めくるめく官能世界に程遠く
定山渓温泉ホテル
「紅葉がきれいだ」
「そうね、でも、山全体は赤くならないのね」
「広葉樹、常葉樹、針葉樹など生えている木の種類が多いのだろうね、北の紅葉はグラ
デーションがとても美しい」
「ええ、そうですね、緑色から黄色、ふもとの赤色や褐色まで、まるで山全体に虹がか
かっているみたい」
りょうはまゆみの自然観の微妙な変化を見逃さず、自分のことのように喜び、得も言わ
れぬ幸福感に浸った。
りょうが北海道に興味を覚えたのは中学のとき、同年の少女と年賀状をやり取りしたの
がきっかけだった。
彼女は北海道の中でも北方の、冷害がたびたび起こる、耕作限界といってもよいような
厳しい土地の農家の娘、中卒で就職し、通信制高校を自分の給料で卒業、その後、恋愛
し妊娠したけれど、よりによって妻子ある男性だったことが分かり堕胎、以後、男性不
信に陥り、りょうとの糸はぷっつり切れた。
真面目で頭もいい彼女が辿った道に涙をこらえ切れず、最後の年賀状は何度書き直して
も筆ペンの字が滲み、ボールペンに変えたけれども、宛先不明で戻ってきた。
りょう大学1年暮れ正月のことだった。
真面目にご自分のために生きようとした彼女、幸せに過ごされていることを切に願う。
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