土曜日、咲莉奈は品川駅前に純を迎えに来た。
親の車だという黒いワンボックスカーだ。
純が助手席に乗り込むと車はゆっくりと走り出した。
埼玉の秩父方面に向かった。
秋の秩父は紅葉が見頃だった。
咲莉奈は山林の奥へと車を走らせた。
車を止めた。
特に見晴らしのよい所ではなかった。
周囲は見渡す限り雑木林しか見えない。
純は不思議に思った。
が、性交にはもってこいの場所だ。
純は運転席の咲莉奈にキスしようと身を乗り出した。
「純君、ちょっと待って、話があるの」
咲莉奈は純を制止した。
急に真面目な表情になった。
「あたし、妊娠したの、純君の子供よ」
咲莉奈の言葉は純を驚愕させた。
「あたし、産みたい、純君、あたしと結婚してくれるでしょ?」
咲莉奈は純の顔を覗き込んだ。
「え? ……ちょっと待って、急にそんなこと言われても……」
咲莉奈は純を大学生だと信じ込んでいる。
純がそう偽って咲莉奈に近づいたからだ。
が、実際には中学2年の純が咲莉奈の要望に応えられる筈はない。
「む、無理だよ」
純は気の毒そうな顔で答えた。
「どうしてよ? あたしのお腹の子供の父親はあなたなのよ!」
咲莉奈は純に詰め寄った。
純は窮地に追い込まれた。
「僕が父親だっていう保証はないじゃないか、咲莉奈だって、あれ以降、他の男ともヤッたんだろう?」
「いいえ、あたしは純君とだけ、なんならDNA鑑定してもいいわ」
咲莉奈の言葉には真実味があった。
「堕ろせないの?」
「もう無理、ちょうど22週目に入っちゃったから……」
咲莉奈は冷たく言い放った。
純は咲莉奈の腹を見た。
心なしか、やや膨らんでいるように見える。
「ゴメン、本当は俺、中学生なんだ」純は小声でそう言った。
「はぁ? 何言ってんのよ、嘘つかないで!」
咲莉奈は呆れたという表情になった。
「嘘じゃないんだ、ほら」純は筑駒中の学生証を見せた。
「嘘つくために昔の学生証なんか持ち出して来ないでよ!」
「なんなら学校に問い合わせてもらってもいい」
純の真剣な表情を見て、咲莉奈も顔色を変えた。
「本当なの?」
咲莉奈は言葉を失った。
本当だとすれば咲莉奈の身が危ない。
未成年相手の淫行容疑で捕まる。
その時、車の後部座席で物音がした。
突然、後部座席の下の方から男が躰を起こして顔を出した。
「この野郎、ふざけやがって!」
男は車を飛び出すと助手席のドアを開けて純を引きずり下ろした。
男は警棒を握っていた。
純の抵抗する隙を与えず純の躰を滅多打ちにした。
純は崩れ落ちた。
「よくも妹の人生をメチャクチャにしてくれたな!」
男は怒声を放ちながら純に殴る蹴るの暴行を加えた。
男は咲莉奈の兄らしかった。
咲莉奈から妊娠を打ち明けられた兄は、妊娠させた相手に復讐するためにこっそり同乗していたのだった。
相手の反応によっては叩きのめす。
兄は機会を伺っていた。
咲莉奈は兄の激情型の性格を知っていた。
だから、できるだけ穏便に純に結婚を承諾させようとしていた。
が、最早手遅れだった。
純が動かなくなるのを見ると、咲莉奈と兄はワゴン車で走り去った。
警棒で滅多打ちにされ殴る蹴るの暴行を受けた純は虫の息だった。
人気のない秩父の山奥の雑木林だ。
暫くは誰にも発見されまい。
秋の夜は冷え込む。
飢えか寒さかでいずれ死に追い込まれる。
が、夜の闇が降り注ぐ前に、純は既に息絶えていた。
頭蓋骨陥没および内臓破裂による即死だった……。
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