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しばらくして ようやく顔を上げれたあたしに
かれは なんとも 優しい瞳で微笑んで
あたしを助手席に乗せて 駐車場を出た
「車は?」
あたしの車は あの時のショッピングモールに置いていた
それを聞いても かれは
あたしをそこに送ろうとはしなかった
あたしは それが嬉しくて
かれの左手に 右手を重ねた…
あたしたちの住む地方都市と
隣町をバイパスする国道
あたしも かれも なにも言わずに
ただ エアコンのボタンの上にある
デジタルの時計だけを気にしていた
車がどこに向かっているのか…
方向なんて 気にしてなかった
それでも ふたり
たどり着く場所だけは わかっていた
あたしは 重ねたかれの手と
車を走らす横顔を
熱に浮かされた瞳で見つめながら
静かに揺れるシートに 身を沈めた
………
国道をそれて しばらく進むと
小さな丘の上に
白く こじんまりとした建物が見えた
あからさまな それではなくて
可愛らしい 南国のコンドミニアムのような佇まい
かれは手早く 車を停めて
なにか 言葉を探していたけど
あたしは かれの手から手を離して
「行こ…」
かれは うなずき
エンジンを切った…
………
部屋に入ると そこもなんとも
こざっぱりとしているのに 可愛らしくて
こんな場所を訪れるひとの目的なんて
みんな ひとつしかないはずなのに
なんだか ちょっとした
デートみたいな気持ちになった
こじんまりとした空間に
白い壁紙と 白いベッド
かれは そこに腰掛けて
あたしの意を察したように
ポツリと短い 昔話を始める…
………
結婚するより以前の昔
付き合っていた彼女と ほんの数回だけ来た事がある場所
かなり前だから もう無いかもと心配もしたけど
いまも綺麗なままで良かったと
かれはどこか 遠い目をした
たぶん かれにとっては
誰にも言わない 想い出に繋がる場所
いかにもなホテルでもなくて
そこへ あたしを連れて来た
なんだか それがあたしには嬉しくて
その指に 早く触れて欲しいと思ってた…
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