キャンプ教室が終わって2週間後の日曜日。
妻は親戚の法事で、息子を連れて実家へ帰っていた。
私も来るように頼まれたのだが、元々妻の実家とは反りが合わず、妻もそれを分かっていたので、無理は言わなかった。
その日私は家で一人、何をする宛があるわけでもなかった。疲れて帰ってくる妻のために、家の掃除でもしておこうか…
そう思い、2階の寝室の窓を開け放ち、何気なく外を見下ろすと…
なんと!玄関の先の道路の反対側に、まいが立っていた。
偶然か?と疑ったが、まいは道路を行ったり来たりしながら、何度となく我が家の方をチラ見している。
まちがいない。ウチに来たのだ。
「まいちゃん!」
私が二階から呼び掛けると、ハッとしてこちらを見上げ、目が合うと、一目散に駆け出した。
「まいちゃん、待って!」
私は夢中で階段を駆け降り、外に飛び出ると、まいが去った方向に走った。
『もう追い付けないか?』
諦めかけた時、我が家から300メートルほど先の、公園の前で、まいが待っていてくれた。
私が追い付いて、
「まいちゃん!よくうちが分かったね?」
と息を整えながら話しかけると、まいは無言で公園に入って行き、ベンチに腰かけた。
私もその後に従い、隣に座った。
「…また、まいちゃんに会えて嬉しいよ。よく来てくれたね!」
しかしまいはうつ向いたまま
「ひどい…ひどいです… あたしに、あんなことして…」
と涙声で言った。
「ごめん…」
「なんで、あたしだったんですか?他にも可愛い子、いっぱい来てたのに…」
「…ひとめぼれ…だったんだ。」
「えっ?」
「説明会で君のこと見つけて、それっきり、頭から離れなくなっちゃって…」
これは嘘ではないが、もちろん、まいと同世代の子が言うのとでは意味が違う。ロリ性欲に支配されたオヤジが言っても白々しいのは分かっているが、どうせ言い訳するなら恋ばなっぽく言った方が、まいに似つかわしい気がしたのだ。
まいは、少し頬を染めながら
「… 子供も…奥さんもいるくせに…」
と言った。
「そうだね。僕にはそんなこと言う資格はない。どんなに頑張っても、君と普通に仲良くなって、告白して、デートとか、考えられなかった。それで、ヤケになって、あんなこと…」
「あたしに、あんなことしておいて、あれっきり連絡もくれなくて…」
この言葉に、私は耳を疑った。
『連絡!?連絡をすれば良かったのか!? ということは、もしかしてこの子は、僕と?』
私は慌ててポケットからスマホを取りだし、まいの家の電話番号を表示させた。
「連絡、しようとしたんだ。何度も」
そういって画面を見せる。
「……あたしの、家の?」
「電話して、家の人に、キャンプ教室で捻挫させたことを謝って…それから君に代わってもらおうと…でも、君があのこと、すごく怒ってたら …と思ったら怖くてできなかった。」
私がそう言っても、まいはうつ向いたままだったが、少しして
「家電、かけちゃダメです。お母さん、ファザーズのことあまりよく思ってないから…」
そう言ってハンドバッグからキッズ携帯を取りだし、自分の番号を表示して、見せてくれた。
もちろん私はそれをすぐに、スマホに登録した。
「必ず、連絡するね。」
私が言うと、まいはようやく気がすんだようで
「じゃあ…」
と立ち上がろうとした。
「まいちゃん待って!ねえ、せっかく来てくれたんだから、うちへ寄って行ってよ。おいしいジュースがあるんだ。」,
「……りんくんと…お母さんは?」
「今日は二人とも法事で出掛けてる。家には僕ひとりだ。」
私がそう言っても、まいはうつ向いたままモジモジしているだけ。
「ここは暑いから、行こう。ね?」
私は思い切って彼女の手首をつかみ、立ち上がらせた。
渋々、という感じだったが、手を引っ込める事もなく、家までついてきてくれた。
彼女を家に上げ、リビングのソファーに座らせ、冷たいジュースを出した。
キッチンから自分の分の冷たいお茶を持って、リビングに入った私は、少し迷ったが、まいの隣、膝と膝が触れるほど近くに座った。
まいが少し、身体を固くした。
せっかく彼女を家に招くことができたのだ。後れ馳せながら、キャンプ教室で彼女をおんぶした時考えたように、普通にいろんな話をして、親密になりたいと思った。
しかしいざふたりきりで座ってみても、話題がない。
こっちは中年の男だし、JSと雑談なんて、何年ぶりのことか。子持ちだが、息子の凛は1年生。ゲームとアニメの話ばかりしている。まいが、そんな話で喜ぶとはとても思えない。
焦りがつのるうちに、時間だけが過ぎて行った。
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