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淫獣の餌食たち  2
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:SM・調教 官能小説   
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1:淫獣の餌食たち  2
投稿者: 雄一
「雄ちゃん、今日はありがとうね」
 車の助手席で母の真由美が嬉しそうな明るい声で、運転席の雄一に、少し桜色に染まった
細面の顔を向けていった。
 車は灯りの多い市街地から郊外に向けて走ってる。
 「母さんに喜んでもらえたら」
 ハンドルを十時十分のかたちでしっかり握り締めながら、雄一も安堵の表情を浮かべなが
ら言葉を返した。
 ずっと一緒に暮らしながら、もう何ヶ月も機会のなかった、母子二人だけの外食の帰路の
途中だった。
 明日が母の六十一歳の誕生日だったが、生憎、雄一が県外への一泊仕事に出かけなければ
ならなかったのと、老人ホームの施設長として働く母も代理夜勤の予定が入っていたので、
一日早い誕生祝いで、一人息子の雄一が、市内の名の知れた高級レストランに招待したのだ。
 母は母なりに気を利かせたつもりか、息子の雄一が以前に、よく似合うと褒めてくれた、
明るい黒地に黄金色の蝶の模様の入ったワンピースと、何年か前の誕生祝いで雄一がプレゼ
ントした細い金色のネックレスをしていた。
 明日の誕生日で母は六十一歳になるのだが、細身で手足の細長い体型と、色白で切れ長の
やや窪みがちの涼やかな目と、高く通った鼻筋が顔全体の陰影を濃くしていて、輪郭のはっ
きりとしたかたちのいい唇と、奇麗な歯並びも際立ち、外見的には実年齢より相当に若く見
えた。
 厳に今夜のレストランでも、真由美にワインを注ぎにきた中年のウエイターが優し気な笑
みを浮かべながら、
 「お姉さまのワンピース、よくお似合いですね」
 と雄一に向けて、思わぬ勘違いの言葉をかけてきたくらいだった。
 そのレストランでもう一つエピソードがあった。
 レストランの支配人という黒のスーツ姿の、五十代くらいの男性が、食後のコーヒーが出
るタイミングで、二人のいるテーブルの前に現れ、母の真由美のほうに向けて頭を下げ、慇
懃に挨拶をしてきたのだ。
 母も少し驚きの表情を見せて、
 「あら、菅野さんのお勤めこちらでしたの。存じ上げずにすみませんでした」
 と慌てて言葉を返していた。
 二人の会話のやり取りを聞いていると、その男性の父親が母の勤める老人ホームに、最近
入居したとのことのようだった。
 「そうですか、息子さんからの誕生祝ということで。お母様にはいつもお世話になってい
ます」
 黒服の支配人は、雄一のほうにも如才なく目を向け、挨拶の言葉をいうと、
 「そうそう、この前の市の広報、拝読させていただきました。大変なお仕事というのがよ
くわかりました。それにお写真のほうも奇麗に映って見えて。私もいいところへ身内を入れ
てもらって安心しています。どうぞ、ごゆっくり」
 支配人はにこやかな笑顔を残して、その場を去っていった。
 雄一も思い出していた。
 一週間ほど前、毎月一度送られてくる市の広報のタブロイド版二ページを使って、「奇麗
で優しく働き者の施設長さん」という長いタイトルで、母の真由美が老人ホームで働いてい
る画像と短いインタビュー記事が載っていて、雄一も会社の上司から、
 「これ、君のお母さんだろ?奇麗な人だね」
 と声をかけられたことがあった。
 「広報って、意外とみんな見てるんだね」
 雄一も悪い気分ではなく、気恥ずかし気にどぎまぎしている母に、笑顔の視線を送った。
 「何だか顔が火照ってるわ。飲めもしないのに、ワインなんか飲んじゃって」
 桜色にほんのりと染まりかけている両頬に、指の細長い両手を添え、大きく息を吐きなが
ら母が呟くようにいった。
 「僕からのこういうことは、めったにないんだからいいじゃないか。それに…」
 「それに何?」
 「いや…最近の母さん、何か疲れているように見えたから」
 車のフロントガラスの、暗い前方に目を向けたまま、雄一はぼそりとした声でいった。
 明るく快活な性格で、母子が住む市営住宅団地の、自治会役員を率先して引き受けたりし
て、誰にでも気さくに話しかけていた母が、この一、二ヶ月の間ほどの間に、妙に表情を暗
くしていたり、黙り込んで俯いているのを、息子の雄一は何度か見かけたりしていたのだ。
 雄一が残業して夜遅く帰った時も、テレビも点いていない居間の座卓の前で、細い背中を
窄めるようにして、ぽつねんと寂しそうに座り込んでいた。
 雄一の姿を見て、慌てて我に返ったように立ち上がり、台所に向かう母に、
 「何かあったの?」
 と雄一は心配と訝りの声をかけたことがあった。
 「ううん、何もよ。職場の介護のことで色々あってね」
 とその時ははぐらかされたのだが、それとは違う何かで母は悩んでいるということを、一
人息子の雄一は朧げに感じ取っていた。
 そんなこともあったので、雄一は一日早い誕生会という名目で、母を誘ったのだった。
 そして、今夜のことでもう一つ、雄一には気になることがもう一つあった。
 レストランにいた時のことだ。
 雄一にはそのことのほうが、先のウエイターや支配人との和やかなエピソードよりも、重
く気持ちの中に残っていた。
 レストランでフランス料理のフルコースを食べ終えて、最後のコーヒーで雑談をしている
時、二人が座っていた窓側の席の横を通り抜けていく、一組の男女のペアがあった。
 雄一の背後からレジのほうへ歩いていく、中年の男女のペアだった。
 雄一の真向かいに座っていた母の、それまで穏やかな笑みを見せていた表情が、俄かに激
変した。
 男女のペアが横を通り過ぎた直後のことで、母の顔はこれ以上ないくらいの驚愕の表情に
変わっていて、手に持っていたコーヒーカップを落としそうになるくらいに、狼狽と動揺を
顕わにしていたのだ。
 「誰か知り合いの人?」
 雄一は、母の戸惑いの表情を訝って尋ねた。
 「え、ええ…し、知ってる人だと思ってたら違ってたわ」
 小さな笑みを浮かべてそう応える母の狼狽ぶりを見て、雄一は次の追及の言葉を胸に呑み
込んだ。
 会いたくなかった人の顔を見てしまったという雰囲気が、明らかに母の顔の表情にはあっ
た。
 雄一は少し遠いレジのほうに目を向けたが、男性の髪の毛がスポーツ刈りのように短かか
ったことと、紺のジャケットを着込んだ背中が、細く引き締まっていたことくらいしか見え
ず、顔は見えないままだった。
 ペアの女性のほうは派手なオレンジ色のツーピース姿で、赤茶けた色に髪を染めていたよ
うに思うが、男性より先に外に出てしまっているので、顔はわからないままだった。
 「し、職場へね、出入りしている人だと思ったんだけど、やっぱり違ってた」
 訝りの表情をまだ残していた雄一に、母の真由美は問い返されてもいないのに、苦笑しな
がら自分から言ってきた。
 人見知りをすることはほとんどなく、誰にでも気軽に、そして気さくに明るい笑顔を振り
撒いている母の、違う一面を雄一は見たような気がした。
 

 七年前に、タクシー運転手をしていた父親を、癌の病であっけなく亡くしてから、雄一と
真由美の母子は、郊外のそれほど広くはない市営住宅住まいながらも、贅沢はできなかった
が、つつがなく倹しい生活を紡いできた。
 母の真由美は、市内にある小規模の老人ホームの施設長として、もう十年以上も長く勤め
ていて、一人息子の雄一は高校卒業後、二、三の職業遍歴はあったが、五年ほど前から市内
にあるチェーン化された、文房具店の社員として働いている。
 雄一の年齢は三十四歳だが、まだ結婚はしていない。
 身長は百七十五センチで、体重は七十キロあるかなしで、男子にしては線の細い体型をし
ていて、肌の色は母の血を引いているのか、これも男子としては、少し違和感をもたれるほ
ど白かった。
 幼少の頃は、肌の色の白さと細身でなよっとした外見から、女の子みたいだと、よく虐め
られたりしていたが、雄一自身はそのことを格別、気にしてはいなかった。
 顔立ちもまた、美人の母親のいい部分だけを受け継いだように端正で、目鼻立ちもくっき
りとしていて、中学高校では女子生徒の、注目男子の上位ランクに挙げられていた。
 結婚をしないというか、雄一にはできない理由があった。
 雄一には誰にも話すことのできない、身体と心の秘密があった。
 生物学的にいうと、身体も昨日も間違いなく男子でありながら、心の中に根深く巣食って
いる女性としての思考と、女性そのものへの切なくなるような憧憬を、雄一は幼少の頃は漠
然と、少年期から青年期にかけては、実生活と自分のその症候のギャップに、幾度かの倒錯
的な苦悩と苦悶を味わってきているのだった。
 それを「病」というのかどうかは、雄一にもよくわからないことだったが、身体の性と心
の性に違和感を抱くということで、雄一がそのことを意識するようになったのは、小学校の
高学年になった頃からだった。
 近年では「性同一性障害」とか「トランスジェンダー」という言葉が、世間一般的にも半
ば容認されたような風潮ではあるが、その要因とか原因については、まだ詳しくは解明され
ていないのが実状のようである。
 身体の性と心の性が一致していないということを、身を以って知らされた事象が、雄一の
過去の記憶の中にも数例以上のものがあった。
 中学二年の夏休み前に、雄一は鮮烈な出来事に遭遇していた。
 運動のあまり得意でない雄一は、小説の読後感想や俳句、短歌の創作を主体とした文芸部
に属していて、そのサークルの長である三年生の男子生徒の高木洋一に、ある日、明治大正
の有名作家の有名作品の書き出しを一緒に調べて欲しいと頼まれた。
 父親が大学の文学部の教授をしていて、書物が豊富にあるので自分の家に来て欲しいとの
ことだったので、雄一は何の疑いも持たず、日曜日の朝から洋一の家を訪ねた。
 玄関に迎えてくれたのは、先輩の洋一だけで、父親と母親の二人は、今日が結婚記念日だ
とかで、近場の温泉に出かけて夜まで帰らないということだった。
 八畳ほどの室が全部書庫になっていたりして、本の種類も豊富にあったが、洋一の本当の
狙いは、女性のように端正な顔立ちをした雄一の身体にあって、そのことを正直に最初に打
ち明けられた。
 先輩の洋一、背も高く体格もがっしりとしていたが、性に関しては同性にしか興味が持て
ないと、後輩の雄一に真剣な顔で告白してきたのだ。 
 ある面で、当時の雄一が心の中に内包していた、倒錯的な思いと合致するところもあった
ので、雄一はこれ以上ないくらいに顔を赤らめて、了承の意を伝えた。
 洋一の室の中で、服を全部脱いで、といわれ、雄一はまた顔をさらにひどく赤らめたが、
気持ちの中では、何か熱いものが湧き上がってくるような、初めてといっていい昂ぶりを感
じていた。
 二人一緒に来ているもの全てを脱いだ時、先輩の洋一が、これからのあらすじを陶酔した
ような眼差しでいってきた。
 「江戸時代の話で、君はどこかの藩のお姫様で、僕は悪代官だ。藩の転覆を狙って悪代官
が、姫を誘拐し、恥ずかしく甚振り虐げるという設定だ。いいね、これから君は女性になる
のだ」
 そういいながら、洋一は前以て用意していた赤い縄を、雄一の身体に巻き付けてきた。
 後ろ手にされ、縄で身体を縛られた時、雄一のまだ微かに残っていた少年の理性が弾け飛
んだ。
 「姫、これからそなたを犯し辱める。お覚悟なされ」
 洋一の見得を切ったような声に、
 「ど、どうかお許しを…」
 台本も何もない台詞を、雄一は怯えたような声でいった。
 裸の身で縄で緊縛され、ベッドに胡坐座りをさせられていた雄一の傍へ、さも悪党ずらを
した顔で、先輩が寄ってきて、何の前触れもなく、いきなり唇を唇で塞いできた。
 目を大きく見開いて驚きの表情になった雄一だったが、初めて体験する同性とのキスに気
持ちの昂ぶりこそあれ、不潔感とか不浄感といったものは感じなかった。
 小学校の高学年の頃から芽生え出した、同性への、言葉では上手く表現できない沸々とし
た背徳的な思慕の感情を、この先輩は、例え芝居がかってるといえ、雄一の目の前で具現化
してくれているのだという、ある種、感動の中にいる気分だった。
 「わ、私を滅茶苦茶にして…」
 密かな思いこそあれ、何の経験も体験もない、雄一の口から出た言葉だった。
 縛られたまま、雄一はベッドに仰向けにされた。
 雄一の細長い両足が大きく押し広げられ、その間に洋一の顔が迫ってきた。
 親以外には誰にも触らせたことのない、股間のものを洋一の手がいきなり掴み取ってきた。
 「ああっ…」
 洋一の前で服を脱いだ時よりも大きな恥ずかしさが、雄一の喉から声を出させていた。
 ほどなくして雄一の股間のものは、洋一の口の中に含み入れられた。
 雄一のものは、洋一に縄で縛られた時から、固い勃起状態になっていた。
 「ああっ…だ、だめっ…で、出ちゃいそう!」
 剥き出しの足を大きく押し広げた、無様な体位で自分のものを咥えられているという恥ず
かしさと、洋一の口の中の温みが、経験のまるでない雄一の興奮を一気に高めていた。
 「ああっ…だめ!」
 夢精でしか経験のない、あの迸りの感覚に、雄一は苦もなく屈した。
 洋一の口の中でだった。
 この後、初めての恍惚の体験の、余韻に浸る間もなく、雄一は洋一の家を退散する羽目に
なった。
 自分たちが行為に耽っている時から、洋一のスマホが何回もなり続いていて、止む無く洋
一が応対に出ると、彼の三つ上の姉が、用があってこの家に向かっているということだった。
 姉のほうが強い性格らしく、洋一は断り切れず、雄一に頭を下げて謝ってきた。
 中途半端になった、この埋め合わせはまたいつかと約束をして、逃げるように先輩の家を
出たのだが、雄一には中途半端な気持ちは一つもなかった。
 自分の、人には話すことのできない背徳の願望を、身体と心に実感として具現してくれた
先輩に、心密かに感謝したいという思いのほうが強かったのだ。
 雄一の、人には話すことのできない淫靡な体験は、これ以外にも印象に残るものはまだ二
つ三つはあった。
 雄一が初めて自分の身体に男性のつらぬきを受けたのは、成人式を終えた間もない頃で、
暴走族グループに襲われて、三人の男たちに屈辱的に犯されたものだった。
 他に以前に勤めていた会社の社長に、暴力的に犯され、それ以降はその会社の接待用具と
して扱われたもりした。 
 性被害といえば、そのどれもがそれに該当するのだったが、これを表沙汰にすると、世間
の大方の人は、加害者よりも被害者を、興味本位の色眼鏡で見てくるのが実状なのだ。
 二十五歳の時、雄一は初めて母に、誰にも話すことのできなかった、自分の性の苦悩を告
白した。
 身体は立派な男子でありながら、女性に対する興味や憧憬という思いがほとんどなく、逆
に同性である、男性を好きになってしまうことが、これまでに数限りなくあったと正直に吐
露した。
 普通の男性のように、女性に興味を持つことはできなかったが、女性自身の身体の機能に
ついては、関心を深く抱き、母の真由美が四十代の頃、まだ月に一度の整理があった時、便
所のごみ入れから、母の使用済みの生理ナプキンを取り出して匂いを嗅いだことや、洗濯機
から母の穿いたショーツを手に取り、同じように匂いを嗅いだこと、母の箪笥から下着を取
り出し自分の身に付けたことまで、包み隠すことなくすべてを打ち明けた。
 それはしかし、男子として母に歪な感情を抱いてのことではなく、女性の身体の神秘性へ
の憧憬からだったと、雄一は途中で声を詰まらせたりしながら、胸の内の全部を話した。
 息子の雄一のそんな話を、母の真由美は表情を変えることなく、真面目に聞いてくれ、自
分の意見をどうこう言うのではなく、
 「病院のどこを訪ねたらいいのか、お母さんもよく知らないけれど、何かの方法や手段が
あるのだったら聞いてみましょ」
 と穏やかな口調で言って、それから日を置かず、二人で幾つもの病院を訪ね、治療方法を
模索したのだが、この症候の適薬はなく、どの専門医も自意識の改革とか、精神論的な意見
をいうだけで、結果的にはほぼ徒労に終わった。
 そういう日々が何日か続いた後、母の真由美が言った。
 「それならそれでいいじゃない。あなたはあなたのままでいたら」
 それは決してあきらめたような口調ではなく、天からの申し渡しとして甘んじて受けると
いう慈愛の深く籠った提言として、雄一の心を強く打った。
 母のその言葉が、雄一の心に一番響いた治癒薬になったのだ。
 「お母さんの…」
 赤く塗ったかたちのいい唇から白い歯が何度も覗き見え、久しぶりに快活な表情の母の横
顔を見ながら、雄一はポツリと言った。
 「え、何?」
 母の真由美が、ハンドルを握る雄一の横顔を見ながら問い返してきた。
 「いや、十年前にね、僕が身体と心の悩みを打ち打ち明けた時に、お母さんにいわれた言
葉を思い出してた」
 「何よ、急に…」
 「それならそれでいいじゃないって。その時の顔が、今のように素敵だったってこと」
 「そう、そんなこと覚えているの」
 「今更だけど、ありがとうね、母さん」
 しかし、雄一はこの時、心の隅を小さく痛めていた。
 確かに雄一は十年近く前、自分の身体と性の不一致の悩みを、恥ずかしさを堪えて、唯一
の肉親である母に何もかも全てを告白し、悲観や卑下することなく、前向きに考えて流れに
委ねようと心の中で誓った。
 だがそれからの長い年月の間に、雄一は男でありながら、女の気持ちを抱いて、ある男と
出会って、その男の持つ中性的で妖しげな雰囲気に呑み込まれて、やがて男性同士の肉体交
尾の、坩堝の中に嵌り込んでしまっていたのだ。
 ネットで知り合った、五十二歳のその男性とは、三年ほど前から今も続いていた。
 このことはさすがに雄一は、母には話せなかった。
 それぞれの生活ペースに追われ、ここ一ヶ月ほどはなかったような、母子の会話は明るく
続き、車は国道から、灯りのめっきり少なくなった市道に入り、小高い山の麓に建ち並ぶ市
団地の駐車場に着いた。
 車を降りてしばらく歩くと、薄暗い外灯の向こうから黒い大きな影が、雄一たちのほうに
向かってくるのが見えた。
 黒い大きな影は岩の塊のように見えたが、それは間違いなく人の影だった。
 大きな影の輪郭がはっきりし出した時、雄一の横を歩いていた母の真由美の表情が激変し
たのがわかった。
 それまでの明るい笑みがすっと消え、楽し気に歩いていた母の足がピタリと止まっていた。
 「やあ、どうも今晩わ」
 雄一たちの前のほうから、低く野太い声が唐突に聞こえてきた。
 黒のTシャツに、濃いグレーの短パン姿の大男の丸い顔が、雄一にもはっきり見えた。
 これまでに一、二度ほど、この団地の駐車場で見かけたことがあり、随分と体格のしっか
りとした人だな、という印象だけで、雄一には名前も知らない、面識のない顔だった。
 「あ、あら、青木君。今晩わ、どこかへお出かけ?」
 相手の声に最初に反応したのは、母の真由美だった。
 その時の母の声は、掠れて上擦っていた。
 「いや、三階の窓を開けたら、叔母さんの顔が見えたんで、ちょっと」
 坊主頭をまるでグローブのような大きな手で槌きながら、丸い目と分厚い唇の辺りに薄笑
みを浮かべながら、男は低いだみ声で言ってきた。
 「あ、あの、昨日、俺、初めてのゴミ当番だったんですけど、報告書の書き方がわからな
くて、叔母さんに教えてもらおうと思って、降りてきたんです」
 荒い息遣いで、男は母に向かって喋っていたが、その後で、雄一のほうにも、ぎょろりと
した丸い目を向けてきた。
 「あら、そうなの?…あ、こ、これ、私の息子の雄一で、この人は青木浩一さん」
 雄一と浩一の二人の顔に目を向けながら、妙に慌てたような口調で、母の真由美が雄一を
手で指して紹介した。
 「初めまして。少し前にこの団地に越してきて、お母さんには何かとお世話かけています」
 丸くて赤黒い顔をペコリと下げて、青木という、雄一よりも若そうな男が挨拶をしてきて、
握手を求めるように太い腕を前に差し出してきた。
 乞われて雄一も相手の大きな手に、細い指をした手を指し出していった。
 雄一の口から思わず声が出そうになるくらいに、浩一は強い力で手を握り締めてきていた。
 体格と体質のせいなのか、浩一の手はひどく汗ばんでいて、雄一を見つめてきた目にも、
何かはわからなかったが、意思を伝えてきていそうで、雄一は背筋に風がそよいだような気
持になった。
 「それじゃ、俺、室で待ってますんで」
 浩一は真由美の返事を待つことなく、それだけいい残して、巨岩のように丸い背中を見せ
て、階段口のほうへ駆けていった。
 「母さんがこの前話してた、引っ越してきた人って、あの子なの?」
 家に入った時から、いや、外であの青木浩一という大柄な若者に出会った時から、様子が
変になっていた母の真由美に、気遣うように柔らかな言葉で雄一は尋ねた。
 「そ、そうなの。お母さんが病気で入院中で、あの子は一人で住んでるの」
 「僕よりは若そうだけど、幾つなの?」
 「二、二十六とかいってたけど、警備保障会社に勤めてるって」
 「握手したけど、手の力も凄かったよ」
 「あ、あの体格だから…」 
 雄一から見ると、母は青木浩一のことには、あまり触れたくないような口ぶりに窺い見え
たので、雄一も居間に座り込んで、テレビのスイッチを入れようとした時、台所にいた真由
美のほうから、
 「ゆ、雄ちゃん、私、ちょっと出かけてくるわね。青木君、この前もゴミ出しで、間違っ
たゴミ出して、他の役員さんたちから、ちょっと苦情も出てるんで、また何かあるといけな
いから。先にお風呂入って休んでて」
 という声だけが聞こえてきた。
 「ああ、そう」
 真由美は台所から、そのまま玄関に足を向けて、ドアの外に出て行った…。



                                  続く
 
 
  
 
 
 
 
 
 
レスを見る(5)
2023/05/20 10:09:15(kCBa4rs0)
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