『ナオミチく~ん?今加代子のところ。キミ、ちょっと出て来るかぁ~?』
午後7時30分。ようやく掛かってきた、加代子さんからの電話。 しかし、その相手は男性。声からして、60歳くらいと考えられる。
彼女を『加代子』と呼び捨て、僕を『キミ』と呼んでいる。『誰なんだ、コイツ?』、そう思いながらも、僕は家を出るのです。
彼女の家が近づいて来た時、向かえにあるお店の駐車場に高級そうな乗用車を見つけます。それを見て、『いつから、ここに?』とも思ってしまいます。
お店の扉は開いていました。すぐに奥から、『ごめんなさいねぇ?』と言って、加代子さんが現れます。奥に通されると、そこには見知らぬ男性がいました。
ソファーに座り、テレビを観ています。
『おっ!キミかぁ~?…、』
僕を見つけると、彼が声を掛けて来ました。理解の出来ない僕は頭を下げ、とりあえずその場に立ち尽くします。
しかし、『座りやぁ~?いつも、そんなとこにはつっ立ってないんだろ~?』と笑顔で言われ、その場へと腰を降ろさせてもらいました。
その男性はテレビに夢中のようでした。困った僕は加代子さんを探しますが、彼女はまだキッチンのようです。
そんな彼がテレビを観ながら、『あのさぁ~?キミ、加代子と別れる気はないかぁ~?』と聞いてくるのです。
得たいの知れないこの男、そして、二人のことをどこまで知っているのか分からないこの雰囲気。もちろん、僕は答えることが出来ません。
すると、テレビを観ていたはずの顔がクルッと回り、僕の目を見ました。その眼差しはとても鋭く、さっきまでの穏やかさはありません。
『どっちや?加代子を返してくれるんかって聞いてるんだが…。』
更に鋭い目でした。初めて会ったこの男性、そして彼女を返せと言ってくる。僕の心は不安で押し潰されそうにもなります。
それでも、『どういう意味ですかぁ~?』と返しました。誠意を見せるため、きっと彼に強い眼差しを向けてしまったことでしょう。
しかし、返されたのは、
『こいつ、ええ女だろ?返してくれるか?キミさぁ、さっき、こいつに何回も電話をして来てたよねぇ?
僕もさぁ、こいつと一緒にキミの電話見てたよ?ああ、ベッドの中でなぁ~?』
目の前が真っ暗になっていく気がした。不安は顔に現れ、目は虚ろいでいく。その目で見ようとしたのは、キッチンにいる彼女の姿。
しかし、そんな僕に、『目を反らすなっ!!ちゃんとこっち見ろっ!!』と言う男の力強い言葉。
恐かった…。しかし、この男が恐いのではない、崩れ去るものが大きすぎて、失うものが多すぎて、そんな自分になっていくのが、とても恐いのです。
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