徹は明日香との一夜を明かした翌日、朝食後に一度教団施設を後にした。
警察に連絡し、施設周辺を中心に加奈子の車の捜索を依頼した。
施設内部の捜索が容易ではないことはよく分かった。
警察が踏み込むには加奈子がこの施設内で拉致されていることを示す何らかの証拠が必要だ。
徹はこの「性愛教」に関して他に捜索願が出ていないかを尋ねた。
この3ヶ月ほどで複数の捜索願が出されているという。
が、「性愛教」が絡んでいるらしいというだけで証拠がなかった。
それで警察も動けないとのことだった。
警察ならば特定のスマホのGPSの位置情報を取得できるはずだと問うと、特定できなかったとのこと。
本人のスマホは処分されている可能性があるとのことだった。
「性愛教」のやりそうなことだったが何しろ証拠がない。
徹は純にLINEをした。
純は鎌倉の自宅に戻っていた。
徹は加奈子を探して「性愛教」に来ている旨を伝えた。
当分帰らない可能性が高い、と。
純の身の回りの世話は使用人達がいるから心配はない。
茜との連絡が取れないことも心配だった。
茜もこの施設内で監禁されているのか。
監禁・拉致されているならば複雑な構造をしたこの施設から脱出するのは不可能に近い。
徹は奈美子に電話した。
呼び出し音は鳴ったが出ない。
仕方なく徹は昼過ぎに教団施設へ戻った。
本来ならばフロントへ行って控室から教団施設へと入るのが正規のルートだ。
が、徹はフロントへは行かずロビーのタッチパネルの前に行った。
見ると212号室が空室になっている。
徹は212号室のボタンを押し、2階へ上がった。
空室ならば一般客がこの部屋に入っても不思議はない。
212号室に入ると真っすぐ奥のドアへ向かった。
ドアノブの脇にタッチパネルがある。
触れるとパッとパネルに明かりが点灯して文字が浮かび上がった。
見ると数字ではなくアラブ語らしき文字が現れた。
14文字ある。
スクロールすると更に14文字が現れた。
スマホで調べるとアラブ語は基本字母が28文字であることが分かった。
アラブ語が分かる日本人は極少数だ。
暗証番号ならぬ暗号もしくは合言葉らしきものを入力してドアを開けることは不可能に近い。
適当に文字を打ってみたが何度入力してもエラー音が鳴るだけだった。
徹は途方にくれた。
そのとき、徹のスマホが鳴った。
奈美子からの電話だった。
奈美子は一旦教団施設の外に出てきたと言った。
奈美子は昨日は入信儀式で教祖にさんざん責め抜かれて何度も失神したという。
その後、側近の男の一人に抱かれて一晩を過ごしたと言った。
寝物語に教団のことを色々と尋ねたらしい。
以下はその要点だ。
「性愛教」の開祖はイスラム系アラブ人である43歳のシャラフという名の男だった。
自国UAEで事業に成功した彼は2年前に来日した。
準備期間を経て一年ほど前に奥秩父のこの地にラブホテル「性愛館」を開業した。
30歳前後の日本人3人を雇っての運営だった。
「性愛館」は表面上はラブホテルだが建物全体の構造は複雑を極めていた。
振興宗教「性愛教」の施設を「性愛館」の建物でカムフラージュする形で併設していた。
半年ほど前、シャラフは「性愛教」を開宗した。
元来の異常性欲を日本人女性の肉体で満たすためだ。
自らを教祖とし「ハリファ」と名乗った。
3人の日本人経営者は教祖の側近として「ウラマー」と名付けた。
奈美子が抱かれたのはその「ウラマー」の中の一人だった。
また、教祖の日本人妻(シャラフが金にものを言わせて手名付けた愛人に過ぎなかったが)乃梨佳を「皇后=中宮」と位置づけた。
シャラフの別の2人の愛人、26歳の理絵子と23歳の沙織理を「女御」と位置づけた。
「ムスリム」と呼ばれる一般信者は通いで週に1~3日宿泊する者が多い。
が、30人ほどの信者は常時そこで生活していた。
原則、入信してからの期間の長短で階級が分けられた。
入信して3ヶ月以内の者は暗証番号つきドアのある部屋に相手の異性と共に宿泊させられた。
日中は施設内の食事の準備、清掃や洗濯などを分担させられた。
この3ヶ月で破門されたり脱落したりする信者が多かった。
入信4ヶ月目以降は暗証番号なしのドアのある部屋に宿泊した。
階級が上の信者が下の階級の異性を指名する権利が与えられる。
食事・清掃・洗濯の業務からも徐々に解放される。
ただ、この制度には例外があった。
精力絶倫で多くの女を満足させ得る男はこの期間を経なくても上の階級へと進めた。
実際にこの制度で上の階級へ進んだ者はまだいないらしかった。
一方、女にはこの制度はなかった。
女は基本的には教団規則か上の階級の男達の命令に従うしかなかった。
「性愛教」はイスラム教とは無関係であった。
が、イスラム系の男尊女卑の精神が息づいていた。
奈美子の話では3つの入信条件は建前に過ぎないとのこと。
女の場合は教祖が気に入るかどうかのみで決まるとのことだった。
美しい顔立ちで豊満な肉体かどうか。
更に言えば、教祖を欲情させる容貌と肉体を有しているかどうか。
男の場合は野性的な肉体と美しい容姿をもち、精力絶倫かどうか。
教祖が気に入らなければ「資格なし」として入会を拒否される。
気に入れば入信儀式に入る。
女だけ気に入った場合、男は何らかの理由をつけて破門される。
当然、教祖は「初夜権」をもち、女が入信する時は必ず最初に性交・射精する。
教祖が特に気に入った女は一週間くらいは毎日呼び出されて抱かれるという。
男の入信者に対しては「皇后」の乃梨佳に「初夜権」があった。
階級はバスローブの色で分けられた。
教祖は金、皇后は銀、ウラマーは青、女御は赤、ムスリムは白だ。
但しムスリムも入信時からの期間によって帯の色が変わった。
3ヶ月以内は白、4ヶ月~半年は緑、半年~1年以内は紫、1年以上になると男はウラマーとして青、女は女御として赤になる。
が、まだここに到達した信者はいない。
大抵の者は半年以内に自ら脱落するか、飽きられて破門される。
ホテルに併設された教団施設はホテルの一部の部屋からしか出入りできないらしかった。
地上3階から地下1階まであるという。
そこに常時30人ほど、多い時は50~60人ほどが寝泊まりするとのことだった。
男女同数が宿泊するとは限らない。
その場合、例えば男4人に女2人の6人で大部屋に寝泊まりし、夜通し乱交することになるという。
徹は奈美子から概要を聞いた。
が、ここまでの話では違法性が見当たらない。
警察が教団施設をガサ入れすることは困難だ。
警察を動かすためには根拠が不足していた。
もう少し教団施設を詮索して加奈子や茜の拉致の証拠、違法性の証拠を掴まなければならない。
この手の宗教団体は裏で巨大な金が動いていることが多い。
アラブ系の外国人が主宰となると国内のヤクザより海外マフィアに通じている可能性が高かった。
教団が所有する巨大な施設がホテルの売り上げだけで賄えるとは考えにくい。
何らかの資金源があるはずだった。
徹は再び施設に入ることにした。
ホテルをチェックアウトし、フロントから施設内へと入った。
奈美子も協力すると言った。
「セックスもしたいし……」
そう言って奈美子は笑った。
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