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あれから数日間
特に手間取る業務もなくて
あたしは少し 早めの退社をしていた
そうでなくても 社員の少ない会社
人手が足らなくならないように
表の男性陣たちは 順番にお昼休憩に入っていく
かれが入社したばかりの頃は
かれが1番最初にお昼を取っていた
新人から徐々に責任者へと
休憩の順番が流れるのが 暗黙の了解のようだった
けれど いつしか かれが1番最後になっていて
いまでは 先のふたりが揃った後
店内が落ち着いたのを確認してから
かれが休憩に入るのが当たり前になっていた
その為 遅いときには午後1時を過ぎて
2時を過ぎる事も 多々あった
月末も近付き あたしも顧客への請求書作成に追われ
久しぶりに少し遅い退社を迎える
タイムカードを通し 小さなリュックを背負って事務所を出る
軽く挨拶をしながら 店内に目をやる
かれの姿はなく あたしは裏口から会社を後にする
少し離れた場所にある広い空き地が
従業員の駐車場になっていて
見なれた 古いアパートの前を通り過ぎた時
あたしは 思わず振り向いた
かれがいつも仕事中 腰に付けている数本の鍵
裏の倉庫や社用車 シャッターの鍵を
ひとまとめにして 引っかけている
かれが歩くたびに その鍵が揺れ
その音もまた
かれの存在を あたしに教える
振り向いた あたし
後ろから 離れた位置で
あたしを見つめながら歩いていた かれ…
重なる視線…
振り向いたまま 歩みを止めてしまった あたしに
かれは ゆっくり追い付いて
再び歩き出す あたしの歩幅に合わせて
そっと静かに 車道側を並んで歩く
背の低いあたしの背中に
そっと かれの右手が伸びるのを感じて
あたしは少し 肩をこわばらせた
「これ なあに?」
ドキッとした…
肩を抱かれるのかと思った…
かれは あたしのリュックに付いた
ちょっと子供染みた人形を触りながら
背の低いあたしを 愛おしげに見下ろしていた
他愛ない会話が また
あたしと かれを近付けた
………
かれは まだ あたしを好きだなんて言っていない
あたしも 自分から かれに近付くことなんて出来ない
なのに… こんなに かれを想うの…
ただの勘違いかも知れない
かれにとっては 極普通の触れあい方なのかも知れない
あたしが勝手に ひとりで舞い上がって…
なのに… なのに… かれの瞳が
言葉より深く あたしに刺さる
あたしのなかで 響いてる
力仕事だってするくせに
綺麗なままの かれの手に
あたしが自分から 触れてしまったのは
かれと出逢って 5回目の
春の終わりの頃だった
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