を停めると、車を降りて入り口の方へまわりました。
ビルの入り口の案内表示には、花井さんな事務所以外は、どこも入っていないようでした。変な胸騒ぎを感じながら私は、エレベーターに乗り、花井さんの事務所が入っている3階のボタンを押しました。かなり古いビルらしく、エレベーターのボタンも昔ながらのものでした。
ゆっくりと扉が開くと、しぃんと静まり返っていました。エレベーターを出ると、奥の方に一つだけ扉がありました。
私は扉の方へ歩いていき、扉の前に着くと、トントン、とノックしました。
「…すみません。…山本です。」
しばらくすると、扉が開きました。私の目の前には、何かニヤニヤした花井さんがいました。
「意外と早かったなぁ。まぁ、中に入りなさい。」
私は、花井さんの気持ち悪い薄ら笑いに、さらに変な胸騒ぎがしました。
※元投稿はこちら >>