日曜日。
休業日の工場はシンと静まり返っていた。
亜希子の自宅前に一台の見慣れないセダンが停まっている。
家の中には亜希子と鮫島、そしてスーツ姿の若い男性が机を囲み、なにやら神妙な面持ちで話をしている。
『今回のご融資の件ですが、当社としても最大限努力させて頂いているところでございますが、、このご時世なかなか厳しい状況でして、、どうか今一度担保の条件を見直して頂けないかと思いまして』
男性はどうやらサラ金会社から来た人間のようだ。
融資の相談らしい。
『黛くんといったかな? 君はこの業界に入って何年になる?』
鮫島が唐突に聞いた。
『5年ちょっとになります』
黛が素直に答える。
『5年かぁ、我々町工場の世界では5年生なんてのはまだまだ赤ん坊と同じでな。これからたくさんの苦労や経験を積んで一人前になっていくもんなんだよ、分かるな?』
『は、はぁ、、』
黛はきょとんとした顔で鮫島の話を聞いている。
なおも鮫島が続ける。
『黛くん、経験というのはだな、実際に体験してはじめて身につくものだろう?』
『ええ、仰る通りだと思います』
『ならばこれからひとつ大きな経験をさせてやろうと思ってな。うちの亜希子を担保にするというのはどうだね? 黛くん』
明晰な黛もさすがに理解しがたいようだ。
『亜希子さんを担保にとは、いったいどういうことです?』
当然、黛はその意味を聞き返す。
『今日から亜希子を君に貸す。好きにしてくれたまえ。その代わりと言っちゃなんだが先程の融資は満額通してもらいたい。どうだね、なかなか貴重な“経験”だろう?』
鮫島が企みに満ちた表情で黛に詰め寄る。
当の亜希子ははじめからこうなることを知っていたのか、終始俯いたまま微動だにしなかった。
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