ソリティア-第5章
予定していた時間よりオフィスを出るのが遅れてしまったが、地下鉄が遅れていたことが幸いして「約束の地」には約束の時間に到着した。
ちょうど前の回の上映が終わったところでロビーに入る観客と出る観客が交差する。それでもロビーを後にする人の数が圧倒的に多い。
鑑賞券の半券を受け取りながらロビーを覗くと一組の女性の二人連れの肩越しにカップルの姿を確認できた。 身長差や伝え聞いていた二人の雰囲気から間違いなく依頼主のご夫妻であることを確信した。
清掃が終わり館内に入場する人の流れに目を向ける。二人連れの女性の他に男性の観客が三人、女性の観客が一人。予告が終わり本編が開始する頃に入館する観客もいるだろうが、僅か十人程度の観客数と昨日のレディスデーの観客数を考えると驚くほど少ないが、ある意味では予想通りであり奥様へのプレッシャーやストレスを考えると理想的だろう。
ロビーに残るご夫妻--依頼主であるご主人からアイコンタクトが送られる。多分、そこで待機して欲しいと訴えていると感じた。視線を反らすと奥様に何か声を掛けたのか奥様が化粧室に向かう。
緊張した面持ちで近付いてくる依頼主。
「はじめまして、グレッグさんですね? メールを差し上げたジェラスです」
「グレッグです、よろしくお願いします。緊張されているようですが決行しますか?無理なら日を改めてでも構いませんが。。。。」
「いや、せっかくおいでいただいたことですし、妻にもそれとなく伝えています、映画を鑑賞中にハプニングが起きると。悔しいですが妻はワクワクしている様子です」
挨拶を交わした時よりは緊張感が解れているのが依頼主の表情から伺える。
「お気づきのとおり観客数はせいぜい十人程度でしょう。そして劇場スタッフも本編が開始されれば居なくなります。昨日リサーチ済みですが、行動パターンが変わることもないと思います」
「そうでしたね。私たちの安全を考えて下見までしていただき有り難く思ってます。 ただ私の決心が揺らいでいて。。。。どうですか?今日のところは妻に声を掛けていただいて、妻がどう変化するかを見せていただくということで留めていただくというのは?」
「わかりました。奥様には指一本触れないとお約束します。そして今宵限りのワンショット・ディールということも」
館内の照明が消え予告が開始されるまで数分になった。
「それでは、奥様と館内の中心でお待ちください。本編が開始された頃に伺います」
その言葉を残し化粧室に向かうと、化粧室から出て来た奥様とすれ違う。白いダウンジャケットに身を包んだ印象は肉付きのよい体つきであることと、自己主張し過ぎないほんのりと甘く上品な香水の香りだった。それは、これからの時間への期待から身体の中心の分身に熱い血流を送る程だった。
※元投稿はこちら >>