そして、その夜…。
奥村さんのお店が閉店になる18時のこと。先に息子さんが家路につき、遅れて娘さんが『おつかれさまぁ~!』と店を後にします。
残った満智子さんがブラインドを閉め、入口の扉に手を掛けた時、『わっ!ビックリしたぁ~!お兄さんっ~?』と僕に気がつくのです。
それにはなぜか、『すいません…。』と答えた僕。正直、自分が何をしたいのか、ここで何をしてるのか、よく分からなかったからです。
『どうしたのよぉ~?おばちゃんに用事~?』と聞かれますが、うまく答えられません。
ただ、お昼間の『おばちゃん、どこか連れていってよぉ~。』の会話は、満智子さんの中ではもう無かったことになっているようです。
それには寂しく、少し怒りすら感じます。
『ああ、ちょっとおばちゃんと話をしたくなってぇ~。』、僕は変な雰囲気を取り除くため、砕けてそんな言葉をおばさんに掛けます。
その言葉に彼女も、『おばちゃんと~?いいねぇ~、お話ししようかぁ~?』といつもの笑顔を見せてくれるのでした。まあ、ほとんど子供扱いです。
『ちょっと、先に上がってる~?』と言われ、僕はリビングに上がります。満智子さんはそのまま、裏の畑へと消えました。
仕事の残しでもあるのでしょうか。
一人にされた僕はリビングに座り、部屋を見渡します。うちと違い、6人家族だったリビングはやはり広いのです。
僕は襖を開け、隣の部屋を覗き込みます。あの満智子さんの下着を盗んだ部屋です。部屋には照明がついていますが、肝心の下着は今日はありませんでした。
その部屋の窓が少し開いていて、そこから僅かに光が見えています。満智子さんが点けたであろう、畑の照明です。
僕は一旦お店に戻り、畑へと続く細い通路へと向かいます。通路の向こうには、予想通りに僅かな明かりに照された畑が見えています。
暗い通路を歩き、畑へと出ようとした時、僕はある音を耳にするのです。それは水の流れる音。それは畑からではなく、家の裏から聞こえていました。
僕は、そこに目を向けます。そこに見えたのは、水で道具を洗っているおばさんの姿。僕が工事をした、あの水道の蛇口でした。
『洗ってるん?手伝おうか~?』と声を掛けると、僕が部屋にいると思っていた満智子さんは少し慌てます。
『あーあー、いい、いい。もう終わったから。』と言われましたが、僕は彼女の方へ近づいて行きます。
『終わったからいいよー。』と僕に声を掛ける彼女でしたが、そこは水が弾けてドロだらけ。おばさんのジャージも少し汚れてしまっています。
満智子さんは、『この水道、助かるわぁ~。大活躍やぉ~。』と僕に言います。しかし、それはただの照れ隠し。
汚れた服を見られてしまい、話をそらしたのです。苗屋さん、土と仕事をしてますから、毎日汚れるのも仕方ありません。
それでも、あまり見せたくはない姿なのでしょう。
『貸してっ!やるわぁ~。』、残り僅かな工具を取り上げ、僕は水で洗い始めます。満智子さんは、『汚れるからぁ~。』と言いますが、もう手遅れでした。
僕もしたい訳ではありません。やはり、どこか彼女に気に入られようとしている自分もいるのです。
すぐに掃除も終わり、『ありがとなぁ~。』と言ってくれた満智子さん。『汚れてない?』と心配をしてくれます。
そんな彼女に、『息子さんとかにやらせたら~?』と聞くと、『その辺、わかってないのよ~。まだ子供なのよぉ~。』と答えていました。
濡れた工具を仕舞い、お店へと向かいます。そこで、こんな話をするのです。
『ねぇ~?どこか連れて行こうか~?』
『お昼の~?あれは冗談よぉ~。ごめんねぇ~。』
『冗談でもいいよ。行きたいところあるなら、どこでも…。』
『おばちゃん、からかわんのよぉ~。』
『えっ?マジで、マジで、』
『うちの子よりも若いやないのぉ~。』
『ダメぇ~?』
『ダメやろ~?おばちゃん、なんか保護者に見えるわぁ~。』
『僕が子供?』
『22やろ~。おばちゃんから見たら、子供にしか見えんもん…。』
その瞬間、僕は満智子さんの肩に手を掛けていました。慌てた彼女は、その手を咄嗟に振りほどこうとします。
しかし、昼間のようには上手くは行きませんでした。彼女は僕に抱き締められ、あのブロック塀へと身体を追いやられてしまったのですから。
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