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あの日の
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:ノンジャンル 官能小説   
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1:あの日の
投稿者: black
同窓会の会場は、駅前の少し洒落たレストランだった。
 懐かしい顔ぶれの中に、彼女はいた。
 ——変わっていない。
 いや、正確には違う。
 高校生だった頃よりも、ずっと柔らかく、ずっと艶やかで、そして左手の薬指には細い指輪が光っていた。
「久しぶり」
 振り向いた彼女が、少しだけ目を見開く。その一瞬の間に、昔と同じ空気が流れた気がした。
「……ほんとに、久しぶりだね」
 名前を呼ばれただけで、胸の奥がざわつく。
 あの頃、言えなかった言葉。
 触れられなかった距離。
 周囲は騒がしく、笑い声が飛び交っているのに、彼女の声だけが妙に近く感じた。
「今、どうしてるの?」
「普通だよ。仕事して、家に帰って……」
 一瞬だけ視線が泳ぐ。
「結婚、したんだよね」
 俺が言うと、彼女は小さく頷いた。
「うん。三年目」
 その言葉は現実だった。
 けれど、その目の奥にある揺らぎは、昔と同じだった。
 あの頃、放課後の教室で二人きりになったとき、何も起きなかった。
 何も起こせなかった。
 帰り際、店の外に出ると、夜風が思ったより冷たかった。
「少し、歩く?」
 自然とそう言っていた。
 駅へ向かう人の流れから外れ、川沿いの遊歩道を並んで歩く。
 肩が触れそうで触れない距離。
「覚えてる? 文化祭のあと、ここで話したこと」
 彼女が言う。
「覚えてるよ」
 本当は、その日のことだけを何度も思い出していた。
 言えなかった告白。
 踏み出せなかった一歩。
「もし、あの時——」
 彼女が言いかけて、言葉を止める。
 街灯の下、彼女の横顔がやけに綺麗だった。
 人妻という響きが、妙に現実味を持って胸を締めつける。
「今、幸せ?」
 聞いてはいけない問いだと分かっていた。
 彼女は少しだけ笑った。
「……どうだろう」
 その曖昧さが、何より危うかった。
 風が吹いて、彼女の髪が頬にかかる。
 無意識に手を伸ばし、そっと払った。
 その瞬間、時間が止まる。
 触れた指先から、昔の鼓動が一気に蘇る。
「だめだよ」
 彼女が小さく言う。
 けれど、離れない。
「だめだよ、ほんとに……」
 言葉とは裏腹に、彼女の手が、俺の袖を掴んでいた。
 触れるだけの距離。
 唇が重なる寸前で、二人とも息を止める。
 理性と記憶と、今の立場がせめぎ合う。
 ——あの頃の続きを、今さら始めていいのか。
 遠くで電車の走る音がする。
 彼女が目を閉じた。
 その一瞬だけ、世界には二人しかいなかった。
 触れるか、離れるか。
 選ばなければならないのに、
 どちらも選びたくなかった。
 やがて彼女はそっと身を引き、微笑んだ。
「……またね」
 指輪が、街灯に光る。
 彼女の背中が遠ざかるまで、俺は動けなかった。
 あの日の続きは、
 結局、また未完成のまま。
 けれど確かに、
 互いの胸の奥に、火だけは残して。
 
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2026/02/12 17:53:34(a66A8YzP)
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