季節はめぐり、瞬く間に3年の月日が過ぎた。
僕は25歳になり、仕事の厳しさも面白さも少しずつ分かってきたつもりだ。
最近では後輩の指導なんかも任されるようになった。
36歳になったあや姉は、親友の真紀さんからの紹介で、ママ向けフリー雑誌のライターとして働いている。
特にシングルマザーに向けての記事は、とても評判が良いようだ。
「あぁー!ゆうとぉ、どこ投げてんだよぉ~」
「わー!ごめーん!!」
良く晴れた日曜、僕と凛太郎は広場でキャッチボールをしていた。
だけど運動音痴な僕は、凛太郎のところまでなかなかボールがまっすぐ届かずにいる。
「おーい、ふたりとも、お昼だよぉ~」
遠くからあや姉が手を振っている。
「はぁーい!!」
「あっ!凛太郎まって!…うわ、足速っ…ちょ、待って~」
8歳になった凛太郎は、相変わらず活発で、母親思いの優しい子どもだ。
少々口が達者なところもあるが、それもまた可愛い。
ライターの仕事が落ち着いてきたあや姉は、昨年から実家を出て凛太郎とふたりで暮らし始めていた。
僕はとにかくお金を貯めたかったので、実家暮らしをさせてもらいながら、週末は3人で過ごすことがお決まりになっている。
「パスタッ!パスタッ!」
「ふたりとも手ぇ洗って、凛太郎はお皿並べて、侑人はお茶入れてね~」
はいはーい、とふたりで声を揃えて返事をすると、キッチンから「ハイは1回!」と怒られる。
「なぁ、ゆうと。まだママにプロポーズしないのかよ」
手を泡だらけにしながら凛太郎が突っついてきた。
「えっ!何、急に…」
「急に、じゃないだろぉ。3年の約束がどうとか言ってたけどさぁ…」
声を落として凛太郎が耳打ちする。
「ママ、結構モテるんだぞ。おれのサッカーチームのコーチなんて、あれママに惚れてるな。
前にママの職場見に行ったけど、カメラマンの兄ちゃんもデレデレしてたし!
あっ、あと管理人のおっちゃんも、ママのことキレイだ何だ言ってるな…」
「あーあー!!聞きたくないよ~!」
「頼むぜ、ゆうと~今はおれが目を光らせてやってるけど、おれだって忙しいんだからさ!」
「ふふ、凛太郎…きみ、だいぶ小生意気になったねぇ」
「ま、どんな男が言い寄ってきても、おれが認めてんのはゆうとだけだからさ!頑張れよな!」
「うぅっ…凛太郎ぉ……」
僕がうるうると見つめると、うんうん、と凛太郎は頷く。
「ふたりとも、いつまで手洗ってんのよぉ!
冷めちゃうでしょー!!」
「あっ!はーい!!」
「えっ、ちょ、待って!」
*********
「凛太郎、寝ちゃった…どうする、泊まってく?」
「ごめん、明日早くて…また週末泊まりにくるね」
「そ、分かった。1週間会えないのは寂しいけど…我慢するね」
「ちょっと、そういう可愛いこと言うのやめてくれる?帰れなくなるじゃん…」
「帰って欲しくないんだもん~」
クスクスと笑い合いながら、チュッと何度もキスをする。
「ふふっ、お茶いれるね」
あの時は、3年ってすごく先だと思ったが、本当にあっという間だった。
その間に、僕は仕事で責任を持つことやお金を稼ぐ大変さを学び、あや姉も新しく仕事をしていく中でイキイキとさらに魅力的な女性になっていった。
彼女の言った通り、仕事を始めてたくさんの人に出会ったが、それでもやっぱり、僕はあや姉のことが大好きだ。
あや姉や両親を始め、みんなに言ってやりたい。
僕の、あや姉への思いの強さを舐めんなよ、と。
小生意気になった凛太郎のことも、一挙一動が本当に愛しい。
もう…十分だよね。
「はい、どうぞ。あ~何かお菓子あったかな」
「あや姉…」
『おっきくなったら、あや姉と結婚する!』
「確か職場でもらったお茶請けが…」
「ちょっと…」
『ふふっ、いいよ。じゃあ侑人がおっきくなるの待ってるね』
「なぁに?あ、こっちだ」
「あの…」
『ほんと!?じゃあ、約束っ!』
『はい、約束ね』
「綾さん、大事なお話があるんですけど…良いですか?」
あや姉が、ゆっくりと振り返る。
頬は薔薇色に色づき、硝子玉のような瞳は少し潤んでいる。
あぁ、僕の初恋のひとは、とても綺麗だ。
おわり
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