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1:祖母・昭子 その後
投稿者:
雄一
「凄い人ね…」
「だから近場の神社でいいといったのに」 「いいじゃない。あなたも私も東京っ子なのに、日本一の明治神宮に一度もお参りして ないんだから。それに…」 「え?何だって?」 「来年の雄ちゃんに栄光がありますように」 「栄光って?」 「東大の入学試験に合格しますようにって、日本一の神様にお願いするの」 「あ、あれはだな…ものの弾みでいっただけで…」 「だめっ。指切りして約束したんだから」 明治神宮の入り口から御社殿までの参道は、大晦日のこの夜、当然のように人、人、人 でごった返していた。 紀子に無理矢理誘われて、僕は彼女が言うように、まだ一度も来たことのない明治神宮 に来ていた。 一ヶ月ほど前、奥多摩の祖母の家で、初めて紀子を抱いた時、その後の寝物語で、 「俺、まだ将来の夢なんて何もないんだけど、何かのテッペンに立ってみたいから、東 大でも狙ってみようかな?」 と何の脈絡も、勿論、見込みもなしに、ぼそっと言ってしまったことを、紀子のほうが 真に受けてしまって、喜色満面の笑顔で僕に抱きついてきたことを、大晦日のこの日まで 引き摺ってきているのだ。 後で、冗談だよ、と何度も訂正と取り消しの言葉を言ったのだが、紀子はまるで聞く耳 を持とうとしなかった。 今夜のここへの参拝をいい出したのも紀子で、まるで大奥のお局にでもなったように、 僕に自宅まで迎えに来させ、人で混雑するに決まってる大晦日の、中央線から山手線の電 車内でも、人混みと痴漢から自分を守れと言ってきたり、言いたい放題、したい放題の有 様だった。 自惚れていうのではないが、紀子をほんとの女性にしてやったのは僕のほうで、もう少 ししおらしくなるのかと思っていたら、真逆の結果になってしまっていて、人生経験のま だ浅い僕は、女ってわからん、と思うしかなかった。 それにしても、この人の多さはまるで東京中の人が全部集まってきているような喧噪さ で、僕は早く退散したい思いで一杯だったが、紀子のほうは僕の片腕を両手で痛いくらい に掴み取ってきていて、 「お前、そんなにくっついてくるなよ」 とぼやきながら僕がいうと、 「恋人同士だからいいじゃん」 と悪戯っぽく白い歯を見せて笑ってくるだけだった。 少し前にあった紀子の両親の離婚問題も、不倫騒動を起こした父親のほうの全面的謝罪 を母親が、娘のためにと渋々ながら許諾したことで、元の鞘に戻ったようで、その頃は半 泣き状態だった紀子も、生来の小煩い小娘に完全復活していた。 紀子との東北への一泊旅行も滞りなく済ませていて、仙台のシテイホテルで、僕は彼女 とベッドを共にしていた。 僕の祖母のように、長い人生を経験を踏まえた官能的な深さは無論なかったが、清流の 川で弾け泳ぐ若鮎のように清々しさに、他の女性の時にはないような感動にまたしても取 り込まれ、早々の撃沈に陥っていた。 ひたすら陸上競技に打ち込んできている、紀子自身は自分の躍動的な身体の特性にはま だ気づいてはいないようで、 「私たちってまだ十六なのに、こんなことばかりしてたら、不純異性交遊か淫行罪で逮 捕されない?」 などと無邪気な顔をして言ってきたりするのだ。 押し競饅頭のような身動きできない人混みの中で、紀子は最後まで僕の腕を、両手で強 く掴み取ったまま、どうにか本殿の参拝所の前に辿り着き、僕は型通り五円玉を、紀子は と見ると、硬貨で一番大きい五百円玉を惜しげもなく投入していた。 騒然とした人の群れの声と熱気の中で、 「これ、私からの雄ちゃんへの投資だからね。これから受験勉強頑張ってね」 と横の何人かが振り返るような、大きな声を張り上げて言ってきた。 そう言われても、半分は口から出まかせで出た言葉だし、僕には自信の欠片すらなかっ たので、曖昧な笑顔を見せて曖昧に頷いてやるしかなかった。 大鳥居を抜けようやく境内の外に出ても、駅のほうから歩いてくる人の波は引きも切ら なかったが、僕はそこで奥多摩の祖母の顔を、はたと思い出した。 毎年のことだが、大晦日の新年のカウントダウン前後には、いつも祖母に電話をするの が僕の慣例になっていた。 スマホで時刻を見ると、零時に七分前だった。 「婆ちゃんに電話したい」 まだ僕の腕から手を放さずにいる、紀子に独り言のように言って周囲を見廻したが、ど こも蟻の群れのような人だかりで、静寂なスポットなどどこにもあるわけがなかった。 かまわずに、スマホの画面に祖母の番号を出し、発信ボタンを押すと、やはり一回のコ ールで祖母が出た。 「雄ちゃん…」 周囲の喧騒の中でも、祖母のもう泣き出しそうな声が、はっきりと聞こえた。 「婆ちゃん、今、明治神宮に来てる」 片方の耳を抑えて、僕も精一杯声を張り上げて祖母に言った。 横にいる紀子と初めて契りを交わした翌日に、雑貨屋の前の無人駅で言葉を交わして以 来、長い間、会ってはいない、祖母の色白で小さな顔が僕の脳裏に、懐かしくそして妙に 物悲しげに浮かんだ。 あの時は紀子も一緒だった。 二人はともに笑顔で言葉を交わしてはいたが、十六と六十代の女同士の瞬時の視線の交 錯に、鈍感な僕でも気づくくらいの、小さな火花のようなものが散っていたのを思い出し、 僕は思わず目を瞬かせた。 若い紀子はともかくも、年齢を重ねている祖母の女の勘は鋭い。 僕ら二人を駅で見送り、帰宅した祖母はきっと何かを嗅ぎ取るような、そんな気が僕は していた。 狭い歩道を歩く人だかりの中で、カウントダウンを叫ぶ声が合唱のように聞こえてきた。 「婆ちゃん、おめでとう!」 零時になった時、僕はありったけの声でスマホに口を寄せて叫び、横にいる紀子に目を 向けた。 紀子の少し大人ぶって化粧した、艶やかな顔がいきなり僕の顔の前に近づいてきて、周 囲の人だかりを気にもせず、大胆にも唇に唇を強く押し当ててきた。 耳に当てたスマホから、祖母のおめでとうの声がどうにか聞こえたが、紀子の思いがけ ない行動に、僕の気持ちは完全に奪われていた。 僕のマフラーの上に手を廻してきて、重なった唇は十秒近く離れなかった。 唇が離れてすぐに、 「冬休みの終わりに、また行くね」 と祖母に声を張り上げて言って、僕はスマホのオフボタンを、慌てた素振りで押して、 改めて紀子の顔を見た。 「おめでとう。これ私の新年のサービス。…それと」 「何…?」 「あなたのお婆ちゃんへの、小さなジェラシー」 歩道の雑多な流れの一部を止めるように、紀子は少し上気した顔で、僕を本気とも冗 談ともつかぬ顔で見つめてきていた。 祖母とのことについては、紀子には絶対に話せない、大きな秘密を抱えている僕は背 筋を少しヒヤリとさせながら、それでも普通の顔で彼女の目を見返した。 「年越し蕎麦食べよ」 紀子は明るい声でそう言って、まだまだ人通りの絶えない歩道を、原宿のほうに向か って歩き出した。 腕はしっかりと紀子の手で掴まれたままだった。 若者の街といわれる原宿は、普段の平日でも夜の更けるのは、遅いのが当たり前なの だが、大晦日のこの夜は、まさに老若男女を問わない人混みで、雑多なネオンも煌々と していて、元旦の日の出まで、この喧噪は続けっ放しになるのではないかと思えるくら いの賑やかさだった。 僕にミノムシのように、しっかりとくっついている紀子からの声も聞き取りにくく、 こちらも大声を出さないと、会話が成り立たない。 芋洗いの芋になって歩きながら、僕は虫と蛙の鳴き声しか聞こえない、、奥多摩の静 寂の夜をふいに思い出していた。 綿入れを着込んで、蜜柑の置かれた炬燵の前で、一人静かにテレビの紅白歌合戦を見 入っている、祖母の小さな顔が、僕の目の奥のほうに続いて浮かび出てきて、この冬休 みの最後には、絶対に奥多摩へ行こうと、横の紀子には内緒で、そう決心した。 この二日前の、二十九日の午後、僕は国語教師の沢村俶子の住むマンションにいた。 前日の夜、高校教師で三十五歳の俶子から、生徒で十六歳の僕に、相談事があるので、 昼前に自宅に来て欲しいとのメールが入っていたのだ。 (美味しいビーフシチューご馳走するから、明日のお昼前に来て) これまでにこのビーフシチューの誘いで、何回のに肉体労働を見返りに強いられてき たか憶えてないが、続いてのメール送信で、私の結婚のことで…と書かれていたので、 僕は「りょ」と返信して、今、俶子の家のリビングに座っていた。 「お話は食べてから」 そういって、俶子はデミグラスソースのいい匂いのする、ビーフシチューと野菜サラ ダの盛り合わせを目の前に置いてくれた。 年明けの月末に、俶子は隣の市で同じ教師をしている五つ年下の男性と、晴れて華燭 の典を挙げるのだ。 そのことは前から知らされていて、僕はこれまでの二人の関係を抜きにして、心から の祝いの言葉を言って祝福していた。 「私が高校の時の教頭先生の紹介で、昔風のお見合いみたいな場からお付き合いした んだけど、高校では化学を教えている人で、真面目一筋で、誰かさんみたいな戸っぽい 面が一つもなくて…面白味には欠けるけど、私もそうそう贅沢言える顔でも年齢でもな いし、この辺が年貢の治め時かなって思って、プロポーズ受けちゃったの」 口ではそういいながら、眼鏡の奥の目を艶っぽく緩めたりして、僕に話していたのは、 ついまだ最近のことだった。 「よかったじゃないですか。先生が幸せになってくれたら僕も嬉しい」 いつもと違う丁寧語で、僕は俶子に祝福の言葉を送った。 二人のこれまでの関係は、これで自然消滅ということになるのだったが、僕のほうに は何の拘りも未練がましい思いもなかったので、 「明日からは、沢村先生と一生徒に戻って、学校では仲良くしましょ」 といってやると、俶子は目から涙をぼろぼろと零して、 「そんなに明るくいわれると、逆にすごく寂しくなるじゃない」 といって眼鏡を外して、ハンカチで目を拭ってきた。 その俶子からの誘いが、目の間前のビーフシチューだったのだが、何故かあの時のよ うな、恥ずかしながらも嬉しそうだった表情ではないようだったので、 「何かあった?」 と目ざとく僕は尋ねた。 俶子の驚きの告白を聞くまで、多少の時間を要したが、話を聞いた僕も暫くは返答の しようがなかった。 結婚相手が今になってどうこうというのではなく、相手の父親の実の弟の顔を見て、 俶子は愕然としたというのだった。 俶子が大学を出て高校の国語教師として、最初に赴任した高校の先輩教師と、何かの 教育セミナーで県外へ一泊二日で出かけた時、新人の彼女に優しく接してくれ、それが きっかけで男女の関係に陥ったのが、今度結婚することになった相手の叔父になる人物 だったのだ。 叔父という男は、俶子と関係を持った時にはすでに結婚していて、聡子もそれを承知 で、何年も肉体関係を続けたということのようだった。 大学を出たばかりでまだ処女だった俶子に、男は縄で全身を縛り付けたりとか、蝋燭 を熱い蝋を身体に垂らしたりとかの、通常ではない行為で彼女を抱き続け、他にも野外 露出を強要したりとか、排尿や排便するところを見られたりと、恥ずかしいことを散々 に彼女の身体に沁み込ませた元凶のような男だった。 女を女として扱わない、冷徹な甚振りや辱めに、何度も止めてくれるよう懇願し、つ いには別れ話まで進展したのだが、それまでの恥ずかしい写真を種に、ずっと引き摺った その後に、その男は何の病気かは俶子にも記憶はないのだが、職場を休職し一年ほど 病院での入退院を繰り返し、交流は自然消滅のようになった。 それから何年か後、俶子はある男性と結婚をしたのだが、どういう因果なのか、その 男も彼女の最初の男と同じ異常な性嗜好で、俶子自身は、男というのはみんな同じ性嗜 好者であるという曲がった思い込みが観念的に、身体にも心にも宿りついてしまってい たということのようだった。 十日ほど前に、俶子は婚約者から家族と親戚一同が介した集合写真を見せられ、その 時に、自分の処女を捧げた、相手の男の顔を見つけてしまったのだと、聡子は顔面を少 し蒼白にして、僕に話してきたのだ。 婚約者にその男の今の素性を聞くと、現在は教職員を辞めて妻の父親が経営している 不動産会社に、専務という肩書で勤務しているとのことだった。 俶子にとって、自分の女としての人生を捻じ曲げた、淫獣のような男が身内にいると ころへ嫁いでいくのは、屈辱的な人身御供か、悪魔への生贄でしかないというのだった が、話を聞いた聞いた僕もその通りだと思った。 しかし、そのことを結婚式を一ヶ月後に控えた婚約者に、正直に告白する勇気は自分 にはないと俶子はいうのだったが、十六の僕には事情が重すぎて、何とも応える術も手 段も思い浮かばなかった。 見ると、俶子は自分の前に置いたビーフシチューを、一度も口に入れていないようだ った。 「いいの。まだ若いあなたに、どうにかしてもらおうなんて思ってないから…ただ、 誰かに聞いて欲しいと思ったら、あなたの顔しか思い浮かばなかっただけなの。気にし ないでね」 無理そうな笑顔を見せて、俶子は逆に重々しく顔を沈ませている僕を、歳の離れた姉 のような口調で、慰めるように言ってきた。 「で、でも、婚約者に黙ったまま結婚したとしても、きっと幸せな結婚生活にはなら ないと思うけど…」 正直な僕の気持ちを、僕は声を詰まらせながら、どうにか正直に言った。 「そうね、余計な不幸者をまた作ってしまうだけかもね。ありがとう、雄一君。いい 意見を言ってくれて…私のこと真剣に考えてくれてるのが、すごく嬉しい」 俶子のその声が、急に気丈な響きで聞こえてきたので、顔を上げると、 「あなたの助言で、私、決めたわ。これからもあなたの下部で生きてく」 と明るい声で言ってきた。 それもどうか、といおうと思ったが、その時は僕は喉の奥にぐっと詰め込んだ。 「あ、そうだ。あなた、東大目指すんだって?」 「えっ、だ、誰に?」 聞いた瞬間に、犯人が誰かすぐにわかった。 あのバカ、と腹の中で僕は舌打ちしていた。 「いいことよ、あなたなら一生懸命頑張ったら行けると思う。私も全面的に応援する からね」 「どうかな?…僕の学力は片輪みたいなものだから…」 「数学がまるで弱いもんね」 「弱いなんてもんじゃない。それにしても、あのクソバカ」 「いいじゃない。彼女、すっごい嬉しそうな顔していってたよ」 「女の口軽は最低だ」 「未来の奥さんになる人を、そんなに言うもんじゃないわ」 「えっ、そ、そんなことまで、あいつ」 ほどなくして、僕と俶子はいつもの決まりごとのように、彼女の室のベッドにいた。 どうしようもないお喋り娘への、僕の憤怒はまだ収まってはいなかったが、聡子のほ うは、僕との対話で気持ちがすっきり振り切れたのか、 「どこで誰と浮気してたのか、この僕ちゃんは」 聖職の人とは思えないような、艶めかしい目をこちらに向けてきていた。 着ていたセーターとスカートは、すでにカーペットの下に落ちて包まっている。 紺色のブラジャーと揃いのショーツが、僕自身も久しぶりに見る白い裸身に好対照に映 えて、若い僕の下腹部の一ヶ所に集中し始めていることを知らされていた。 「俺が欲しいか、叔母さん?」 僕は徐に俶子が仰向けになっているベッドに駆け上がり、その場で身に付けていた衣服 のすべてを脱ぎ晒して、両足を少し拡げて仁王立ちの姿勢をとった。 「叔母さん、そんなとこで偉そうに寝そべってんじゃないよ。お前の一番欲しいものに、 きちんと挨拶しろよ」 急に芝居がかった声で言う僕の意を理解したかのように、俶子も眼鏡の顔を真顔に引き 締めてきて、おずおずとした動作で上半身を、ベッドから起こしてきた。 どこでどういうスイッチが入ったのか、僕自身もわからないでいたが、俶子の身体への 嗜虐の衝動がどこからともなく湧き上がってきていた。 十六の自分よりも二十近くも年上のこの女には、何をしても許される、という妙な自惚 れめいたものが、聡子と知り合った頃から漠然とだがあった。 僕の二面性の性格の裏側にある、嗜虐の嗜好と、俶子のこれまでの、ある意味、不幸な 男性遍歴で知らぬ間に培われていた、被虐の思いが、歯車の歯が噛み合うように合致して いるのかも知れなかったが、とにかく僕自身が淫猥な気持ちになってくるのは事実だった。 ベッドに座り込んだ俶子の顔のすぐ前の、僕の下腹部のものはすでに半勃起状態になっ ていた。 俶子の両手がそこへ添えられてきて、間髪を置かず彼女の赤い唇が半開きになって、僕 の股間に迫ってきた。 濡れて生温かい感触が心地よかった。 俶子の身体を抱くのはいつ以来だろうと思い返しながら、僕は背中を少し屈めて、彼女 のブラジャーのホックを外しにかかっていた。 室には暖房が入っていて温かかったが、聡子の背中はそれだけではない汗のようなもの で肌は湿っていた。 僕の下腹部のものは、俶子の口の中で早くも臨戦態勢を整えていて、学校のグラウンド にある鉄棒のように固く屹立していた。 満を持した態勢で、僕は俶子の口から刀を抜くように、唾液でしとどに濡れそぼった屹 立を抜き、彼女の上体をベッドに押し倒し、小さな布地のショーツを一気に剥ぎ取り、熟 れて脂の乗り切った太腿を大きく押し広げて、自分の身体をその間に割り込ませた。 「ああっ…う、嬉しい!」 感極まったような声でいいながら、聡子は僕の両腕を両手でがっしと掴み取ってきた。 俶子の大きく拡げられた、股間の漆黒の下に目をやると、薄黒い肉襞が開いていて、そ の中の濃い桜色をした柔らかな肉が、滴り濡れているのがはっきりと見えた。 僕は固く怒張しきった自分のものに手を添え、狙いを定めるようにして、濃し全体を前 に押し進めた。 「あ、ああっ…す、すごい!…は、入ってきてるわ…ああっ」 久し振りに聞く俶子の咆哮の声は、室一杯に響くくらいに大きくけたたましかった。 僕の腕を掴み取っている彼女の手の指も、痙攣を起こした人のように強い力が込められ てきていた。 じわりと締め付けるような圧迫の間に、三十五歳の女の身体から発酵したねっとりとし た脂が潤滑油のようになって、俶子の胎内に僕のものは深く沈み込んだ。 僕の腰が動くと、その潤滑油は温みのある摩擦を、僕のものに心地のいい刺激となって 与えてきて、俶子は俶子で僕の腰の淫靡な動きに幾度となく呼応し、眼鏡の奥の目を瞬か せ、喘ぎと悶えの声を間断なく挙げ続けたのだった。 「は、恥ずかしい…こ、こんな」 「俶子の顔がしっかり見れるから、俺は好きだよ」 僕はベッドに胡坐座りをして、俶子と胸と胸を合わせて重なるように抱き合っていた。 俶子が汗に濡れそぼった裸身を晒して、僕の腰に跨り座っていて、重なった腰の下で、 列車の連結器のように、二人の身体は深く繋がっていた。 顔と顔が否応もなく触れ合い、相手の息遣いまではっきりと聞こえるほどに密着してい て、俶子の胸の膨らみの柔らかな感触が、汗に濡れた僕の胸に心地よく伝わってきていた。 「あ、あなたの汗の匂いって、いい匂い」 「俶子の女の匂いも、俺は好きだよ」 「わ、私って、悪い女?」 「どうして?」 「の、紀子さんのこと知ってて…こんな」 「そしたら、俺は大悪党だ」 「大悪党でも好き!…キスして」 お互いの歯と歯のぶつかる音が聞こえるくらいに、僕は唇を強く俶子の唇に重ねていっ た。 閉じた口の中に広がってくる、俶子の息が、燃え上った身体の熱の上昇を訴えるように、 ひどく熱っぽかった。 結果を先にいうと、国語教師の俶子とその教え子の僕との、身体の交わりはその日が最 後になった…。 続く
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2023/06/01 13:19:07(.AwPQuri)
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