行くあてもなく、私は誰もいないバスの停留所で立ち止まる。
ベンチの上に屋根があったので、何とか雪がしのげそうだ。
さっき布団の中で感じた温もりが嘘みたいに、指先は凍えそうなくらい冷たい。
おじさんに誤解された。
傷付けた。
呆れさせた。
「…嫌われちゃった…
っひ…ぐすっ…うぅっ…ふぐっ…」
容赦のないこの冬1番の大寒波。
やっぱり、寒いのは嫌いだ。
私は何だか、ものすごく疲れてしまった。
*********
『それでね!みかがないてるときに、たすけてくれたの!!どんぐりもくれたのにね…みかどっかにおとしちゃった…』
『そうかね。美花ちゃん、それはきっと森の神様だねぇ。美花ちゃんがいっつも森と遊んでくれるから、助けてくれたんだねぇ』
『おばあちゃん、もうあえないのかなぁ。みか、もっかいあいたいなぁ~』
『会えるさぁ。美花ちゃんが「ありがとう」って気持ちを持ってたら、いつでも神様はそばに居てくれるもんだよぉ』
『ありがとうっていうきもち?』
『そうだよ。そういう気持ちで、自然も人もみんな繋がってるんだよぉ』
『ふぅん……もりのかみさまっ!みかのことたすけてくれて、ありがとうございましたっ!!
おばあちゃん!これでまたあえるかな?』
「また…会えるかなぁ…」
柔らかくて温かい感触。
そう、あの時も…こんな…柔らかい…
「おい!起きろ!!おいって!!美花っ!!」
バチンッ!!
「っ…痛…」
頬を思い切り叩かれた。
「……え…おじさん?…あれぇ…おばあちゃんは…」
「お前っ…なに寝惚けてんだ!
こんなとこでうずくまって…死ぬ気かよ!
東京の冬舐めてんじゃねぇぞ、このバカッ!!」
目の前にはスウェット姿でガタガタと震えながら、私を怒鳴るおじさんの姿があった。
「お…じさん…なんで…」
「話はあとだ!死ぬっ!寒すぎる!!」
ぐいっと力強く手を引っ張る。
「立てるか?ほら、帰るぞ!」
寒い…死ぬほど寒い。
でも、おじさんの手があったかくて、私はまた泣いてしまった。
********
「ほら、飲め。早く!」
ゴクンッ
「っげ!?何これ、お酒?…ゲホッ…熱っ」
「雪山遭難と言えばブランデーだろ」
「うぅ…一気に飲んじゃった…ゴホッ…おぇ~」
「どうだ?熱くなってきたか?」
「のどだけ熱いけど…まだ身体が寒い」
「あんなとこで寝てるからだろ…ほらこれ着て、巻いて、こっち来い!」
おじさんは私に毛布をかぶせ、マフラーを2枚巻き、ストーブの前に引っ張った。
「はぁぁ…まじで死んでんのかと思って心臓止まりそうだったわ…」
私の両腕を後ろから何度もさする。
「…ごめんなさい」
「いや…俺も悪かった。
なんか…お前が自分の身体を差し出さないと、俺が満足しねぇとか思われてたのかなーと思ったら…悲しくなって。
そんなことしなくても、お前はちゃんと良い子だって思ってたから…
だけどあんな怒鳴りつけるみたいな言い方はなかったよな…悪い」
「おじさん悪くないよ!私が…私が、おじさんに…ちょっとでもくっつきたくて…あんな夜這いのような真似を…」
「ぶっ…夜這いってお前…」
「わ、笑わないでよ。だって…おじさんに触りたかったんだもん」
はぁ…とおじさんがため息をつく。
「あのね、いくら人が良いおっさんでも、そんなこと言われたら…」
ガバッ
思い切りおじさんにしがみつく。
「うわっ…ちょっと」
「…遭難した時、ドラマとかでは裸で抱き合って温め合うよね…あれって本当にあったかいのかなぁ?」
「…君はもう遭難してないでしょ」
「ねぇおじさん、試してみようよ…」
*******
冷たかった身体がどんどん熱くなっていく。
おじさんと私の体温が溶け合い、ひとつになっていく。
「あっ…やぁ…そこ、だめぇ…」
「すげぇな、もうトロトロになってる」
「んぅ…やだぁ…あっ…おじさんの指…長いからぁ…あぅっ…」
セックスって、こんなに温かいものだっけ。
「いいの?」
「うん、入れて…おじさんの…欲しいよぉ」
ゆっくりと、私とおじさんが繋がっていく。
「んぅ…あっ!あうんっ!あ…あぁ…おじさ…」
「あの…今さらなんだけど…俺の名前、よしひとだから。そのおじさんってのはちょっと…」
「よ…しひと…」
「うん…「ぜんにん」って書いて…善人」
ぶーっ!!と吹き出してしまった。
「あはっ!ぜ、ぜんにん…ピッタリ…おじさんにピッタリすぎ…ぶふっ…く…くく…」
「あぁー笑うなよっ!だから言いたくなかったんだよぉ…」
「ご、ごめ…はぁっ……んぅ…よ、善人さん…もっとぉ…もっとしてぇ…」
「……たく…可愛いな、チクショー」
もう、私の身体はどこも冷たくなかった。
*******
「よし、忘れ物なし!」
日曜の夕方、私は荷物をまとめて善人さんの家を出る準備を終えた。
「母ちゃん、連絡ついたか?」
「うん!まともに話したの1年ぶりくらいなんだけど…怒ったり泣いたり…あと、なんか喜んでた。義父さんまでさ、後ろで騒いでるんだよ。もううるさいっての…」
ポンッと頭を撫でられる。
「何が「ひとりになっちゃう」だよ。ちゃんとお前のこと心配してる人たち、いるじゃねぇか」
「えへへ…しばらくはギクシャクしちゃうかもだけど」
私は母親と義父が暮らす家に戻ることにした。
ちゃんと働くために、短大か専門に行きたい。
自分の力だけではそれが出来ないから、少しだけ助けてもらうことにした。
「全然ひとりじゃないんだから、安心しろ。
…まぁ、なんだ。どうしても不安になったり困ったりしたら…話聞いてやるから」
ペラッと渡されたメモ用紙には、電話番号とアドレスが書かれてあった。
「…ありがとう。連絡する。元気な時も連絡する!」
「困った時だけで大丈夫だから(笑)」
「…善人さん、昨夜は探しに来てくれてありがとう。
迷子になりかけてた私を…助けてくれてありがとう」
「…おう、元気に頑張れよ」
ガバッ
「…っ!」
チュッと頬にキスをして、私は善人さんから離れた。
「…ありがとう!またねっ!」
「…おう」
たった3日間だけだったのに、美花のいなくなった部屋はとても静かだ。
「まぁ…これが元々の姿だからなぁ…」
『おじさんのひとりごとって寂しい~』
「寂しい、か…」
ピロンッ
「ん?誰だ…」
『やっほー美花だよ!もうすぐ駅行きのバスが来るよ♪
善人さんが寂しがってると思ってメールしました!』
「……まだすぐそこじゃねぇかよ」
ピロンッ
『学校に行くとは言えしばらく暇なので、今度善人さんのお休みの時にデートしましょう♪
できたら善人さんの田舎に行ってみたいなぁ。
おっきな森の神様に、私も会いたいです。
善人さんと会わせてくれたお礼も言いたいです(^-^)』
「え、まじでこのペースで連絡してくる気か(笑)
ちょっとはセンチメンタルな気分を…」
ピロンッ
「わっ!また来た!」
『ところで、私は善人さんのことが大好きなんですけど、善人さんはどうですか?
今夜、電話しても良いですか?』
「……あぁもう……可愛いな、チクショー」
case2 おわり
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