バブル景気前夜の昭和61年。
まだ、携帯も無ければパソコンの普及も無かった時代だった。
ぼくは大学を卒業はしたが、就職にありつけず無職のまま、しかたなしに実家に帰る事となった。
暫くは無職のまま家でブラブラしていた。
たまに外出すると、近所の目も厳しく感じられ、田舎の事もあり流石にぼく自身、世間体を気にしだした。
職安(ハローワーク)に行き、何とか地元の不動産会社に就職する事が出来た。
出勤初日、面接にも伺った社屋に指定された時間に初出社した。
店舗然とした社内、入口直ぐに受付カウンターがあり、その奥に事務机が並べられている。
指定時間より30分も早く会社に着いてしまった事で、入口に待つ覚悟で扉を開けてみると、入口の引き戸は簡単に開いた。
『おはようございます。』誰かがいる事を確認するかの様に声を上げる。
「はぁ~い。」室内の奥、パーテーションで仕切られた裏から女性の声が帰ってくる。
「ごめんなさい、ちょっと奥にいたから…。」ブラウスの襟元を気にしながら女性が現われた。
黒い髪を後頭部で纏め、制服なのであろう白いブラウスにチェック柄のベスト。
膝上までの紺のスカートからは、白い足がのぞいていた。
細面な顔立ちに、薄桃色の唇が印象的だった。
『あの、今日からここで…(お世話になる)』そう言いかけると、女性は思い付いた様に
「ああ、姉から聞いてる…今日から来る△△さんでしょ。」カウンターを真ん中に、そう問いかける女性。
『はい、そうですが…』そう言うと、女性はカウンター越しに
「そんな所に立ってないで、入ったら。」そう言って、来客用のスリッパを差し出してくれた。
『あっ、すみません。』遠慮がちにスリッパをはくと、女性が薦める事務机の椅子に腰を下ろした。
やがて、社員が出社しだし個々に挨拶をすると、面接をしてくれた女性が出社してきた。
面接の時に貰った名刺には、【営業部長】と記されていたが女性の管理職が希だった時代の事、奇異に感じながらも朝礼を仕切る様子に、改めて驚かされた。
面接時に聞いてはいたが、社員5名の朝礼はなんとなく家の団欒を思わせた。
女性部長に紹介され、簡単な挨拶をすますと、社員一人一人の自己紹介が始まる。
2.3人の自己紹介が終わると、先程の女性に出番が回る。
「○○美映子です。宜しくお願いします。」軽く頭を下げる美映子さんに、こちらも頭を下げる。
朝礼が終わると、各自自分の事務机に行き、今日の業務が始まる。
『美映子、暫くはあんたが仕事を教えて上げなさい。』自身の机に行きかけた美映子さんに部長が声をかける。
振り向いた美映子さんは「はい。」と軽く返事を返すと、こちらに視線を向け
「そう言う事みたいだから、改めてよろしくね。」と微笑んでみせた。
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