吸い込まれるような目だった。それは全てを理解していて、僕のことなど煤けてしまっているに違いない。とても敵わない、大きさを感じてしまう。
大手の重役なのか、それとも恐い世界の人なのか、その威圧は凄いものでした。
『どなたですか?…、』
なんとか聞いた僕でしたが、彼は余裕たっぷりに間を取り、『どうだろうなぁ~?キミの敵かも知れんなぁ~?』と答えてくる。
『どうしたいんですか?加代子さんと僕を別れさせたいんですか?』と聞くが、『キミ、次第かなぁ~?』と言うその眼光は鋭い。
ただ、僕にも1つだけ余裕のようなものがあった。それは、彼を呼ぶ『キミ、』と言う言葉。それがいつ、『お前、』に変わるかは分からない。
つまり、そう呼ばれている間は、彼はまだ紳士なのだ。それでも、言葉は出ない。挫けてしまいそうな自分がいます。
『かかって来ないか?僕がコイツをベッドに連れて行っても、キミは見てるだけか?』
その男の言葉にどんどん追い詰められていく自分。プライドまで捨てそうにもなってしまう。しかし、彼のの言葉が僕を救います。
『僕を誰だと思ってる?キミは今、『このおっさん、誰なんや?』って、考えてるやろ~?けど、立場は同じだよ?
僕だって、キミのことよく知らない。そんなおっさんに何を怯むことがある?自分の女、取られようとしてるだろ?なにを考えることがある~?』
その言葉に、僕は少しだけ彼を見たような気がします。『決して悪い人間ではない。僕を試しているのだ。』と。
ようやく、停まり掛けていた脳が働き始めました。人前で話すことは苦手ではない僕の頭が言葉を生み始めます。
『どなたか知りませんが、僕と加代子さんのジャマをするおつもりなら潰します。やり方はこちらで考えます。
それと、まだ僕を侮辱するおつもりなら、この拳で分からせます。彼女が掛かってることです、こちらもとことん行かせてもらいます。』
そう言い切ると、鋭かった彼の目が和らぎ始めました。顔からも険しさが消え、僕を見て微笑むのです。そんな彼が、キッチンに向かってこう言います。
『だってぇ~!加代子さぁ~ん~??アハハハ…、』
その声は弾んでいました。『加代子』と呼び捨てにしていた彼が、わざとからかうように『さぁ~ん~?』と呼んでいます。
呼ばれた彼女でしたが、それでもキッチンから出ては来ません。
彼は笑いながら、『さぁ~、この兄ちゃんの傍でいたら、何されるかわからんわぁ~。帰ろぉ~!』と席を立ちます。
『加代子~?俺、帰るぞぉ~?』と大きな声で言うと、ようやく彼女が現れました。その目は、どこか潤んでいたように感じます。
彼女は何も言わず、玄関でただ頭を下げてその男性を見送ります。きっと、二人の間ではもういろんな話がされていたのでしょう。
僕は男性に呼ばれ、駐車場に停めてある彼の車の助手席へと乗せられました。車にはエンジンが掛かり、東に向かって走り始めます。
それは行く宛もないドライブ。その車の中で、僕はその男性の正体を知り、彼女を巡っての話を持つことになるのです。
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