めくるめく官能世界に程遠く
古参従業員の一人から電話。
最近、父が社員寮の一室から早朝、早出出勤しているという。
心筋梗塞で亡くなられた古参従業員ご夫妻の部屋で、60近い未亡人が引っ越し先の当て
なく、引き続き居住されていた。
一度だけお会いしたことがあり、実年齢を知らなければ、40代後半~50代前半で十分通
りそうな小綺麗な方だけれども、生前、母は「男性の前では調子がよくておとなしく、
陰でものを言う人」と、評価は手厳しかった。
孤高の母は井戸端会議が嫌いで、加わっている姿を見た記憶がまるでない。
持ちかけられても「あら、お天気が崩れそう、洗濯物を取り込まないと、ごめんなさい
ね」などと、微笑みながらその場を離れるのが常だった。
「りょうちゃん、このままでいいのかい、社長のやることだし、一々口はばったいこと
を言いたかないけどね、何も寮から出てくるこたないだろう」
古参従業員は、自分を「りょうちゃん」と呼ぶ会社創業時からの人と、「りょうさん」
と呼ぶ中途入社の二通り。
ワンマン社長にとり、創業時からの古参は口うるさく、目の上のたん瘤のような存在だ
けれども、事が私生活なだけに、誰も父を咎めようとしないし、仮に言っても無駄なの
は目に見えていた。
「ふーむ・・・・」、りょうは二の句が告げなかった。
半年後実家へ居を移すとはいえ、まゆみのところに転がり込んできた自分に、果たして、
父親を批難する資格などあるのだろうか・・・・
さりとて、寮は会社敷地の一角、けじめを付けない父に腹も立つ。
はて、我が家始まって以来の「女城主」の跡目を継いだまゆみの局に、これをどう話し
てよいものやら・・・・
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