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「あっ……、ああぅ……、あの……先生……」
「小村さん、どうしましたか?」
「いえ……、あの……、陣痛は治まってきたんですけど、えっと、痛くない出産て、なにか変……じゃないかと思って」
「かかりつけのクリニックでパンフレットを読んでいないのですか。無痛分娩というのは、最近ではめずらしくないのですよ?」
「えっ、そうなんですか?」
「陣痛が緩和されてきたということは、さっきの薬は小村さんと相性がいいようですね」
「薬……ホルモン剤ですか?」
「ええ、女性ホルモンの分泌が活発になってきているはずです。それが何を意味するのか、おわかりですか?」
彼の問いかけに口ごもっていると、遠慮のない言葉を浴びることになった。
「あなたの性欲を刺激しているのですよ、小村奈保子さん」
私は開いた口が塞がらなかった。出産と性欲にどんな関係があるのだろうか。
すると今度は佐倉さんが大人しい口調で言う。
「小村さんの妊娠は、想像妊娠ですよ。信じてもらえないでしょうけどね」
この佐倉麻衣という人物は、可愛い顔をしてなかなかおもしろいことを言う人だ。
臨月を迎えたこの大きなお腹が、私の思い込みとでも言いたいのだろうか。ありえない。
「どういうことなのか、納得がいくように説明してください。これって……、このお腹は何なんですか。不妊治療は失敗だったんですか。ねえ?」
私は妊娠10ヶ月分のストレスを吐いた。
発散させたいのに発散できないものが、泌尿器あたりで疼いていた。
私のクリトリスは情けないほど不満を溜めて、甘く危険な状態だ。
「このへんではっきりさせておきましょうか。あなたの不妊治療はまだ終わっていないのです。いいですか?ここからが本当の意味での治療ですからね」
「先生の言っている意味がまったくわかりません。もう帰ります。お金は払いますから、はやく私の体を元通りにしてください」
出海医師はマスクの裏で溜め息をつくと、佐倉麻衣さんにアイコンタクトを送り、その鋭い眼球をまた私に向けなおした。
「彼の名前、確か……篤史さんて言いましたね」
「彼がなにか……?」
「小村奈保子さんのご主人ではないことは僕も知っています。驚きましたか?」
私は、まんまと驚かされてしまった。
「あなたの個人情報はすべて僕の手元にあるわけで、否定的な態度はやめておいた方が安全だと言っておきましょう」
「まさか……、彼にもひどいことをしようとしているんじゃ──」
「その逆です、勘違いしないでください。人体にはまだまだ謎の部分が多い。そして僕は医師だ。今回の実験が成功すれば、東洋医学の歴史に新たな風を吹き込むことになります。きっとあなたはそれに関われたことを誇りに思うでしょう」
「……、実験……?」
私はようやくすべてを理解した。
女性向けのアダルトビデオなんかよりもよく出来た話だが、どうにも笑えない。
分娩台の上の私は、もはや生きた標本なのだ。
「小村さんの子宮内に満たされているのは、人の体液の塩分濃度に近い水溶液です。それを吸引してしまえば自然にお腹がしぼんでくるでしょう」
彼の言うとおり、私の体格は妊婦とは呼べないほどのくびれを取り戻しつつあった。
器具で開かれたままの私の性器は粘度を増やして、思いとは正反対に快楽を求めて女の姿に変わり果てた。
「いや……、気持ちわるい……。ねえ佐倉さん、あなたなら助けてくれるでしょ?だってそのお腹には──」
「ごめんなさいね、あなたと代わってあげたいけれど、私にもこの研究を見届ける義務があるから。海外にくらべると、日本の不妊治療技術はまだまだ遅れているのよ。あなた一人の協力で、日本の少子化が改善されるかも知れない。少し大げさだけど、そういうことなんです」
女らしい声ではあるけれど、それは紛れもなく救いの声ではなかった。
これで私の逃げ道は完全に途切れてしまった。
心が折れて、悔し涙がこめかみから耳までつたっていく。唇は小刻みに震えて合わさらない。
「学会という場で学者たちを口説く為には、とにかく正確なデータが必要になります。しかも生データでなくてはいけない。小村奈保子さんは年齢も若いし、容姿も優れている。僕が必ず妊娠させてみせます」
彼の熱意だけが一人歩きしていて、私の胸にはぜんぜん響いてこなかった。
「女性が純潔をまもる時代はもう終わったのです。それでは始めましょうか──」
私の体からカテーテルと膣鏡が取り除かれ、出海医師の無駄のない指使いが女性器のしくみを調べ上げていく。
「はっあっ……、んん……くぅん……、やっ……んっ……」
どうしようもなく下品な声が、こらえた口から漏れた。
それは普段しゃべっている声よりもずっと上の方で、「気持ちいい」と言っているのと同じ意味を含んでいた。
「なかなか良質なサンプルが採取できそうだ。そうですね、外側からだけじゃなく、今度は内側からも女性ホルモンを増やしていきましょうか」
その言葉にまわりのスタッフ全員が揃って頷く。なんとも奇妙な光景だ。
その時、佐倉さんは自分のマスクをはずし、上品な笑顔を私だけに向けた。私は思わず見とれてしまっていた。
されるがままに私は全裸に剥かれ、室内をぐるりと見渡せば、私を中心にして淫らな雰囲気の円陣ができあがっていた。
「もうやめてください……、おねがい……、ゆるして……」
そこにいる者はそれぞれの手に何かを握り、それは医療とは関係のない形をしているように見えた。
そして出海医師は私にこう言う。
「あなた自身が性的欲求を高めていけば、自然に妊娠しやすい体質に変化していくのです。かなりの確率でね」
私はもう何も言い返せない状態にまで落ち込んでいたが、久しぶりに目覚めた性欲はドクドクと血管を通り、乳首を火照らせ、膣を沸騰させていた。
私を取り囲む円陣の輪がしだいに小さくなって、男の人の荒い鼻息と、女の人の興奮気味な咳払いがすぐそばまで迫ってきた。
ここは病院なんかじゃなくて、無菌状態の研究施設と呼ぶべきだ。だとしたら私はいったいいつから騙されていたのだろうか。
騙す方がわるいのか、騙される方がわるいのか。これから私は何をされ、どうなってしまうのか。
尽きない疑問をめぐらせているうちに、ついに理不尽な治療が再開された。
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