都会の友だちとプリクラを撮ったり、カラオケに行くことはあまり楽しくなかった。
いつも同じような表情やポーズを撮っても、経験したことのない恋の歌を聴いても、全然ドキドキしなかった。
それよりも、いつ咲くか分からないキレイな花の蕾を見つけたり、ちょっと気持ち悪い虫を触ってしまった時の方が私の胸は忙しかった。
もちろんそんな子どもみたいなことはみんなに言えず、限られたお小遣いをやりくりして、周りと同じように笑うことを覚えた。
母親が仕事に就いてからは私が夕ごはんの当番になったので、友だちの誘いを断る口実ができたのはちょっとラッキーだった。
私の作った拙いご飯を母親が「美味しい」と言ってくれるのも嬉しかった。
誰かが喜んでくれるのって幸せだなぁと思ったんだ。
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「おかわり」
「…おじさん、よく食べるねぇ」
「いや、普通にうまいから」
「太っちゃうよ~」
「うるせぇなー」
誉められたのが久しぶりで、ついニヤニヤしてしまう。
この人が良すぎるおじさんは、私のためにプリンをお土産に買ってきてくれた。
「女子は何が好きなのかよく分からん」
どこにでも売ってるプリンだけど、おじさんが悩んでいる姿を想像したら、私は可笑しくて嬉しくて笑ってしまった。
「いただきまーす!」
「そっちこそ、こんな時間に甘いもんなんか食ったら太るぞ」
「おじさんだってビール飲んでるじゃん」
「カロリーオフだから!糖質もオフだから!」
クスクスと笑い合う。
口の中が甘いカラメルの味。
寒いのは嫌いだけど、大寒波のおかげで明後日まで私はひとりじゃない。
明後日までは…
「それでね!あんまりは覚えてないんだけど、あの感触は絶対そうだと思うんだよね!どんぐりだって、あの時に握ってたやつを埋めてたら芽が出たかもしれないなぁ…
『夢だけど、夢じゃなかった!』ってさ~」
「ふふっ…」
「あっおじさん、信じてないでしょ。
いいもんね、どうせ今までだって誰にも信じてもらえなかったし…」
「いや…悪い、楽しそうに話すなぁと思って…
それに俺、そういうの結構信じる方だぞ。
ばあちゃんちが北関東の田舎の方で、家の裏なんてすっげぇ森だったんだよ」
「へぇ!一緒だぁ~」
「森には神様がいるから、中で遊ぶ時にはちゃんと挨拶してけよって、いっつも言われてたなぁ。
森の奥の方にな、バカみたいにでっかい木があってさ。俺はそれが神様なんだって、何となく思ってた。
姿は見えなくても、君は守り神に助けてもらったのかもしれないなぁ」
「へへっ…おじさんってばメルヘン~」
「なっ…君の話だろ!?」
神様、あの時助けてくれた神様。
私は明後日になったら、またひとりになってしまいます。
この優しいおじさんと、離れたくないなって思うのはいけないことですか。
「ほら、もう遅いんだから早く寝ろ」
「はぁい…おやすみなさい」
「おやすみ」
カチ、カチ、カチ、カチ…
眠れない。
日付が変わって、明日にはもうこの家を出ていかなければいけない。
「おじさん…」
小声で呼んでみるが返事はない。
「…おじさん、もう寝ちゃった?」
静かにソファから起き上がり、ベッドに近づく。
おじさんは背中を向けているので顔が見えない。
ゴソッ…
少しで良いからおじさんの温もりを感じたくて、手の先を布団の中に入れた。
布団の中はじんわりと温かくて、もう少しだけ近づきたくなる。
あとちょっとだけ…
そう思って手を動かした瞬間、指先がおじさんの身体に触れてしまった。
あっ…と思うと同時に、弾けるようにおじさんが起き上がり、固まる私と目が合った。
「…あの」
「そういうこと…するなって言ったろ」
「あ、違…」
「俺が…喜ぶと思ったのか?」
「おじさん、あの…」
「…どうせ男なんて、って思ってんのか!?
俺はっ…俺は…普通に飯食って、しゃべって、笑って…それで…良いって言ったのに…なんで…」
どうしよう、怒らせた。
いや…失望させて、傷付けた。
カーッと顔が熱くなり、涙が出そうになる。
どうしよう、どうしよう、もう…ここには居られない。
ガタンッ!ガサガサガサッ…
「…っ…ごめんなさい…」
「えっ…お、おい!?」
バタバタバタッ…ガチャンッ!!
うわっ…寒い。でも顔が熱い。恥ずかしい。悲しい。
…消えたい。
かき集めて来た荷物を抱えて、雪がちらつく夜道を私は泣きながら走った。
神様…助けて、神様。
あぁ、私はあの森を離れちゃったから、もう助けてもらえないかもしれない。
つづく
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