自宅に帰り着いたコダマは、玄関の鍵が開いていることに気付く。
既に父は家に戻っているようだ。
がちゃり
スチール製の重いドアが、いつも以上に重く感じられる。
開けるにしろ閉めるにしろ、だ。
後ろ手にドアを閉め、施錠をしながら足許を見ると父の革靴があった。
靴を脱ぎ、少女は家に上がる。
と、トイレから水音が聞こえた。
ごぼごぼごぼ
ドアが開き、トイレから姿を現した父は、コダマの視線を正面から受け止め切れない。
沈黙が支配する玄関脇の空間。
先に行動を起こしたのは娘であった。
黙ってダイニングに向かい、少なめに水を入れたヤカンを火に掛け湯を沸かす。
湯が沸く間にコダマは自室に荷物を置きに行く。
着替えようかと考えるが、湯を沸かしていることを思い出した少女は、制服の上着、ブレザーだけを脱いでダイニングに戻る。
ダイニングには手持ち無沙汰な様子の父が立ち尽くしていた。
盛大に湯気を立てるヤカン。
ガスの火を止め、急須に茶葉を入れ、暫し待つ娘を怯えたように見つめる父。
ふたつの湯呑みに注がれた緑茶をダイニングテーブルの上に置き、卓に着くコダマ。
娘から発する無言の圧力に屈したように、向かい合って卓に着く父。
「・・済まなかった・・。」
『済まなかった』では済まない。
謝って欲しいわけではない。
何故なのか理由を聞きたい。
そして、これからどうするのかを。
「・・母さんが死んでから・・」
訥々と呟くように話す父。
最愛の妻を喪った男は孤独であった。
後を追い、命を絶つことすら考えた。
だが、妻の遺言、、二人の娘達を託された以上、早まった真似をするわけにはいかない。
「・・辛かったんだ・・。」
「そんな・・」
・・あたしだって・・ヒカリだって・・
辛かったんだよ・・
・・寂しかったんだよ・・。
「だけど我慢して・・それでも・・」
それでも、お母さんに・・
・・三人で・・頑張るって・・
約束したじゃない・・。
「頑張ろうとしたんだ・・」
二人の娘達の為に。
亡き妻との約束を果たす為に。
だが、心に生じた隙間は徐々に男を侵食していく。
それは風雨に晒された木材が徐々に朽ちていくようであった。
昨日と今日、今日と明日では、その傷み具合は自分ですら分からない。
だが、一週間、一ヶ月、一年単位では、その傷み具合は明白である。
決して復元されることのない遡求不可能な傷みが、男を侵食していった。
「酒を呑めば・・」
酔っている時だけは、妻を喪った辛さ、寂しさを紛らわすことが出来る。
一時的にでも紛らわすことが出来るのであれば、それで構わなかった。
男は酒に逃げ、酒に呑まれた。
頻度こそ少ないものの、一回に呑む酒の量が飛躍的に増えていく。
「俺は・・母さんとじゃないと・・」
ダメなのだと訴える男。
「・・ダメ・・?」
母の存在が無ければ、という意味なのであろうか。
男はスマホを取り出して操作する。
「我ながら、情け無いよ・・。」
とてもではないが、自分では説明することは出来ない。
そう謝って男は少女にスマホを差し出した。
狐に摘ままれたような表情を浮かべ、コダマはスマホの液晶画面に視線を落とす。
そこに光る単語、それは女子中学生にとっては縁遠いものばかりであった。
ED?
勃起不全?
性的不能者?
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