ソリティア-第6章
予告が終わり本編が開始された気配を感じ映画館独特の防音扉を開く。スクリーンの中では、シャワールームの中で後から激しく突き上げられる主人公の女刑事の携帯電話が鳴り響いていた。猟奇的な殺人事件を告げる電話だ。
スクリーンから観客席に視線を移すとまばらな観客は大半が前方に着席し、依頼主夫妻を見つけるのには何ら苦労することはなかった。この夫妻より後方にいる観客はふたりだけ、最後列の左端にスーツ姿の男、最後列から二列前の中央にジーンズとセーターをカジュアルに着こなした女だ。そしてこの女から更に三列前、最後列から数え六列目の中央に夫妻が着席し、二人から一番の至近距離にいるのは二列空けた右前方に女性の二人連れ
が認められた。
「悪くないフォーメーションかな?」
声に出さずに自問自答すると後から六列目の中央付近の座席を目指した。
通路をゆっくりと進むとスクリーンには猟奇的な殺人により分断された死体---それはまるでパズルのようにマネキンと組み合わされ赤いドレスを着せられている。
依頼主の奥様は指を唇に当てたままスクリーンを真剣な表情で見つめている。脱いだ白いダウンジャケットを空いたままの右隣の席に置くこともなく、まるでブランケットのように自らの身体を覆っている。
そして彼女のご主人であり依頼主は気配を感じたのか緊張した面持ちのまま一瞬こちらに視線を向けると奥様とは一席分を空けた左の席に移動する。これから始まることをより広い視野で捉えたいという気持ちからなのか?か?それとも奥様に遠慮なく乱れてよいという意思表示なのか?その真意はわからないが、これからの行動を考えると有難い。
奥様の隣に座り顔を耳元に近づけ挨拶をする。
「はじめまして、グレッグです。声は出さずに返事してください」
「・・・・・」
意図を理解し、軽く頷く。
「ご主人から今日のことは聞いてますね?」
返事に躊躇しているのか、それとも詳しい内容は聞かされていないのか首を傾げる仕草を見せる。
「詳しい話は聞いておられないようですね。ご主人はあなたが自ら感じる姿をご覧になりたいと。。。。それも映画館という公共の場所で」
敢えて「オナニー」という直接的な表現はせずに趣旨を伝えた。 それは後僅かで映画の主人公の女刑事が電話でオナニーを命令されるシーンがスクリーンに映し出されるからだ。
女刑事は電話を掛けてきた不倫相手の男を激しく叱責するものの、男にたったひとつの言葉を投げ掛けられるだけで一瞬にして淫乱な雌に変わってしまう--『ビッチ!』--この言葉によって主導権を奪い返した男は女刑事にその場ですぐにオナニーすることを命じる。
スクリーンでは下着姿で自らの秘密の花園をまさぐり感じている女刑事の姿が映し出される。このシーンとリンクさせるように隣に座る人妻の耳元に言葉を投げ掛ける。
「奥様、いかがですか?ご主人にご覧いただきましょうか?初めて会った見ず知らずの男に導かれてしまう姿を。。。。」
全身の神経が右耳に集中していると思えるほど全身をこわばらせているのが伝わってくる。言葉の合間に耳たぶに口づけをしたり、耳の後に尖らせて舌を押し付けるだけで感電したかのようにビクンと身体が震える。
横顔を見ると唇に当てていた右手の人差し指をそのまま歯で噛んでいるように見受けられる。
「そんなに強く噛んで痛くありませんか?」
その問い掛けには軽く首を左右に振る。
「奥様。。。。あなたはMですね?今、痛みすら心地よいのでしょう?」
さっきよりは激しく首を振る。『M』というたったひとつのアルファベットに反応したかのように。
「それほど激しく否定すると肯定していると思える。Mなんでしょう?何も恥ずかしがらなくていい」
少し語気を強めながら比例して耳たぶを噛む力も強くする。
「・・・・・」
無言のまま深く頷き『M』であることを静かに、そして強く主張するとダウンジャケットに隠れた左手が動き始めた神経の動きを身体の小刻みな振動で伝えてきた。
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