第8章 - ヒズ・マスターズ・ボイス
クリムゾン・サンライズこと、みほとのメッセンジャーによる会話を終え、およそ1年前に施したかおりへの恥辱調教を思い出して、あの日のように分身を熱くしていた。
階段の踊り場で手摺に寄り掛かって受けたかおりの口でのお礼は、誰かが来るかも知れない、誰かに見られるかも知れないという緊張感が更に感じるスパイスになっていた。
そんな中、現実に引き戻されるような仕事の電話を受信する。ディスプレイに表示される電話番号は+49で始まっている。ドイツ語のアクセントの強い英語の声が余りにも大きく、苦笑いしながら携帯電話を耳から遠ざける。1ヶ月間滞在する『仮の住まい』の手配を頼んでいた相手だ。
ホテルでは余りに味気無いため、短期契約出来るキッチンを備えたアパートを探してもらっていた。ライン川の支流に面する古い屋敷を、4部屋分のアパートにリフォームしたところだった。『週に2回のハウスキーピングのサービスがあり、ロケーションとしては最高』というメリットと、『パーキングのスペースが狭いことと、クレジットカードでの支払いが出来ない』デメリットを並べ、どうするか?という質問だった。
いつでもメリットを優先させる楽観主義者であることもあり二つ返事でゴーサインを出し電話を切る。夜の10時を回っているから、今夜はもう電話もしてこないだろうという安心感から、気持ちを階段の踊り場に戻した。
かおりの口でのお礼を楽しんでいた、あるいは楽しみ過ぎていた。絡み付く舌先、時に浅く、時に深く包み込む唇の感触を。。。。ふたりとも夢中になって、人の気配や足音にまったく気付かずにいた。瞬間的に視線が交わったのは女性の清掃スタッフだった。表情が驚きに変わったのは視線が足元に屈むかおりを視界に捉えた瞬間だった。
階段を降りる女性の清掃スタッフからは手摺に隠されたかおりは見えなかったようだ。それが踊り場に到達した瞬間に何の儀式が執り行われているのか理解し、息を殺して逃げるように足早に1階に消えて行った。無我夢中で儀式に没頭していたかおりには気付かれること無く。。。。
「かおり、そろそろ場所を移した方が良さそうだ」
激しく降られていたかおりのショートボブの髪を優しく撫でながら伝える。分身を放しハンカチでヨダレまみれの口元を拭うと、そのまま同じようにヨダレまみれの分身を拭いてくれた。
「気付かなかっただろうけど、今人が横を通ったんだぜ」
「清掃の方ですよね?わたくしは気付きました。変に動くよりそのままの姿勢でいる方が良いかと思いました。それに少しだけ、見られてもと」
「呆れたと言うか、意外と度胸が座ってるな、おまえは。さっきのトイレでの泣きそうな表情は演技か?」
かおりの予想外の答には正直な感想を返した。見付かったら尚更恥ずかしくなるような場所を思い付いた。ピアノが奏でるビートルズのメロディ『イン・マイ・ライフ』が導く場所を、まるで『神の声』に導かれるように。
音源は階段から僅かの距離だった。『ヒズ・マスターズ・ボイス』のロゴが目立つロンドンから展開された展開されたミュージックストア、平日の午前中のためか来客数は店員の数とさほど変わらない。素早く店内を確認すると洋楽のコーナーに一組のカップルと少し離れてひとりの男、キッズコーナーに親子連れ、Jポップのコーナーにふたりの女性が認められる。
レジを見ると接客中がひとり、伝票らしきものを捲る店員、カウンターに置いたパソコンを操作する店員が見えたる。レジから最も離れたクラシックのコーナーにかおりを連れて行く。
視線がレジに向かいCDの陳列棚が胸から下を隠してくれるベストポジションにブラームスのタブを見付けると、素早くかおりのワンピースの裾を捲り上げて、左手の小指をクレバスに伸ばし蜜をたっぷりと塗りたくる。後の花びらに潜り込ませるためだ。
かおりとの20センチの身長差を補正するため屈むように陳列棚に身体を預ける。わざとらしくブラームスのCDの列をチェックする。カラヤン指揮の『交響曲第1番』を手に取るとジャケットの文字を見る。ベルリン・フィルとカラヤンの最高の組み合わせで、自ら保有するものだった。
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