ルナは辞書を握りしめたまま、後ずさりしようとした。だが、背後にもすでに男たちが回り込んでいる。完全に包囲されていた。
「た、ただの挨拶のつもりだったんだけど……」
彼女の声は震えていた。辞書のページを見直す余裕すらない。目の前の男が一歩踏み出す。筋肉質の胸板、焼けた肌、そして熱っぽい瞳。
「タラクルムヴァサ」
男が低い声でその言葉を繰り返した。それを聞いた周囲の男たちから、どっと歓声が上がる。
「ちょ、ちょっと違うのよ。私の発音、たぶん間違ってて……」
ルナは必死に説明しようとしたが、言葉が通じない絶望感だけが胸に広がった。男たちの視線は、彼女の全身をねっとりと舐めるように動いている。サファリシャツの上からでもわかる曲線、汗で濡れた肌、そして無防備に露わになった足首。村の女たちが何かを囁き合いながら、広場の奥へと退いていく。残されたのは、十人を超える男たちとルナだけ。
「おい、なんか雰囲気がおかしいって……」
男の一人がルナの手首を掴んだ。ごつごつとした指の感触、圧倒的な力強さ。
「離して!」
ルナは腕を振り解こうとしたが、びくともしない。別の男が彼女のバックパックを奪い取り、遠くへ放り投げた。辞書も地面に落ち、乾いた音を立てる。
「それは私の……」
言葉は悲鳴に変わった。男たちがじりじりと距離を詰める。その瞳には明確な欲望が宿っていた。
「タラクルムヴァサ」
また誰かがその言葉を唱える。まるで呪文のように、男たちの間で連鎖していく。ルナはようやく悟った。自分が発した言葉は、挨拶などではなかったのだ。
「嘘でしょ……」
男の手が彼女の肩に触れる。熱い掌が、サファリシャツ越しに体温を伝えてきた。ルナの心臓は早鐘を打っていた。
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