「お部屋、これになります」
従業員の声と共に、電子キーが差し出された。遥は礼を言って受け取るが、視線が自然と室内へと吸い寄せられた。ダブルベッドが一つ。それも、赤やピンクの装飾で彩られた、見るからにラブホテル仕様のベッドだ。
「……あの、ツインは?
「申し訳ありません、本日は満室でして。このお部屋しか空いておりませんでした」
従業員が去ると、重い静寂が降りた。遥はバッグを抱きしめたまま、部屋の隅に立つ。正明はといえば、気にする様子もなくベッドに腰を下ろしていた。
「まあ、座れよ。立ってられるほど広くないだろ」
「……はい」
遥は渋々、ベッドの端に座った。スプリングがきしむ音がやけに大きく響く。
「風呂に入って出直すか。いや、その前に一杯飲むか」
正明はミニバーを開け、小瓶のウイスキーを取り出した。
「お前も飲め。疲れただろ」
「いえ、私は……」
「遠慮するな。仕事の付き合いだ」
押し切られる形で、遥もグラスを受け取った。アルコールが喉を焼く。空腹の胃に染み渡り、すぐに顔が熱くなるのがわかった。
空き瓶が二本、三本と増えていくにつれ、正明の口調は緩くなっていった。
「……ったく、あの店。楽しみにしてたのにな」
「お店キャンセルされたんですよね……」
「風俗だよ。三ヶ月待ちの人気店でな。嬢の指名も入れてたんだ」
遥はグラスを握る手に力が入るのを感じた。上司の私生活になど興味はない。けれど、その視線が自分に向けられていることに、背筋が凍るような感覚を覚えた。
「……課長?」
「お前な、ミスして俺の予定を台無しにしたんだぞ。責任、あるよな?」
正明の目が、遥の体を舐めるように動く。胸から腰、そして太ももへ。その視線の粘着質さに、遥は息を呑んだ。
「責任……は、仕事で償います」
「仕事かあ。まあ、そうだな」
正明はニヤリと笑い、もう一口ウイスキーを煽った。その笑みの奥に、どす黒いものが渦巻いているのを遥は見逃さなかった。
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