観客やアマチュアカメラマンが引き上げていきます。
撮影した画像を見返していました。
いくつかの写真は、早くこの場から逃げたい、そんな少女たちのこわ張った表情が写っていました。
私が生まれた40年くらい前なら、こんなに多くの人が集まることもなく、少女たちも自分の姿が慰み物にされるなど考えもしなかったと思います。
しかしそのような意図が古来から、全くなかったとは言い難く、さすがに今の時代にあの衣装で続けるのは限界だと感じていました。
江戸時代の国学者、本居宣長は「もののあわれ」を神道の本質と説きました。
見過ごしてしまいそうですが、ここは古(いにしえ)の信仰の姿が残る地域なのです。
教授がよく見てこいと言った訳が良く分かります。
先生、そろそろ公会堂にいきましょう、昼食の準備が出来とります。
公会堂には、農家の方々や今夜の神楽の参加者、裏方、そして先ほどの御田植祭りに参加した少女たちが、座卓で楽しそうに食事をしています。
僕は、すぐに麻由子ちゃんに気がつきました。
丸めた手ぬぐいを頭に置いて、友だちとふざていますが、背筋の伸びた、姿勢の良さは隠せません。
僕と麻由子ちゃんは、27、8歳は年が離れているはずです。
でも僕は、本気でまだ小学生の彼女の事が好きになっていました。
いや、もう自分が自分でないくらいどうしようもなく、その想いは深くなっていると言っても過言ではありません。
今、麻由子ちゃんと同じ空間を共にしている、そんなことを想うだけで、僕の心は乱れます。
食べ終わっちょるのに、なかなか空かんのう。
三田さんの嫌味な言葉にこちらを向く少女たち。
手ぬぐいが落ちて、黒髪がふわっとほどけるように落ちていくと、僕はそれがスローモーションのように見えて、固まったようにずっと見つめていました。
どこまでも澄んだ宝石のような瞳とまた目が合いました。
戸惑う様な表情の麻由子ちゃん。
あ、私たち出ます。
オジサンの圧に負けて、立ち上がる少女たち。
ぞろぞろと退席していく中、なぜか麻由子ちゃんだけは、僕が立つ通路を歩いてきます。
ただ、すれ違うだけなのに、年甲斐もなく心臓が高鳴り、膝が震えていました。
僕は、少し身体を斜めにして、先に通します。
身体が触れる距離に麻由子ちゃんがいます。
すみません。
いえ、ど、どうも・・・。
折れてしまいそうな細い躰にフィットしたノースリーブのワンピース、清楚な雰囲気と泥だらけのあの膨らみを交互に重ね合わせていました。
そして離れていく後ろ姿を目で追っていました。
情けない・・・こんな人混みの中で股間が疼いて固くなっていました。
三田さんと食事を終え、少し落ち着くと質問を投げかけてみます。
さっきいたカメラマンの方、皆さん帰られたようですが、御神楽は撮影はしないんですか?
ええ。
外の人間で神楽の事を知っちょるんは、先生のような立派な学者さんくらいです、神楽は、神事なんで、こっちから案内したり、観ても言いふらしたりはしません。
巫女神楽の奉納が済んだ所で、一度神様にお伺いを立てて、もう結構じゃというお告げであれば、そこで終わりになります。
もっと見たいというお告げなら、巫女舞いではなく別の演目をすることになります。
ここの神様は、目が肥えておられるせいか、いつも見たがってじゃの。
その内容は、聞いてもよろしいですか。
多かれ少なかれ、西日本は、石見神楽の影響を受けちょるんで、やはり似ちょります。
有名な大蛇(おろち)に似ちょるんですが、この地方には、平安の時代、都から鵺(ぬえ)という妖獣が逃げてここに身を隠しておりました。
平家物語に出て来る猿の顔、虎の身体、蛇の尾の鵺ですか。
はい。
へえ、鵺退治が神楽の演目ですか、そりゃ是非みたいな。
飯も終わったし、じゃ神社の方に行ってみますか。
神社は、僕がイメージしていたよりもかなり立派なものです。
賽銭箱や本坪鈴がある拝殿の隣に神楽や舞を奉納する立派な神楽殿がありました。
ご存じでしょうが、こういう所の神楽は皆、里神楽って言われとります。
石見神楽のおかげで、観てて楽しいもんになりましたが、元々は巫女神楽、神憑り(かみがかり)で占いや政をしよりましたからな。
神楽殿に近づくと、神楽囃子(かぐらばやし)の音が聞こえてきます。
テンポが早く、古代の神憑りでは、舞と音だけでトランス状態になっていたというのが良くわかります。
小学生の少女たちとは別に中学生くらいの男の子も何人か集まり、篝火の松明の準備などをしていました。
じゃ先生には、これから水垢離(みずごり)で身体を清めて貰います。
大学には説明して了解をもろうとるが、水垢離からは、撮影は、止めてくれるかの。
書き物にする場合も、この地方の名前は決して出さんよう、よろしくお願いしますの。
神楽殿とは反対側、本殿の奥に岩清水が湧き出た泉があります。
行衣に着替え、心身を清める潔斎殿(けっさいどの)で岩清水を被るのです。
丁度、少女たちが出て来た所でした。
躰を丸めたまま少女たちは、本殿に向かいます。
私も水垢離を済ませ、装束に着替えると、本殿に入ることを許されました。
ここから先、三田さんはいないので説明も聞けず、不安になります。
和蝋燭の灯りが揺らめく本堂の中で、三人の少女は、麻由子ちゃんを先頭にして三角の形に座っていました。
他の5人は、舞だけだから居ないんだろうな。
麻由子ちゃんの前には、正月の鏡餅で見る三宝が置かれ、白い矢が乗せられていました。
彼女は、手に取り、口上を述べます。
おそれながら、しんめいのみこころのままに、しらはのやをたまわりしこと、まことにしえつしごくにぞんじまつります。
つつしんでおうけもうしあげ、みをもっておこたえもうしあげるしょぞんにございます。
大太鼓が鳴ると身体が震えるような音で響きわたりました。
後ろの子が、麻由子ちゃんの前にまた別の三宝を置きます。
三宝の上には、半紙と銀の鋏(はさみ)が置いてあります。
半紙を膝の上に乗せ、鋏を手にするや、このたび、しらはのやをたまわりしこと、まことにおそれおおく、ふかくごしんおんにかんしゃもうしあげます。
これにむくいたてまつるしるしといたしましては、わがいのちにもひとしき、くろかみをつつしんでおんまえにたてまつりあげます。ねがわくは、ごしんいのまにまに、おおさめくださいますよう、ふしておねがいもうしあげます。
また太鼓の音が響きます。
そういうと、自身の黒髪を半紙で宛てがうと、耳の下あたりに鋏を入れて、一気に切り落とします。
束ねると三宝の上に置き、もう片方にも同じように鋏をいれました。
時折、鼻をすするような音が聞こえしたが、太鼓の音に掻き消されてゆきます。
ショートボブのような髪型に変貌を遂げてゆく麻由子ちゃん。
白く長い首に、愛くるしさと同時に今までに感じたことのない幼艶な、色香を醸していました。
これにて、神矢賜髪之儀(しんやしほうのぎ)すべて相済み、謹んで終結と申し上げます。何卒、御受納賜りましたこと、心より感謝申し上げます。
神主が口上を述べ、太鼓の音が鳴り響き、儀式は終了致しました。
すぐに官女が、麻由子ちゃんの髪を整えていきます。
麻由子ちゃんの黒髪は、そのまま神座に置かれ、お納めになります。
まぁ、とても可愛らしい。
とても良くお似合いですわ。
手鏡に映す麻由子ちゃん、戸惑いながらも嬉しそうです。
鏡を見る麻由子ちゃんとまた目が合ったような、いえ、麻由子ちゃんが僕を見たように感じました。
本殿を出ると、外は薄暗く夜の帳が下りていました。
篝火に塗られた松脂がパチパチと煤を上げながら燃えると、虫除けの香のような匂いが立ち始めます。
いよいよ神楽が始まります。
※元投稿はこちら >>