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case2 『となりのトトロ』×美花
私の生まれ育ったところはとても田舎で、周りは森ばかりだった。
いつもひとりで探検しては、大きな亀に似た岩を見つけたり、甘酸っぱい匂いのするお気に入りの花を摘んで遊んでいた。
5歳の時に1度だけ森の奥で迷子になってしまい、帰れなくなった時があった。
どんどん暗くなる森の中で私は泣きじゃくり、疲れ果ててそのまま眠ってしまった。
何だか柔らかい感触が肌に触れた気がして、それにしがみつこうとした瞬間、大きな声がして目が覚めた。
私は見慣れた庭の隅で倒れていて、泣いたり怒ったりしている大人たちに囲まれていた。
どうやってここまで帰ってきたのか分からなかったけれど、小さなどんぐりを握りしめていたことを覚えている。
それからしばらくして、テレビであの不思議な生き物のお話を見た時は胸がドキドキした。
きっと私も助けてもらったんだ!
もう一度会いたくて、真似してどんぐりを庭に埋めたり、おねだりしておもちゃのオカリナを買ってもらった。
だけどもちろん会えることもなく、両親の離婚によって慣れ親しんだ田舎を離れることになったのは中学3年生の春だった。
少しだけ憧れていた都会での生活は想像以上に大変で、座って休める大きな亀の岩もないので、私は毎日がとてもしんどかった。
あの森の方がよっぽど広かったはずなのに、私は都会の片隅でずっと迷子の気分だ。
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「だからぁ!マンションの名前が似すぎるんですって!私が確認した時、マネージャーもOKって言ったじゃないですか!なんで私だけが悪いんですかぁ!?」
『…お前なぁ!ろくなサービス出来ないくせに、なんだよその態度!?こっちは店の信用かかってんだぞ!…あーっ…くそが、あっちにはもう別の子回したから、お前明日から来なくていいからな!』
「は!?ちょ、なにそれ…ねぇ!!」
ガチャンッ
ツーツーツー
「えぇ~まじでぇ…」
「あの~そういうことですので、お引き取りいただければ…」
申し訳なさそうに苦笑いしながら男がドアを閉めようとするので、私は必死でそれを止める。
「お、おじさん!間違えちゃったのはごめんなさい!でもどうかなぁ?お詫びにサービスするからさぁ!」
「いやいやいや!ないから!ちょっ…危ないから離しなさいって」
「お願い~ほんと今夜行くとこないの!これも何かの縁ってことでさぁ~」
「ち、力強いな!だからぁ、俺はデリヘルなんてまったく興味ないから!帰ってくださいって!!」
「やだぁ~外寒いんですよぉ!お願い~」
ガチャ…
「あの…何かトラブル?…警察とか必要…?」
隣人が恐る恐る顔を出して声をかけてくる。
「す、すみません!全然!ノートラブルですので!!」
「ちょっとケンカしちゃっただけなんで大丈夫です!
ごめんなさい~もうしないからおうち入れてよぉ。すごい寒いのぉ~」
「うっ、こいつ…」
隣人は不審そうにこちらをジーッと見つめている。
「…お、お騒がせしてすみません。ほら…早く入って…」
「あーん、ごめんねぇ。愛してるっ」
あぁ、凍え死ぬかと思った。
見知らぬ隣人よ、感謝します。
「お邪魔しまーす」
「あのほんと…出来たらすぐ帰ってもらいたいんですけど…いい歳したおっさんがデリヘル嬢連れ込んでるとか勘弁して…」
ぐったりした顔でおじさんは困ったように呟く。
「私、美花です。21歳。先月まで彼氏の家に住んでたんだけど、浮気されまくってムカついたから別れて出てきました。
お金も住む所もないからとりあえず一気に稼げると思って、こないだからデリヘル始めました。そんでさっきクビになりました!
なので、おじさんが今連れ込んでるのはデリヘル嬢じゃないから安心してね♪」
「…じゃあ、20も下の「普通の女の子」を連れ込んでるってことかよ…あ~尚更勘弁してくれよぉ」
「えっ!?おじさん40越えてるの?見えなーい、若ーい!30代かと思っちゃったぁ」
「初っぱなからおじさん呼ばわりだったじゃねぇかよ」
「うふふ~」
「……はぁ…」
観念したようにおじさんはため息をついた。
「えっと、美花…さん?確かに今夜は稀に見る大寒波なので…無一文の君を追い出すのはさすがに良心が痛みます。
今夜だけ寝床を貸しますけど、俺は君に金を払わないし、君も俺に何もしないでください。
それで、明日にはここを出ていってください。
いいですか!?」
「…おじさんって、人が良くてついつい捨て犬とかにご飯あげちゃうタイプの人かなぁ?」
「君は…人の良心に上手につけ込むタイプかな?」
「ふふ、それならデリヘル嬢なんてやってないよ」
「……ほら、そこのソファ使いなさい」
「はぁーい」
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初体験は高校1年の夏、ナンパしてきた大学生だった。
本当は怖くて嫌だったけど、友だちはみんな経験済みだったから置いていかれたくなかった。
何度かセックスをしたらその人のことも大好きになれるかと思ったけど、その前に捨てられてしまった。
すごく傷ついたけど、平気なふりをしてたらいつの間にか本当に平気になったので驚いた。
一緒に田舎を出た母親は再就職先で良い人に出会い、私が高校3年の時に再婚した。
母は幸せそうだったけど、私はどうしても新しい父親と馬が合わず、卒業とともにこっそり家を出た。
いよいよ私は迷子になってしまったけど、もう誰も私を探してはくれない。
田舎の記憶は年々薄れていき、不思議な柔らかい感触も小さなどんぐりも、ただの夢だったのかもしれないと思う時が増えた。
つづく
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