孝子さんを助手席に乗せて走りだした。
『少し無用心だったかしら?』
真っ直ぐ前を見ながら孝子さんが続けた
『私、歳甲斐もなくハシャいちゃって…』
『そのまま野平さんの車に乗せて貰ったけど…、浮かれてたのね、ゴメンなさいね』
言葉の意味は察しがついた。
「何か いけない事 してる訳でもないですし…」
「でもアレですね、変な噂になったら北村さんに迷惑掛けちゃいますね」
「噂に尾ひれ付けるの大好きみたいですから、世の女性たちは…」
『そうそう!、そんなに大きなヒレつけたら泳げないって…、もう別の魚になっちゃう位のをさ(笑)、好きのねぇみんな』
『…ゴメンなさいね、気が付かなくて』
『私ばっかり浮かれちゃって、ホントごめんなさい』
「大丈夫ですって、そんなに気にしないで下さい、車で待ってますって言ったの俺なんですから、俺の方こそ浮かれちゃってて…」
『そうよね?、まだ いけない事 してる訳じゃないもんね?』
孝子さんが言うように確かに無用心だった。
これから先の展開を期待している俺としては もっと配慮をすべきだった。
きっと孝子さんも[噂]を気にしたのだろう、しばしの沈黙がつづいた。
が、俺は孝子さんの[…まだ…]に大いに期待を膨らませた。
W◎RKMANに到着した。
『わー凄い、いっぱい有るぅ』
『こんなのも有るのねぇ』
『これ、良さそう…』
孝子さんが はしゃいで見えた。
ホワイトカラーの旦那さんゆえ こう言った店は初めてだったのだそうだ、ホームセンターの申し訳程度に並んだ物を見たくらいで。
結果、孝子さんが手にした袋は1番大きな袋を2つ。その1つを俺が持って車に向かった。
『ホント優しいのね?野平さん、主人が荷物を持ってくれたのなんて いつの事やら…』
「…ですか?(笑)…」
『でも楽しかったぁ』
『ありがとう、野平さん、ホントありがとう』
「でも、アレですか?、ガーデニングとか…」
『そんなオシャレなモノじゃないけどね』
『いつも1人だから…、その、主人の母が亡くなってからは…、暇だしね』
「何なら農家さんに特化したホームセンターとかも有りますよ、園芸コーナーとか、カイ◎ズの園芸コーナーとは比べものにならないのが、今度 行ってみます?」
『ホントに?』
『連れてって!、良いの?、本当にぃ?』
「ええ、是非!」
『今度は ちゃんと用心するから、だからお願い、ねッ野平さん』
「はい!、近いうちに…」
「で?、ラーメン、どっか行きたいトコ有りますか?」
『お任せッ、野平さんに、ダメ?』
「はい、じゃぁ ちょっと遠いですけど なかなか行けない所があるんで…」
『美味しいの?』
「俺は好きですね、有名店でも無いので並ばないて済みますし、良いですか?」
『はい』
着いたのは何の事はない 赤い暖簾の[ラーメン◎ョップ]、カウンターの隅 孝子さんを奥に2人で並んだ。
『そう言えば ほら あの人(芸能人)亡くなったよね?』
孝子さんは そんな どうでも良い様な話題をふってくれた。
おそらくは[それ]と周りに悟られない様に配慮をしてくれたのだろう?そう思った。
『あぁ美味しかったぁ』
『お腹いっぱい』
『だから太るのよねぇ(笑)』
『ありがとう野平さん、付き合ってくれて』
「いえいえ、こちらこそ」
「ご馳走さまでした」
「かえって申し訳なかったです」
『そんなに恐縮しないでよ、橋も掛けて貰ったし、W◎RKMANも教えてもらったし、1人じゃこれないラーメン屋さんにも連れてきて貰ったし、ラーメン位じゃ私の方が申し訳ないわ』
そんな[お礼]のやり取りが終わると孝子さんが言った。
『帰ったら お休みになるんでしょ?』
「…ですね、少しは寝とかないと」
「でも、妻にカレーを頼まれたんで それ作ってからですけど」
『ゴメンなさい私ったら、野平さん用事が有るのも知らないで つい甘えちゃって』
「大丈夫です」
「目覚ましも有るし、これにアラームもセットしてますから」と、スマホを見せた。
『大丈夫?』
『でも私のせいで寝坊なんて申し訳ないわ、起こして差し上げましょうか?』
『ご迷惑でなければ…、ですけど』
「それは有難いですけど、でも どうやって?」
『モーニングコール!、あっ夕方だからイブニングコールか?』
『教えて下さる?番号、それの』
「構いませんけど、良いですか?」
『貸して、野平さん』
孝子さんは そう言って俺からスマホを取り上げた。そして手際よく何かを打ち込んでいる。
と、すぐに呼び出し音らしきモノが車内に流れはじめて、すぐに消えた。
『北村孝子です』
『登録はご自分でなさって…』
孝子さんがスマホを返してきた。
「はい」
「野平朋宏です、宜しくどうぞ、ともは月2つ ひろは…」
『野平朋子さんにしときますね』
『主人に変に勘ぐられたく有りませんし、ゴメンなさいね』
『それに これなら いつでも電話にでられるし…』
「・・・・・」
孝子さんの[いつでも出られる]に呆気に取られて返す言葉を見失っていた。
車が駐車場に着いてしまった。
『今日はありがとうございました』
「いえ、こちらこそ です」
『電話、何時に…?』
「6時にお願いします」
『はい、かしこまりました(笑)』
『ホント、ありがとう、野平さん』
『じゃ、あとで…』
孝子さんが さっき切ったばかりの生け垣の所で手を振っていた。
カレーを仕込んだ。
横になるも[妄想]だけが膨らんで 寝られる訳もない。
天井とスマホとを見比べては悶々とした時間が流れた。
6時ちょうど、着信画面には[北村孝介]、すぐに電話にでた。
『おはよう、朋子さん(笑)』
孝子さんが 悪戯っぽく言った。
「おはよう、孝介」
俺も あえて そう返した。
『・・・・』
『…しぼり出したのね?』
孝子さんは しばしの無言ののちに[孝介]の意味を悟った様子だった。
『奥さんからは?、何てよばれてるの?』
「朋さん、かな?」
『私も そう呼んで良い?』
「ええ」
『2階でしょ?、カーテン開けて』
言われるままカーテンを開けると 耳にスマホを当てた孝子さんが居た。
『おはよう、朋さん、起きた?』
「おはよう」
『・・・・』
「・・・・」
互いに次の言葉を探していた。
電話が切れる前に 窓が閉まってしまった。
『いってらっしゃい』
そう言って電話が切れた。
カレーを食べ、身支度を済ませ、戸締まりをして、エンジンをかけた。
走りだすと直ぐに 通知音がした。
ショートメールを開くと
『いってらっしゃい 気を付けてね また明日』の文字、差出人は[北村孝介]。
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