彼は自分の名を、『田崎』と呼びました。田崎は加代子さんの旧姓、つまり親戚にあたるのです。
そして、その年齢と佇まいから察しはつきました。彼女のお兄さんにあたる方なのです。
『あれが泣いて電話して来たわぁ…。寂しいって…。』
男性のこの言葉で全てが始まりました。助手席の僕は黙って、それを聞いています。
『一矢さん知ってるやろ?あいつの旦那なぁ~?亡くなったけど、その時も泣いて電話してきたわぁ~。バカみたいに泣いてたわのぉ…。
それで、今日もなぁ~。行ったら、元気ないだろ?すぐ分かったわぁ~。まあ、男にフラれたんやと思ったけどな。』
淡々と説明をしてくれるお兄さん。
『そしたら、キミのこと聞かされた…。年聞いて、ビックリはしたけどなぁ?そしたらあいつ、なんて言ったと思う?
味方が欲しいって。キミと一緒に居たいから、そのために僕に味方になってくれって。あいつの家には、もう誰もあいつを支えてくれるヤツいないんよ…、』
僕と居る時には、明るく振る舞っていた加代子さん。しかし、一人になると誰もいない寂しさを感じていたようです。
『仕方ないから、味方にでも何にでもなるから、あいつの傍で居てやってくれ。それで、いつも抱いていてやってくれ。
子供まで亡くして、あれも訳が分からなくなってるんや。あの泣き虫が、普通で居られる訳がないわ。頼むわぁ~。』
それは、妹を思う兄の優しさ。そのために一人芝居うって、僕を試したのだろう。
20分後。彼の車は、また駐車場へと戻っていました。降りようとした僕を彼は止め、こんなことを言って来ます。
『カギ開けとけって言ってるから、行ってやってくれ。60歳のおばさんに言うようなことではないけど、ベッドで抱いてやってくれ。
気にせんと、仲良くしたらええ。それと、今度のゴールデンウイークなぁ、僕が勝手に予定組むから。全部お金出してやるから、二人でどこか行ってこい!』
そう言うと、彼の車は去っていくのです。
握った加代子さんのお店の扉。お兄さんの言っていた通り、カギは掛けられてはいませんでした。
『ただいまぁ~!』と声を掛けると、奥からはこの家の主が出迎えてくれます。
『お帰りなさい。』と言う彼女の顔は晴れていて、きっとそれは彼女が一番望んでいることなのかも知れません。
この家は今、玄関に廊下、そして部屋にも温かい明かりが灯されています…。
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