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1:淫獣の餌食たち 2
投稿者:
雄一
「雄ちゃん、今日はありがとうね」
車の助手席で母の真由美が嬉しそうな明るい声で、運転席の雄一に、少し桜色に染まった 細面の顔を向けていった。 車は灯りの多い市街地から郊外に向けて走ってる。 「母さんに喜んでもらえたら」 ハンドルを十時十分のかたちでしっかり握り締めながら、雄一も安堵の表情を浮かべなが ら言葉を返した。 ずっと一緒に暮らしながら、もう何ヶ月も機会のなかった、母子二人だけの外食の帰路の 途中だった。 明日が母の六十一歳の誕生日だったが、生憎、雄一が県外への一泊仕事に出かけなければ ならなかったのと、老人ホームの施設長として働く母も代理夜勤の予定が入っていたので、 一日早い誕生祝いで、一人息子の雄一が、市内の名の知れた高級レストランに招待したのだ。 母は母なりに気を利かせたつもりか、息子の雄一が以前に、よく似合うと褒めてくれた、 明るい黒地に黄金色の蝶の模様の入ったワンピースと、何年か前の誕生祝いで雄一がプレゼ ントした細い金色のネックレスをしていた。 明日の誕生日で母は六十一歳になるのだが、細身で手足の細長い体型と、色白で切れ長の やや窪みがちの涼やかな目と、高く通った鼻筋が顔全体の陰影を濃くしていて、輪郭のはっ きりとしたかたちのいい唇と、奇麗な歯並びも際立ち、外見的には実年齢より相当に若く見 えた。 厳に今夜のレストランでも、真由美にワインを注ぎにきた中年のウエイターが優し気な笑 みを浮かべながら、 「お姉さまのワンピース、よくお似合いですね」 と雄一に向けて、思わぬ勘違いの言葉をかけてきたくらいだった。 そのレストランでもう一つエピソードがあった。 レストランの支配人という黒のスーツ姿の、五十代くらいの男性が、食後のコーヒーが出 るタイミングで、二人のいるテーブルの前に現れ、母の真由美のほうに向けて頭を下げ、慇 懃に挨拶をしてきたのだ。 母も少し驚きの表情を見せて、 「あら、菅野さんのお勤めこちらでしたの。存じ上げずにすみませんでした」 と慌てて言葉を返していた。 二人の会話のやり取りを聞いていると、その男性の父親が母の勤める老人ホームに、最近 入居したとのことのようだった。 「そうですか、息子さんからの誕生祝ということで。お母様にはいつもお世話になってい ます」 黒服の支配人は、雄一のほうにも如才なく目を向け、挨拶の言葉をいうと、 「そうそう、この前の市の広報、拝読させていただきました。大変なお仕事というのがよ くわかりました。それにお写真のほうも奇麗に映って見えて。私もいいところへ身内を入れ てもらって安心しています。どうぞ、ごゆっくり」 支配人はにこやかな笑顔を残して、その場を去っていった。 雄一も思い出していた。 一週間ほど前、毎月一度送られてくる市の広報のタブロイド版二ページを使って、「奇麗 で優しく働き者の施設長さん」という長いタイトルで、母の真由美が老人ホームで働いてい る画像と短いインタビュー記事が載っていて、雄一も会社の上司から、 「これ、君のお母さんだろ?奇麗な人だね」 と声をかけられたことがあった。 「広報って、意外とみんな見てるんだね」 雄一も悪い気分ではなく、気恥ずかし気にどぎまぎしている母に、笑顔の視線を送った。 「何だか顔が火照ってるわ。飲めもしないのに、ワインなんか飲んじゃって」 桜色にほんのりと染まりかけている両頬に、指の細長い両手を添え、大きく息を吐きなが ら母が呟くようにいった。 「僕からのこういうことは、めったにないんだからいいじゃないか。それに…」 「それに何?」 「いや…最近の母さん、何か疲れているように見えたから」 車のフロントガラスの、暗い前方に目を向けたまま、雄一はぼそりとした声でいった。 明るく快活な性格で、母子が住む市営住宅団地の、自治会役員を率先して引き受けたりし て、誰にでも気さくに話しかけていた母が、この一、二ヶ月の間ほどの間に、妙に表情を暗 くしていたり、黙り込んで俯いているのを、息子の雄一は何度か見かけたりしていたのだ。 雄一が残業して夜遅く帰った時も、テレビも点いていない居間の座卓の前で、細い背中を 窄めるようにして、ぽつねんと寂しそうに座り込んでいた。 雄一の姿を見て、慌てて我に返ったように立ち上がり、台所に向かう母に、 「何かあったの?」 と雄一は心配と訝りの声をかけたことがあった。 「ううん、何もよ。職場の介護のことで色々あってね」 とその時ははぐらかされたのだが、それとは違う何かで母は悩んでいるということを、一 人息子の雄一は朧げに感じ取っていた。 そんなこともあったので、雄一は一日早い誕生会という名目で、母を誘ったのだった。 そして、今夜のことでもう一つ、雄一には気になることがもう一つあった。 レストランにいた時のことだ。 雄一にはそのことのほうが、先のウエイターや支配人との和やかなエピソードよりも、重 く気持ちの中に残っていた。 レストランでフランス料理のフルコースを食べ終えて、最後のコーヒーで雑談をしている 時、二人が座っていた窓側の席の横を通り抜けていく、一組の男女のペアがあった。 雄一の背後からレジのほうへ歩いていく、中年の男女のペアだった。 雄一の真向かいに座っていた母の、それまで穏やかな笑みを見せていた表情が、俄かに激 変した。 男女のペアが横を通り過ぎた直後のことで、母の顔はこれ以上ないくらいの驚愕の表情に 変わっていて、手に持っていたコーヒーカップを落としそうになるくらいに、狼狽と動揺を 顕わにしていたのだ。 「誰か知り合いの人?」 雄一は、母の戸惑いの表情を訝って尋ねた。 「え、ええ…し、知ってる人だと思ってたら違ってたわ」 小さな笑みを浮かべてそう応える母の狼狽ぶりを見て、雄一は次の追及の言葉を胸に呑み 込んだ。 会いたくなかった人の顔を見てしまったという雰囲気が、明らかに母の顔の表情にはあっ た。 雄一は少し遠いレジのほうに目を向けたが、男性の髪の毛がスポーツ刈りのように短かか ったことと、紺のジャケットを着込んだ背中が、細く引き締まっていたことくらいしか見え ず、顔は見えないままだった。 ペアの女性のほうは派手なオレンジ色のツーピース姿で、赤茶けた色に髪を染めていたよ うに思うが、男性より先に外に出てしまっているので、顔はわからないままだった。 「し、職場へね、出入りしている人だと思ったんだけど、やっぱり違ってた」 訝りの表情をまだ残していた雄一に、母の真由美は問い返されてもいないのに、苦笑しな がら自分から言ってきた。 人見知りをすることはほとんどなく、誰にでも気軽に、そして気さくに明るい笑顔を振り 撒いている母の、違う一面を雄一は見たような気がした。 七年前に、タクシー運転手をしていた父親を、癌の病であっけなく亡くしてから、雄一と 真由美の母子は、郊外のそれほど広くはない市営住宅住まいながらも、贅沢はできなかった が、つつがなく倹しい生活を紡いできた。 母の真由美は、市内にある小規模の老人ホームの施設長として、もう十年以上も長く勤め ていて、一人息子の雄一は高校卒業後、二、三の職業遍歴はあったが、五年ほど前から市内 にあるチェーン化された、文房具店の社員として働いている。 雄一の年齢は三十四歳だが、まだ結婚はしていない。 身長は百七十五センチで、体重は七十キロあるかなしで、男子にしては線の細い体型をし ていて、肌の色は母の血を引いているのか、これも男子としては、少し違和感をもたれるほ ど白かった。 幼少の頃は、肌の色の白さと細身でなよっとした外見から、女の子みたいだと、よく虐め られたりしていたが、雄一自身はそのことを格別、気にしてはいなかった。 顔立ちもまた、美人の母親のいい部分だけを受け継いだように端正で、目鼻立ちもくっき りとしていて、中学高校では女子生徒の、注目男子の上位ランクに挙げられていた。 結婚をしないというか、雄一にはできない理由があった。 雄一には誰にも話すことのできない、身体と心の秘密があった。 生物学的にいうと、身体も昨日も間違いなく男子でありながら、心の中に根深く巣食って いる女性としての思考と、女性そのものへの切なくなるような憧憬を、雄一は幼少の頃は漠 然と、少年期から青年期にかけては、実生活と自分のその症候のギャップに、幾度かの倒錯 的な苦悩と苦悶を味わってきているのだった。 それを「病」というのかどうかは、雄一にもよくわからないことだったが、身体の性と心 の性に違和感を抱くということで、雄一がそのことを意識するようになったのは、小学校の 高学年になった頃からだった。 近年では「性同一性障害」とか「トランスジェンダー」という言葉が、世間一般的にも半 ば容認されたような風潮ではあるが、その要因とか原因については、まだ詳しくは解明され ていないのが実状のようである。 身体の性と心の性が一致していないということを、身を以って知らされた事象が、雄一の 過去の記憶の中にも数例以上のものがあった。 中学二年の夏休み前に、雄一は鮮烈な出来事に遭遇していた。 運動のあまり得意でない雄一は、小説の読後感想や俳句、短歌の創作を主体とした文芸部 に属していて、そのサークルの長である三年生の男子生徒の高木洋一に、ある日、明治大正 の有名作家の有名作品の書き出しを一緒に調べて欲しいと頼まれた。 父親が大学の文学部の教授をしていて、書物が豊富にあるので自分の家に来て欲しいとの ことだったので、雄一は何の疑いも持たず、日曜日の朝から洋一の家を訪ねた。 玄関に迎えてくれたのは、先輩の洋一だけで、父親と母親の二人は、今日が結婚記念日だ とかで、近場の温泉に出かけて夜まで帰らないということだった。 八畳ほどの室が全部書庫になっていたりして、本の種類も豊富にあったが、洋一の本当の 狙いは、女性のように端正な顔立ちをした雄一の身体にあって、そのことを正直に最初に打 ち明けられた。 先輩の洋一、背も高く体格もがっしりとしていたが、性に関しては同性にしか興味が持て ないと、後輩の雄一に真剣な顔で告白してきたのだ。 ある面で、当時の雄一が心の中に内包していた、倒錯的な思いと合致するところもあった ので、雄一はこれ以上ないくらいに顔を赤らめて、了承の意を伝えた。 洋一の室の中で、服を全部脱いで、といわれ、雄一はまた顔をさらにひどく赤らめたが、 気持ちの中では、何か熱いものが湧き上がってくるような、初めてといっていい昂ぶりを感 じていた。 二人一緒に来ているもの全てを脱いだ時、先輩の洋一が、これからのあらすじを陶酔した ような眼差しでいってきた。 「江戸時代の話で、君はどこかの藩のお姫様で、僕は悪代官だ。藩の転覆を狙って悪代官 が、姫を誘拐し、恥ずかしく甚振り虐げるという設定だ。いいね、これから君は女性になる のだ」 そういいながら、洋一は前以て用意していた赤い縄を、雄一の身体に巻き付けてきた。 後ろ手にされ、縄で身体を縛られた時、雄一のまだ微かに残っていた少年の理性が弾け飛 んだ。 「姫、これからそなたを犯し辱める。お覚悟なされ」 洋一の見得を切ったような声に、 「ど、どうかお許しを…」 台本も何もない台詞を、雄一は怯えたような声でいった。 裸の身で縄で緊縛され、ベッドに胡坐座りをさせられていた雄一の傍へ、さも悪党ずらを した顔で、先輩が寄ってきて、何の前触れもなく、いきなり唇を唇で塞いできた。 目を大きく見開いて驚きの表情になった雄一だったが、初めて体験する同性とのキスに気 持ちの昂ぶりこそあれ、不潔感とか不浄感といったものは感じなかった。 小学校の高学年の頃から芽生え出した、同性への、言葉では上手く表現できない沸々とし た背徳的な思慕の感情を、この先輩は、例え芝居がかってるといえ、雄一の目の前で具現化 してくれているのだという、ある種、感動の中にいる気分だった。 「わ、私を滅茶苦茶にして…」 密かな思いこそあれ、何の経験も体験もない、雄一の口から出た言葉だった。 縛られたまま、雄一はベッドに仰向けにされた。 雄一の細長い両足が大きく押し広げられ、その間に洋一の顔が迫ってきた。 親以外には誰にも触らせたことのない、股間のものを洋一の手がいきなり掴み取ってきた。 「ああっ…」 洋一の前で服を脱いだ時よりも大きな恥ずかしさが、雄一の喉から声を出させていた。 ほどなくして雄一の股間のものは、洋一の口の中に含み入れられた。 雄一のものは、洋一に縄で縛られた時から、固い勃起状態になっていた。 「ああっ…だ、だめっ…で、出ちゃいそう!」 剥き出しの足を大きく押し広げた、無様な体位で自分のものを咥えられているという恥ず かしさと、洋一の口の中の温みが、経験のまるでない雄一の興奮を一気に高めていた。 「ああっ…だめ!」 夢精でしか経験のない、あの迸りの感覚に、雄一は苦もなく屈した。 洋一の口の中でだった。 この後、初めての恍惚の体験の、余韻に浸る間もなく、雄一は洋一の家を退散する羽目に なった。 自分たちが行為に耽っている時から、洋一のスマホが何回もなり続いていて、止む無く洋 一が応対に出ると、彼の三つ上の姉が、用があってこの家に向かっているということだった。 姉のほうが強い性格らしく、洋一は断り切れず、雄一に頭を下げて謝ってきた。 中途半端になった、この埋め合わせはまたいつかと約束をして、逃げるように先輩の家を 出たのだが、雄一には中途半端な気持ちは一つもなかった。 自分の、人には話すことのできない背徳の願望を、身体と心に実感として具現してくれた 先輩に、心密かに感謝したいという思いのほうが強かったのだ。 雄一の、人には話すことのできない淫靡な体験は、これ以外にも印象に残るものはまだ二 つ三つはあった。 雄一が初めて自分の身体に男性のつらぬきを受けたのは、成人式を終えた間もない頃で、 暴走族グループに襲われて、三人の男たちに屈辱的に犯されたものだった。 他に以前に勤めていた会社の社長に、暴力的に犯され、それ以降はその会社の接待用具と して扱われたもりした。 性被害といえば、そのどれもがそれに該当するのだったが、これを表沙汰にすると、世間 の大方の人は、加害者よりも被害者を、興味本位の色眼鏡で見てくるのが実状なのだ。 二十五歳の時、雄一は初めて母に、誰にも話すことのできなかった、自分の性の苦悩を告 白した。 身体は立派な男子でありながら、女性に対する興味や憧憬という思いがほとんどなく、逆 に同性である、男性を好きになってしまうことが、これまでに数限りなくあったと正直に吐 露した。 普通の男性のように、女性に興味を持つことはできなかったが、女性自身の身体の機能に ついては、関心を深く抱き、母の真由美が四十代の頃、まだ月に一度の整理があった時、便 所のごみ入れから、母の使用済みの生理ナプキンを取り出して匂いを嗅いだことや、洗濯機 から母の穿いたショーツを手に取り、同じように匂いを嗅いだこと、母の箪笥から下着を取 り出し自分の身に付けたことまで、包み隠すことなくすべてを打ち明けた。 それはしかし、男子として母に歪な感情を抱いてのことではなく、女性の身体の神秘性へ の憧憬からだったと、雄一は途中で声を詰まらせたりしながら、胸の内の全部を話した。 息子の雄一のそんな話を、母の真由美は表情を変えることなく、真面目に聞いてくれ、自 分の意見をどうこう言うのではなく、 「病院のどこを訪ねたらいいのか、お母さんもよく知らないけれど、何かの方法や手段が あるのだったら聞いてみましょ」 と穏やかな口調で言って、それから日を置かず、二人で幾つもの病院を訪ね、治療方法を 模索したのだが、この症候の適薬はなく、どの専門医も自意識の改革とか、精神論的な意見 をいうだけで、結果的にはほぼ徒労に終わった。 そういう日々が何日か続いた後、母の真由美が言った。 「それならそれでいいじゃない。あなたはあなたのままでいたら」 それは決してあきらめたような口調ではなく、天からの申し渡しとして甘んじて受けると いう慈愛の深く籠った提言として、雄一の心を強く打った。 母のその言葉が、雄一の心に一番響いた治癒薬になったのだ。 「お母さんの…」 赤く塗ったかたちのいい唇から白い歯が何度も覗き見え、久しぶりに快活な表情の母の横 顔を見ながら、雄一はポツリと言った。 「え、何?」 母の真由美が、ハンドルを握る雄一の横顔を見ながら問い返してきた。 「いや、十年前にね、僕が身体と心の悩みを打ち打ち明けた時に、お母さんにいわれた言 葉を思い出してた」 「何よ、急に…」 「それならそれでいいじゃないって。その時の顔が、今のように素敵だったってこと」 「そう、そんなこと覚えているの」 「今更だけど、ありがとうね、母さん」 しかし、雄一はこの時、心の隅を小さく痛めていた。 確かに雄一は十年近く前、自分の身体と性の不一致の悩みを、恥ずかしさを堪えて、唯一 の肉親である母に何もかも全てを告白し、悲観や卑下することなく、前向きに考えて流れに 委ねようと心の中で誓った。 だがそれからの長い年月の間に、雄一は男でありながら、女の気持ちを抱いて、ある男と 出会って、その男の持つ中性的で妖しげな雰囲気に呑み込まれて、やがて男性同士の肉体交 尾の、坩堝の中に嵌り込んでしまっていたのだ。 ネットで知り合った、五十二歳のその男性とは、三年ほど前から今も続いていた。 このことはさすがに雄一は、母には話せなかった。 それぞれの生活ペースに追われ、ここ一ヶ月ほどはなかったような、母子の会話は明るく 続き、車は国道から、灯りのめっきり少なくなった市道に入り、小高い山の麓に建ち並ぶ市 団地の駐車場に着いた。 車を降りてしばらく歩くと、薄暗い外灯の向こうから黒い大きな影が、雄一たちのほうに 向かってくるのが見えた。 黒い大きな影は岩の塊のように見えたが、それは間違いなく人の影だった。 大きな影の輪郭がはっきりし出した時、雄一の横を歩いていた母の真由美の表情が激変し たのがわかった。 それまでの明るい笑みがすっと消え、楽し気に歩いていた母の足がピタリと止まっていた。 「やあ、どうも今晩わ」 雄一たちの前のほうから、低く野太い声が唐突に聞こえてきた。 黒のTシャツに、濃いグレーの短パン姿の大男の丸い顔が、雄一にもはっきり見えた。 これまでに一、二度ほど、この団地の駐車場で見かけたことがあり、随分と体格のしっか りとした人だな、という印象だけで、雄一には名前も知らない、面識のない顔だった。 「あ、あら、青木君。今晩わ、どこかへお出かけ?」 相手の声に最初に反応したのは、母の真由美だった。 その時の母の声は、掠れて上擦っていた。 「いや、三階の窓を開けたら、叔母さんの顔が見えたんで、ちょっと」 坊主頭をまるでグローブのような大きな手で槌きながら、丸い目と分厚い唇の辺りに薄笑 みを浮かべながら、男は低いだみ声で言ってきた。 「あ、あの、昨日、俺、初めてのゴミ当番だったんですけど、報告書の書き方がわからな くて、叔母さんに教えてもらおうと思って、降りてきたんです」 荒い息遣いで、男は母に向かって喋っていたが、その後で、雄一のほうにも、ぎょろりと した丸い目を向けてきた。 「あら、そうなの?…あ、こ、これ、私の息子の雄一で、この人は青木浩一さん」 雄一と浩一の二人の顔に目を向けながら、妙に慌てたような口調で、母の真由美が雄一を 手で指して紹介した。 「初めまして。少し前にこの団地に越してきて、お母さんには何かとお世話かけています」 丸くて赤黒い顔をペコリと下げて、青木という、雄一よりも若そうな男が挨拶をしてきて、 握手を求めるように太い腕を前に差し出してきた。 乞われて雄一も相手の大きな手に、細い指をした手を指し出していった。 雄一の口から思わず声が出そうになるくらいに、浩一は強い力で手を握り締めてきていた。 体格と体質のせいなのか、浩一の手はひどく汗ばんでいて、雄一を見つめてきた目にも、 何かはわからなかったが、意思を伝えてきていそうで、雄一は背筋に風がそよいだような気 持になった。 「それじゃ、俺、室で待ってますんで」 浩一は真由美の返事を待つことなく、それだけいい残して、巨岩のように丸い背中を見せ て、階段口のほうへ駆けていった。 「母さんがこの前話してた、引っ越してきた人って、あの子なの?」 家に入った時から、いや、外であの青木浩一という大柄な若者に出会った時から、様子が 変になっていた母の真由美に、気遣うように柔らかな言葉で雄一は尋ねた。 「そ、そうなの。お母さんが病気で入院中で、あの子は一人で住んでるの」 「僕よりは若そうだけど、幾つなの?」 「二、二十六とかいってたけど、警備保障会社に勤めてるって」 「握手したけど、手の力も凄かったよ」 「あ、あの体格だから…」 雄一から見ると、母は青木浩一のことには、あまり触れたくないような口ぶりに窺い見え たので、雄一も居間に座り込んで、テレビのスイッチを入れようとした時、台所にいた真由 美のほうから、 「ゆ、雄ちゃん、私、ちょっと出かけてくるわね。青木君、この前もゴミ出しで、間違っ たゴミ出して、他の役員さんたちから、ちょっと苦情も出てるんで、また何かあるといけな いから。先にお風呂入って休んでて」 という声だけが聞こえてきた。 「ああ、そう」 真由美は台所から、そのまま玄関に足を向けて、ドアの外に出て行った…。 続く
2023/05/20 10:09:15(kCBa4rs0)
投稿者:
雄一
市営住宅団地の三階の、このドアの前に立つのは、これで何度目なのかわからなかったが、真
由美には決して慣れるということはなかった。 薄暗い階段灯の灯りの下で、真由美はやはり躊躇いの気持ちを大きくしていて、目の前のチャ イムボタンに手を添えられずにいた。 そのボタンを押せば、中には確実に何もかもを燃え尽くすような地獄が、手ぐすねを引いて待 っている。 このドアの前に来ると、真由美はいつも思う。 最初に毅然とした姿勢と、強固な意志を相手に翳すべきだったと。 若い浩一の姦計に嵌り、睡眠薬を知らぬ間に飲まされ、意識を失くして、真由美は自分より三 十以上も年下の浩一に犯され、一度目は意識のないままだったのでわからなかったが、二度目の つらぬきを受けた時、六十を超えた女の身体が、不覚にも燃え上ってしまった女の官能に、理性 の心を失くし、恭順と迎合と屈服のすべてを相手に与え晒してしまったのだ。 弁解と弁明の余地は何一つ、自分にはないと真由美は思っている。 そこまでの道理がわかっていながらも、真由美は今日、誕生日の祝いまでしてくれた、息子の 雄一を一人残して、ドアの外に出た時、身体のどこかに蝋燭のような、妖しい灯りが小さく点っ たのを感じていたのだ。 何度目になるのかわからないが、今夜も同じように、悪魔の住むこの室の重々しげなドアの前 で、真由美は官能の炎と理性の心を戦わせていた。 団地の階段はメゾネット方式になっていて、玄関と玄関が隣同士で向かい合っている。 その隣の玄関の中のほうで何かの物音が聞こえた。
23/05/20 12:54
(kCBa4rs0)
投稿者:
雄一
…その物音が合図になって、気持ちの判断もつかない間に、真由美は急かされるように目の
前のチャイムボタンを押していた。 中からの応答がないまま、真由美はドアノブに手をかけ、早い動作で身体を中に入れた。 畳半畳ほどの、狭い玄関口の前に短い廊下があり、すぐ右側が四畳半の和室で、反対側は 浴室と便所と洗面脱衣になっている。 短い廊下の突き当たりの、右側が細長い台所になっていて、その向こう側に六畳間がある。 台所の反対側に、六畳間がもう一つある。 真由美の住む居宅と、間取りは当然に同じだった。 真由美は中のほうへ声掛けもしないまま靴を脱ぎ、灯りの点いていない暗い廊下に足を踏 み入れた。 台所の奥の六畳間からテレビの音に混じって、人の話す声が聞こえてきた。 誰か客がいるようだった。 浩一とは違う別の声に、真由美は微かな聞き覚えがあった。 先週にこの居宅に呼ばれた時、聞いた声だ。 浩一と同じようながっしりとした体格で、頭の毛が薄く禿げ上がっている、四十代くらい の年齢の男で、眉が太く鼻も大きい顔には、まるで似合わないような高い声で喋っていたの で、記憶に残っていたのだ。 坂井とかいう名前で、浩一の会社の上司のようだった。 真由美はこの男に初めて会った時に、浩一からの命令で人身御供になり抱かれていた。 無論、真由美は浩一からの、その卑劣な命令に強く拒絶の意を示したが、 「あんたに拒む権限なんてないんだよ」 の一言で却下され、真由美は古い時代の娼婦のように、感情も何もないまま、初対面の男 に抱かれたのだ。 同じ男がまた、という思いと、一方的に真由美を呼びつけておいて、躊躇を重ねた上に押 したチャイムボタンに、何の反応もせず客と話し込んでいる、若い浩一の傲慢さや横柄さに も、真由美は内心で憤怒の思いを強くしていた。 台所に悄然とした表情で立ち尽くす真由美に、背中を見せて座り込んでいた浩一がようや く気づいたように振り返って、 「おう、すまなかたな。つい話し込んでしまっていて。ま、入れよ」 と惚けたような顔で言ってきたのに対して、 「私、か、帰ります」 といったかと思うと、真由美に目もくれることなく、小心そうに眼を泳がせ、脱兎のごとく 玄関に向かいそのままそとにとびだしていった。
23/05/22 09:48
(o94zOy2x)
投稿者:
雄一
…外へ飛び出していった。
自分も帰るつもりで、薄暗い廊下に立ち竦んでいた真由美は、どう対処していいのかわからないま ま、悄然とした顔で、六畳間に座り込んでいる浩一のほうに目を向けた。 「あーあ、 帰ちゃったたよ。あの人も気が小せえくせに、好きなんだからな。この前のあんたと のことが、よっぽど気に入ったらしくてな、上司風吹かして、俺に頼み込んできたんだよ」 座卓の前で缶ビールを不味そうに呷りながら、独り言のようにいって、 「気分乗らねえから、あんたも帰っていいよ」 と吐き捨てるように、言葉を足してきた。 「ご、ごめんなさい。私が悪いのだったら謝るわ」 図らずも奇妙な立場に陥った真由美だったが、こちらに岩のように丸くて大きい、岩のような背中 を見せている浩一の後ろ姿に、いつもにはない寂しげな雰囲気が出ていたので、 「私は…あ、あなたがいい」 と真由美は思わず口に出していってしまった。 自分をおぞましい姦計に嵌め、凌辱の限りをし尽くし、今も好き勝手な時に真由美を呼び出し、気 ままに弄んできている浩一だったが、この時の浩一の丸い背中には、女の母性のどこかを擽られるよ うなうら寂し気な雰囲気が漂っていたのだ。 小さな子供が親の前で拗ねているように、真由美には見えた。 数分後、真由美と浩一の二人は、浩一の寝室になっている六畳間にいた。 真由美のほうから誘い込むようにして、その室に入ったのだ。 敷きっ放しの、饐えた汗の匂いが沁みこんでいる布団に、浩一はバツの悪そうな顔をして、大きな 鮪のような身体を仰向けにしていた。 着ているのはTシャツだけで、下の短パンとトランクスは、真由美の手で脱がされていた。 こんもりと肉の塊が盛り上がった浩一の太腿の間で、黒地のワンピースを脱いだ真由美が、蓑虫の ように身を屈め、浩一の股間の漆黒の茂みの中に顔を埋めていた。 真由美の口の中深くに含み入れられていた浩一のものが、最初は力なく項垂れていたのだが、真由 美の口と舌の愛撫で、まるで別の生き物のように、膨張し硬度を高め出してきているところだった。 浩一の会社の上司とかいう、坂井という男が目を泳がせてここから退散していった時、真由美も同 じように、浩二から逃げることはできた。 そうしなかったのが何故なのか、当の真由美自身にもわからない行動だった。 真由美自身は気づいていないのだが、最初に犯された時から二ヶ月以上が経過し、その後も週に一 度はここに呼び出され、若さの漲った性の吐け口のように虐げられているうちに、女の本能として、 身体知らず知らずの間に、自分の意思に関わらず、妖しくも馴染んでしまっていて、心が引き摺られ るように順応してs待っているのだった。、 真由美は自分自身のことは、それほど賢い女だとは思ってはいなかった。 遠い九州の片田舎の、貧しい漁師の家の三女として生まれ、高校卒業してから、当時、まだ多少は 残っていた集団就職のようなかたちで、この街にある大きな紡績工場に就職した。 だがオイルショックや紡績不況で、その会社が倒産してしまい、貧しい田舎に戻ることもできず、 真由美は種々雑多の職業を遍歴して、社会の底辺を生き抜いてきて、知人の女性がやっていた小さな 居酒屋で皿洗いとして勤め出し、本人自身は気づいてはいない、美貌と性格の明るさから、いつの間 にかカウンターの中に入るようになり、酔客の相手をするようになった。 若い頃には働くのに精一杯で、恋愛経験も深いところまでいったことがないままだったのが、タ クシー運転手をしていた、飲みに来てもあまり騒がない朴訥そうな男性と、同じ九州出身ということ で、何となく意気投合し、ついに結婚式を挙げないまま、夫婦としての契りを結び、男の子一人が生 まれ、どうにか裕福ではないが、人並みの生活が過ごせるようになった。 これで平凡でも、一生がつつがなく終わればいいと思っていた矢先、人のいい夫が長く友人関係に あった知人の借金の連帯保証人になってしまい、挙句、その知人は報いを受けたように、車の交通事 故であっけなく他界してしまい、夫のほうに五百万円の連低債務が生じた。 毎月十万円以上返済は、タクシーの給料だけではおぼつくものではなく、夫はタクシー勤務が休み の時も、近くの建設会社で土工となって働いた。 スーパーのパート仕事に出ていた真由美は、勉強はあまり好きではなかったが一念発起して、社会 福祉士の資格を取り、市内の老人ホームに勤務することになった。 人柄の明るい真由美は、ヘルパーからケアマネを経て、そこの事務所の施設長まで昇り詰めていた。 だが、夫のほうが仕事の無理が祟ったのか病に倒れ、胃癌の宣告を受けてから四ヶ月ほどであっけな く他界してしまった。 社会福祉士の資格を取るための勉強も、夫と生活のために必死になっただけのことで、真由美は自分 に人並みの教養や知性があるとは微塵も思ってはいなかった。 「ま、真由美…」 真由美の丹念な愛撫を受けていた浩一が、大きな手を身体の下にいる真由美の頭に伸ばしてきて、低 い呻き声を挙げてきた。 「お、お前が…ほ、欲しい。お前のを…み、見せてくれ」 そういわれて、真由美は自分の身体を起こし、自分の下腹部を、大きな山のような浩一の胸と腹を跨 ぐようにして、浩一の顔の前に移動させた。 真由美の顔は、浩一の股間の漆黒の中に埋もれたままだった。 浩一が慌てた動作で、真由美の黒のショーツを脱がせにきていた。 「す、すげえ。真由美、ぐちょぐちょに濡れてるぜ」 浩一の驚いたような声が耳に入ったかと思うと、すぐに分厚い舌の感触が、真由美の剥き出された、 最も敏感な箇所に伝わってきて、 「ああっ…」 という悶えの声と同時に、浩一の身体の下のほうで、汗の滲み出て上気した顔を大きくのけ反らせて いた。 その強烈な刺激は、真由美の脳髄にまで、まるで電流のように早い速度で伝わってきて、真由美の気 持ちを一気に、発情期の牝犬に変幻させていた。 自分よりもはるか年下の若者の、荒々しい舌の愛撫に、真由美は何度も声を挙げて悶え続けた。 「ね、ねえ…も、もう早く入れて」 せがむように真由美は、細い身体を捩じらせて、浩一に訴えるようにいってきた。 乱暴で荒々しい浩一の愛撫に、真由美は官能の深い奈落へ、瞬く間に滑り墜ちていた。 「お、俺の上に跨れ 」 浩一も興奮の度合いが増してきているのか、息を荒くしながら、真由美に指示してきた。 真由美が細い上体を起こし、身体を浩一の顔に向き直して、細長い足を広げながら、太い腰の 上に跨った。 真由美の股間の真下で、浩一の硬直し切ったものが真上に向かって屹立している。 「は、恥ずかしいわ…こ、こんな」 「自分で入れるんだよ。ブラも取ってな」 「ひ、ひどい人。こ、こんな恥ずかしいことさせて」 「お前が俺を淫乱にさせる」 真由美の両手が背中に廻って、黒色のブラジャーのホックを外しにかかっていた。 細い身体に不釣り合いなくらいに、膨らみの豊かな乳房が零れ出るように露出した。 額や細い首筋に汗の滲み出ていて、赤く上気した顔で、真由美は骨細の細長い手を、大きく開 いた自分の股間のほうに持っていった。 下げ下ろした手の指が、浩一の固く屹立しているものにすぐに探り当てた。 浩一の屹立を握り締め、自分の手で、浩一の唾液と自分の胎内から溢れ出た愛液で、すでに激 しく濡れそぼった自分の箇所へ、その先端を誘って、上体をゆっくりと沈み込ませていった。 「ああっ…」 赤く上気した顔をのけ反らせるようにして、真由美は興奮と歓喜の入り混じったような、熱の ある声を漏らした。 露わになった乳房が、堪えきれない悦びを告げるように、左右に激しく揺れ動いた。 「そ、そのまま…自分で尻を動かすんだ」 「そ、そんな…は、恥ずかしいこと」 「やるんだっ」 「は、はい」 真由美は浩一の腹の上に両手をついて、突き刺されている臀部を、自らの意思でゆっくりと上 下させてきていた。 白い臀部が上がる時も下がる時も、真由美の口から喘ぎと悶えの声が間断なく漏れ出た。 「いい顔だぜ、真由美」 「ああっ…」 目が霞んだようになって、目に入る何もかもが朧に見えた。 自分より三十以上も、年下の男のものとは思えないくらいの心地のいい刺激が、真由美の全身 を瞬く間に、快感の坩堝に引き入れていた。 それは若い浩一のほうもそうで、分厚い唇を歯で強く噛み締めて、何かに必死で堪えているよ うだった。 浩一のグローブのような大きな手が、真由美の激しく揺れ動く乳房の両方を掴み取り、握り潰す ように揉みしだいてきて間もなく、 「ああっ…だ、だめだっ…」 浩一が汗で滴り濡れた、丸い顔をくしゃくしゃに歪めて、喉の奥から絞り出すような低い声で断 末魔の声を挙げた。 真由美のほうも、浩一の一際高い咆哮の声に呼応するように、細く尖った顎と細い首をのけ反ら せて、間欠的な悶えの声を挙げて、そのまま上体を浩一の岩のように固くて広い胸の上に倒れ込ま せていた。 短い陶酔の時間に、暫くは浸るのだったが、元々がお互いに好き合っての関係でない分だけ、そ の余韻は短く、真由美はすぐに慙愧と悔恨の思いに陥るのだった。 暗く沈んだ顔で身支度を整え、玄関口に立った真由美を、Tシャツ一枚だけの身なりで、浩一が 苦笑の表情を浮かべて見送りにきた。 「今日はすまなかったな」 と坊主頭に手をやって、バツの悪そうに詫びの言葉を言ってきたので、 「私、あの人は嫌い。縄で自分を縛って虐めて欲しいとか、ベルトでぶってほしいとか…」 とそれだけを言い残して、空気の少し冷え込んだ外に出た。 人がすれ違うのには、少しばかり幅の狭い階段を、重い足取りで降りる真由美の脳裏に、息子 の雄一と出掛けたレストランでの、思わず息が詰まりそうになるくらいの、驚愕の人物に遭遇し たことが思い浮かんできていた。 間違いなく、あの男は…真由美にとっては、誰よりも何よりも思い出したくない、今井洋二だ った。 真由美の細身の身体に、一層の冷気が襲いかかってきているようだった…。 続く
23/05/23 13:15
(3MaC9Clb)
投稿者:
雄一
団地の住人の青木浩一から、ゴミ当番の件で相談があると乞われ、人のいい母は雄一に、申し
訳なさそうな表情を見せて、着替えもせずに出掛けて行った。 一人残された雄一は六畳の居間で、点けたテレビを観るともなしに観ながら、母の真由美のこ とを考えていた。 最近の、少なくともここ一、二ヶ月ほど前からの、いつも明るく快活な母の様子が、微妙に変 わってきていることに、息子の雄一は薄々ながら気づいていた。 何かに思い悩んでいる顔だった。 台所に立っている時でも、野菜を刻んでいる手を止めて窓のほうに目を向けていたり、洗い 物をしていて、ガラスのコップを落として割ってしまったりとか、これまでの母にはないような、 気の抜けた行動が、親子でもあまり一緒にいることのない、雄一にもわかるくらいに目立ってい た。 一人居間でぽつねんと座り込んで、焦点の定まらない目で、何かを見つめていたりしているの を見たこともあったりした。 「母さん、何かあったの?」 と訝って尋ねると、 「ううん、何もよ」 とか、 「うん、職場のことでね、色々あって」 といつもはぐらかされてしまったりするのだ。 そして今日のレストランでの出来事も、雄一の胸にも脳裏にも大きく残っていた。 それまで明るい笑顔で話してた、母の顔が、ある人物が傍を通り過ぎた時、まるで子供が泣き 出す寸前の顔のように、明から暗へと激変していたのだ。 あの時の母の顔には驚愕もあったが、それよりもはっきりと窺い見えたのは、大きな恐怖の表 情だった。 雄一には、その人物は背中越しで遠くにしか見えなかったが、三十代半ばくらいの髪の毛の短 い痩身の男ということくらいしかわからなかったが、色白の母の顔が見る間に蒼白になったのが 見て取れたのだ。 男は派手な色のツーピースを着た、女性と一緒のようだったが、その時の母の動揺しきった目 と表情は、男がどういう人物であることを、知り尽くしているような感じに見えた。 母の動揺と狼狽が静まったのは帰路の車に乗った時で、レストランで食後のコーヒーを飲む時 にも手がひどく震えていたのも、雄一の気持ちを訝らせた要因の一つになっていた。 ふいに座卓の上に置いていた、雄一のスマホが鳴り響いてきた。 カーペンターズのイエスタデイワンスモアの着メロで、相手が誰なのかすぐにわかった雄一は 慌てた動作でスマホを耳に当てた。 「もしもし、僕だ。今、話せるかい?」 もう一週間ほども聞いていない声だったが、 「い、いいわよ」 雄一は嬉しさ一杯の声を震わせて応えていた。 「久し振りだね。まだ北陸の福井にいる。君の声が聞きたかった」 落ち着いた低いバリトンの声で、相手の男がいった。 「わ、私もよ。ずっと連絡くれるの待ってたわ」 上擦った声で話す、雄一は女言葉に変わっていた。 三年ほども深い交際を続けている、雄一の恋人の北野孝という、五十二歳の男性だった。 「もう、一週間も会っていないのよ」 「そうだったか。仕事が立て込んでてね、まだ三日ほどはこちらにいなきゃならない」 「寂しいわ…早く会って」 「ん…?会ってどうするって?」 「は、早く会って、あなたに抱かれたい」 「そりゃ、僕も同じだよ。会って君を虐めたい」 「私は抱いてもらえたら、それだけで…」 「鯖江って街に来てるんだよ。新作の眼鏡の製造契約の件でね」 「お疲れ様です。お身体のほうは何ともないのですか?」 「身体だけは、君から若いエキスをもらっているから大丈夫だよ。ところで…」 「はい?」 「こ、この前会った時頼んでおいた、き、君のお母さんの下着だけど…」 北野のバリトンのいい難そうな声だった。 「あ、ああ…ごめんなさい、忘れてました。」 北野と母との間には直接の面識はなかったが、彼も過日の市の広報を見て、それを雄一が 自分の母親だと少しばかり自慢げに話したら、俄然、興味を示し、母の穿いている下着が是 非とも欲しいということだったので、渋々ながら雄一は、愛する男の頼みを引き受けていた のだった。 北野は今風の言葉でいうと、バイセクシャルで、両性愛者だった。 結婚も普通にしていて、妻と二人の子供がいる。 雄一との交際のきっかけは、ネットでのメール交際からで、初めて身体を許した時、北野 の何もかもを承知の上で、雄一は交際を続けているのだった。 さらに北野は、所謂、SMの嗜好者で、温厚な顔立ちん似ず、嗜虐的な性格の持ち主で、雄 一を抱く時も、縄で縛りつけたり、蝋燭で炙りつけてきたりしてきて、逆に被虐性の勝る雄 一とは、嗜好の面でも肌の合致するところがあったのだ。 北野はある大手商社の取締役員をしていて、雄一と会うのも月に二度あればいいほうだっ た。 「あなた…私の母までどうにかしようと?」 母の下着を渡す約束をさせられた時、雄一は意を決して北野に問い質した。 「僕がバイセクシャルだということは、君も知ってることじゃないか。嫌だというのなら いいよ」 と逆に恫喝的にいわれ、 「わ、わかりました。あなたのいう通りにするから、私のこと嫌いにならないで…」 雄一はそういって、北野の命令を承諾していたのである。 また連絡するよ、と優しいバリトンの声で電話は切れた。 もっと長く聞いていたい声だったが、玄関のドアの開くような音がしたので、雄一は無意 識にスマホをシャツの胸ポケットに仕舞い込んだ。 「お帰り」 そういって母の顔を見ると、少し疲れたような顔をしていたが、色白の顔の化粧も整って いたので、 「風呂沸すの忘れてたから、今から入れるね」 そういって、浴室のほうに向かった。 母の真由美は真由美で、階段の踊り場の薄暗い灯りの下でし直した化粧が気になっていた ので、雄一と目を合わすことなく台所で、水道水をコップに入れて飲み干した。 真由美と雄一の母子は、この日、それぞれなりの官能的な思惑を抱いて布団に入った。 二十六歳という若さと体力だけで、いつもならもっと荒々しく真由美を蹂躙してくる浩一 が、室を訪ねた最初の時の、真由美の憤怒に気後れでもしたのか、浩一は思いも寄らず短い 時間で介抱してくれた。 卑劣な姦計に嵌り、散々な屈辱を受けた若い浩一を許す気持ちは、真由美にさらさらなか ったが、それ以降も幾度かの呼び出しを受けての凌辱に、女としての身体のほうがいつの時 からか、悔しくも馴染んでいってしまっているのを、最近の真由美は心ならずも自覚してし まう時があった。 年齢で三十以上も年下の男の、乱暴で若者的な荒さの際立つ、浩一の性技に屈しているの では断じてなかったが、若い浩一なりの必死さのようなものを、時折、良さとして勘違いし てしまって、つい身体が反応してしまい、彼の山のような身体に本気でしがみついてしまう ことがあるこの頃になっていた。 若さだけの浩一を思い浮かべていた真由美の脳裏に、ふいに反面的に、今日の雄一とのレ ストランでの会食の時、予期も予想もまるでしていなかった今井洋二の、剃刀の刃のような 精悍な顔が思い浮かんできていた。 今井の浅黒く日焼けして、研ぎ澄まされたような顔がプロローグとなって、真由美の脳裏 だけでなく、全身に暗雲になって覆い被さってきていて、どす黒い記憶がフラッシュバック のように蘇ってきて、思わず掛け布団を頭の上まで引き上げてしまっていた。 二年以上前のことだ。 今井は真由美の勤める老人ホームへ、食材を納入する食品会社の配送員として、毎日のよ うに出入りしている男だった。 それまでに納入していた会社が倒産して、新しく契約を結んだ会社の従業員で、施設長の 真由美も調理場付近で、幾度か顔は見たことがあった。 暫くして、真由美の勤務する施設内で、ある男女交際で噂が立ち、施設長の真由美の耳に も届いてきた。 施設職員でケアマネージャーをしている、北野玲子という五十二歳の既婚女性と、食材納 入会社の配送員との不倫の噂だった。 ケアマネの玲子は真由美とは、仕事も含めて家族同士の付き合いもある大切な友人同士で ある。 男女の交際については、職場は年配の大人が大半ということもあり、プライバシー侵害の 観点もあり、細かな規定や規則はなかったのだが、玲子のほうが既婚者で、子供も娘が二人 いるということもあって、職場の長として看過できない状況になって、真由美が友人の玲子 に事情を尋ねるという事態になったのだ。 ある日、仕事帰りの夕刻、真由美は玲子を自宅へ食事に誘った。 一人息子の雄一が、会社の出張で県外へ一泊で出かけていた時た。 不倫という内容では、事務所内では話しにくいだろうという、真由美なりの友人への配慮 だった。 真由美の居宅の玄関を入った時から、玲子はもう沈鬱な表情で恐縮しきりの体だった。 真由美のほうは、酒は一滴も飲めないのだが、玲子は女性にしては酒豪のほうで、酒なら 何でも飲める口だったので、缶ビール半ダースと日本酒五合瓶一本を冷蔵庫に用意してあっ た。 缶ビール三本と日本酒が二合ほどなくなった頃、その酔いのせいもあってか、玲子の姿勢 も真由美への話しぶりも崩れ出し、本音か本心に近い台詞が饒舌に出出していた。 「…で、新しい食材屋さんに変わった時にね、そこの営業課長とかいう人に連れられて、 今井が来たわけ。その時は私も何とも思わなかったんだけどね、毎朝、調理室で顔を合わせ ているから、話す機会も多くなって…施設長も知ってるでしょ?あの通りのイケメンで、ス タイルも痩せて引き締まってるし、あの人、中学の頃から空手やってて、今は三段の免許持 ってるらしいの…」 明らかに酒の酔いのせいで、玲子は不倫相手と目されている、今井という男のことを話す 時は、憧れの俳優のことを話すようにうっとりとした顔で喋り続けてくるのだった。 玲子は五十二歳で、三つ年下の夫がいて子供も二人いるのだが、普段はほとんど化粧っ気 なしで、素顔に近い面立ちをしていて、肌の色の白さのせいもあってか、実年齢よりはもう 少し若く見える外見だった。 身体つきは中肉中背で、十日ほど前にあった健康診断時で、身長は百五十七センチで体重 は五十三キロと、少しふっくらとした体型をしている。 くるっとした丸い目が愛らしく見え、つんと小さく尖った鼻と、艶やかな唇が特徴的で、 どことなく男好きのような感じで、性格も明るく職場での仕事ぶりもテキパキとこなし、施 設長である真由美が、最も信頼できる同僚だと思っていた。 それだけに、今回のケアマネでもある玲子の不倫騒動は、職場内にも少なからぬ波紋を投 げかけることになり、ついに事務所の社長から、施設長の真由美に騒動の終結命令が出たの だった。 玲子の友人としても心苦しいことだったが、不倫相手の勤務する会社の上司にいって厳重 注意とかしてもらえればと、真由美は安易に考えていたのだが、事は存外に根深いところに あった。 「施設長だから正直に話しますね。彼とは確かに男女の関係になってます。これまでに五 回ほどホテルに誘われて…亭主も子供もいて、この歳でほんとに恥ずかしいと思ってるんだ けど…だ、だめなのよね、女って弱い」 玲子の顔が急に悲し気になり、話も微妙なところに入ってきていた。 「お金をね…これまでにも会うたびにせがまれて、ちょこちょこと渡してたんだけど、段 々と額も大きくなってきて。お金ができないなら亭主に話すって…」 「それなら、間違いなく恐喝じゃない?恥ずかしいことかも知れないけど、警察にいうべ きじゃない?」 真由美も憤慨した顔で、玲子に向かって言った。 玲子のほうに多少の泥が跳ね飛んでくるかも知れないが、恐喝行為で罪になれば、相手との 縁は間違いなくそこで切れるのだ。 だが、それを言おうとした真由美を制するように、 「こ、この前にね、私もそのことを今井に向けて、はっきりといったの。でも、そんなこと には相手は少しも動じないの。俺はどうせ前科持ちだし、刑務所暮らしも慣れてるから平気だ って」 と玲子は酒の酔いのせいでとろんとなった目を、悲しそうに沈み込ませて、諦めたような口 調で言ってきた。 そしてついに、真由美は、 「私が会って話をつけるわ」 と強く決断したのだった。 数日後の夕刻、真由美は玲子と連れ立って、待合場所である駅前のシティホテルのロビーで、 件の今井洋二と向かい合っていた。 今井は濃紺のジャケット姿で、浅黒く日焼けした顔に色の薄いサングラスをかけて、真由美 たち二人が座っているソファーの前で、長い足を組んで、薄い唇の端に小さな笑みを浮かべて 座っていた。 真由美はこれまでにも、職場で何回も今井の顔は見ていたが、こうして間近に向かい合って 会うのは初めてだった。 会って瞬間的に感じたことは、サングラスの奥でこちらを見てきている切れ長のやや薄い目 に、何者にも歯向かっていくような鋭さと、獲物を狙う蛇のような粘さを連想させる、薄気味 の悪さだった。 最初に合わせた目を、先に逸らせたのは真由美のほうで、内心で気を緩めてはならない相手 と思い、真由美は改めて背筋を伸ばし気を引き締めた。 真由美の隣に座っている玲子のほうは、すっかり気持ちを沈ませてしまっていて、やや丸み のある身体を、手を合わせながら縮込まらせていた。 「ま、話が話だから、ツインの室をリザーブしておいたから、そこへ行こうや」 室の鍵を手にぶらつかせて、精悍な顔には似合わないような、高い声で今井は言って、ソフ ァーから腰を浮かしかけた。 男と一緒に室に入るといういきなりの難題を、こともなげな口調で言ってきた今井に目を向 けて、それから横で身体を丸く竦めている玲子を見た真由美だったが、ここでおめおめと引き 下がるわけにはいかないし、こちらは頼りないといえ玲子との二人である。 男が暴力に訴えてきたら、二人で力を合わせてホテル従業員を呼べばいいと、真由美は自分 で決断し、 「玲子さん、行きましょ。今日で決着つけるのよ」 と玲子の丸く竦んだ背中に手を当てて促した。 駅前の、それも名の知れたシティホテルだから、不測の事態のセキュリティもそれなりにし っかりとしているだろうという読みもあって、真由美は玲子の肩を抱くようにしてエレベータ ーホールに向かった。 五階のツインルームの室に入った途端のことだった。 二人で寄り添いながら室のドアの中に入ってすぐに、前にいた今井が振り返ってきたかと思 うと、玲子の身体を真由美から強引に引き離してきて、そのまま窓側のベッドのほうに、引き 摺るように連れていき、真由美の腹部の辺りへ、いきなり拳をめり込ませた。 玲子は、うっと短く呻いてそのまま、ベッドの一つに意識を失くして倒れ込んだ。 あまりに素早い今井の動きに真由美はついていくことができず、壁に背をつけ、口に手を当 てたまま茫然と立ち竦んでいた。 「これで二人っきりってわけだ。ゆっくりと楽しもうぜ」 今井はそういうが早いか、敏捷な動きで真由美を目がけて飛びかかってきた。 避ける間もなく、真由美は肩の上から今井に抱き竦められ、玲子と同じように、もう一つの ベッドの上に投げ倒された。
23/05/24 14:56
(ixGOvV76)
投稿者:
雄一
…ジーンズに薄い水色のジャケット姿の、真由美の細い身体がベッドにバウンドするように
崩れたところへ、今井はすぐに襲いかかってきた。 玲子と同じように腹に拳を見舞われるのかと思ったが、 「あんたの生の喘ぐ声が聞きたいんでな。おとなしくしてたら乱暴にはしねえよ」 とトーンの高い声でいってきて、唖然としたままでいる、真由美のジャケットを動作もなく 脱がしてきて、仰向けになった真由美の腹の上に跨り、両手で両手を抑え込んできた。 「ふーむ、奇麗な顔だと匂いまで奇麗だな」 「は、放してっ!…放しなさい、大声出すわよ」 「出してみろよ。人が来た時には、あんたは素っ裸になってるぜ」 それからは、声を挙げるのは真由美のほうだけで、今井は姿勢を変えることなく、上から 色の薄いサングラスを通した冷徹そうな目で、一言の声も出さず見つめ続けてきていた。 真由美は隣りのベッドで気を失っている、玲子にも声がけをするのだが応答はなく、身体 もピクリとも動かなかった。 「は、放しなさいよ、早く!…でないとほんとに、大声出すわよっ」 五十センチもない距離で、何の声がけもなく、上から見下ろされているだけの、気味の悪 さに堪えかねるように、真由美は足をばたつかせながら、必死に藻槌き足掻こうとするのだ が、今井は冷静で冷徹な眼差しを変えないまま、真由美の目を追い続けていた。 一年ほど前に新しく建ったこのホテルは、室は当然に防音装置が施されていて、真由美の 必至の叫び声は、外に漏れ聞こえるということはなかった。 ふと気づくと、今井の精悍そうな顔が、徐々に下へ下がってきていることを、真由美は男 の吐く息の音が、近くなってきていることで知らされ、薄赤く上気し始めている顔に、狼狽 えと戸惑いの表情を露わにした。 今井の鋭敏そうな体臭までが、真由美の鼻孔を、組み伏せられた最初の時よりも、強い刺 激を与えてきていた。 何かをされそうな危険が迫ってきていることを、真由美は本能的に感じて、心の中で慄き に似た思いを過らせていた。 無駄とわかっていても、真由美は両腕に力を込め、今井の腕を払い除けようと足掻くのだ ったが、徒労でしかなく、逆に上と下で向き合っている顔と顔の距離が、相手の息の音が聞 こえるくらいにまで接近してきているのだった。 今井のほうの態勢にほとんど変化はなく、一言の言葉も発しないまま、顔だけを下に向け てゆっくりとした動きで下ろしていっていた。 「こ、来ないで!…そ、それ以上近づいて来ないで」 すでに汗の滲み出した顔を、左右に激しくうち振りながら、絶叫に近い声で吐き出す真由 美だったが、抗いの意思を示すのが、それだけしかできないということだった。 鼻先と鼻先が触れるところまで、今井と真由美の顔と顔が近づいていた。 互いの息の小さな風が、二人の顔と顔に当たってきている。 今日、初めて言葉らしい言葉をを交わしただけの、今井の剃刀の刃のように薄い唇が迫っ てきた時、それまで激しく顔を揺すらせていた、真由美の顔の動きが電池が切れたかのよう に、何故だか真由美本人もわからないまま静止していた。 唇が重なって、然したる抵抗もなく真由美の白い歯が小さく開いた。 今井の薄くて長い舌が、真由美の口の中に苦も無く侵入していた。 狭い口の中で、舌で舌を捉えられながら、真由美は、何故自分がそうなってしまったのか を自問自答していた。 その答えを見出す前に、真由美の身体と心に、あれだけ強く拒絶の声を挙げ続けていた思 いとは、真逆の感情がどこからともなく、湧き出してきていることに気づき、自分自身で狼 狽えと戸惑いを大きくしていた。 五年前に夫を亡くしてから、ただの一度も男性との交際や身体の交わりなど、皆無だった 真由美の身に、突然に降りかかってきた災禍に、真由美は悄然と言葉を失くすしかなかった。 自分は最早、還暦も過ぎ、当然に女としての盛りも過ぎていて、自身も女を意識すること なく老いの道に入っていくのだと、真由美は漠然と思っていた。 それが今、会って言葉を交わして間もない男の餌食となって、女として身体を開かされよ うとしていることを、今井という男の舌での愛撫に、心ならずも気持ちを昂らせていってし まおうとしているのだ。 「俺の思っていた通りだ、あんた」 唇が離れた時、真由美の耳元に口を近づけ、風貌には少し似つかわないような高い声で、 今井が囁くように言ってきた。 そのまま耳朶から首筋にかけてを、今井の濡れそぼった薄い舌が、蛇の頭が動くように這 い廻ってきた。 今井の舌の愛撫から逃げようと、首から上を、子供が嫌々をするように振り続ける真由美 だったが、声のほうがそれまでの絶叫的な響きから、柔らかな拒絶の喘ぎに近い音感に変わ ってきていた。 顔を合わせた時から、嫌悪と憎悪しかない男だと思っていて、気持ちを強く持っていたは ずの真由美の苦し気に吐く息にも、荒さだけではなく熱のようなものが籠ってきているよう だった。 こんな、こんなはずではと、気持ちばかりが焦り戸惑うのだが、今井がまた唇を真由美の 唇に寄せてきた時、真由美は細い顎を、自分から上に向かって突き出していた。 口の中で、舌で舌を弄ばれながら、今井の手でブラウスのボタンが上から順に外されてい る。 薄い水色のブラジャーが露わになり、乳房の丸い膨らみが覗き見えた。 抑えつけていた今井の片方の手が離れても、真由美の手はまだ力が入らないのか、ベッド のシーツの上に投げ出されたままだった。 「ふふん、顔と同じで真っ白なんだな。いい膨らみをしてる。感度も良さそうだ」 唇を放して、今井が露わになった真由美の乳房に目を向けて、白い歯を見せながら揶揄的 な口調で言った。 真由美は息を荒くしながら、憤怒の表情で今井の顔ではなく、白いクロス張りの天井に視 線を向けていた。 上を見ている真由美の目の焦点は天井にはなく、自分でもどこを見ているのかわからない 状況に陥っていた。 この室に入ってまだ三十分ほどしか経っていない。 男にいきなり襲われ、ベッドの上に組み伏せられた。 真由美は声だけで精一杯抗った。 男はずっと無言のまま、数十センチの距離で、真由美の顔と目を凝視し続けた。 これまでの時間の大半は、男との無言の睨み合いだった。 男の顔が次第に下に下りてきて、真由美の唇に男の唇が、然したる拒絶の動きもなく触れ て重なった。 結果的に七転八倒の激しい揉み合いもなく、真由美は男の手でブラウスのボタンを、親が 子供の服を脱がすように、自然な流れで外され、その延長で、ジーンズのボタンにまで、男 の手がかかっている。 どうしてこうなってしまっているのか、真由美はまだわからないままでいた。 はっきりといえることは、襲われベッドの上に組み伏せられたどこかから、真由美の気持 ちの中から、まだあって間もない今井という男への、最初に抱いた嫌悪と憎悪の感情が水泡 に帰したように薄らいでしまっているということを、心ならずも自覚させられていることだ った。 「抱いて欲しいか?」 そんな真由美の内心を見透かしたかのように、今井が白い歯を覗き見せて、真由美の顔の 真上から聞いてきた。 この時、今井の手はジーンズを脱がされ露呈している、真由美の下腹部の薄水色のショー ツの上を、指でなぞるように這っていた。 真由美の口から出る声は、女が身体と心を燃え上がらせる時に出る、余韻のある、熱の籠っ た喘ぎ声に変わっていた。 今井からの問いかけに、真由美は目を合わせて首だけをこくりと頷かせていた。 「何をどうして欲しい?」 薄い色のサングラスの奥の切れ長の目と、薄い唇の端に冷徹そうな笑みを浮かべて、今井が 真由美に尋ねてきた。 え?という訝りの表情で、真由美が今井の顔を窺い見た。 「俺の何を、お前のどこへどうして欲しいって聞いてんだよ」 乱暴な口調で、今井が高い声で言ってきた。 「そ、そんなこと…」 真由美が慄いた表情で首を振ると、 「上品そうなあんたが言わないと、何も始まらねえんだよ」 そのやり取りで、真由美の消滅しかけていた理性が、少し息を吹き返した感じがあった。 しかし、それも一瞬だけのことのようだった。 「あうっ…」 真由美の顔が切なげに歪んで、短い声が漏れた。 真由美の下腹部を責め立てていた、今井の手が激しく動いてきたのだ。 同時に今井の顔が、真由美の右側の乳房に押し付けられてきて、歯と舌が乳首を咥え込んで きていた。 「言っとくが、俺はそんなに優しくはないぜ」 真由美の乳首を歯で甘噛みしながら、今井はくぐもった声で言ってきた。 「は、はい…あっ、あぁ」 真由美はいつしか従順な声になっていた。 このホテルのロビーで最初に顔と目を合わせた時、先に視線を逸らしたのは、真由美のほう だった。 勝ち負けの話でいうなら、今日の面談の責めて手は、真由美と玲子の側にあるはずだった。 今井のほうが、ハナから暴力的な発言かで、真由美たち二人を威嚇してきたのでもない。 毅然とした気持ちでいたはずの真由美から、先に目を逸らしたのは、明らかにその時点で 勝敗は決していたのだ。 もっと深くいうと、真由美の心の、それも女という気持ちの琴線が、今井の切れ味の鋭い刃 物のように鋭い視線に、そこでもう屈してしまっていたのかも知れなかった。 ベッドで今井がいきなり覆い被さってきた時には、勝敗はもう決していて、それが真由美に はい、という返事を言わせたと、こういう事態になった今頃になって、真由美は思い知らされ たのだった。 今井が少し焦れたような表情を顔に浮かべた時、 「わ、わかりました…い、言います」 真由美は声に出して、了承の意を相手に伝えた。 「わ、私の…あ、あそこへ…あなたの…を、い、入れてください」 切れ長の目を深く閉じて、真由美は声を詰まらせながらいった。 「え?何言ってるかわかんねえよ。もっとはきいりいえよ。目をきちんと開けてだ」 「わ、私の…お、おマンコに…あ、あなたの…おチンポを入れてください」 「へぇ、あの施設の一番の偉いさんが、たかだか食材のしがない配送員の俺の、おチンポが 欲しいってか?」 「は、はい…」 真由美は自分が何を言っているのか、何を言わされているのかわからないまま、言葉を口に 出してしまっていた。 数秒の後、真由美はその下劣な言葉の恥ずかしさに気づいたが、その時の自分の本心が内包 されていることを頭の中で知り、狼狽えと戸惑いをさらに大きなものにしていた。 隣のベッドで、意識を失くしたまままだ動かないでいる、玲子のことが少し気がかりだった が、自分に覆い被さっている今井という男の、顔や身体や汗か体臭が醸し出してきているすべ ての雰囲気に、真由美は完全に打ちのめされていた。 改めて気づいたことがもう一つあった。 いつからだったのか、今井がすでに素っ裸になっていて、格闘技選手のような引き締まった 身体を真由美の目に晒しているということだ。 「もう一回言ってみろ」 真由美の乳房に埋めていた顔をふいと上げて、今井が何の抑揚もない声で言ってきた。 浅黒い精悍な顔からサングラスがなくなっていて、鷹のように鋭く煌めいた目が、真由美の 顔の十数センチもない近いところにあった。 魅入られたように、真由美は目を今井の視線に向けて、同じ言葉をもう一度繰り返して言っ た。 職場での自分の部下に、卑劣な恐喝まがいの因縁を吹きかけてきた、今井というこの男に社 会的制裁も念頭に入れて、挑んできた真由美だったが、会って数分も経たない間に、暴力的な 行為もほとんど受けないまま、脆くも組み伏せられ、挙句、恥ずかしい命令に顔を赤らめなが らも従順に従ってしまっている。 「天国へ連れて行ってやる」 そういってからの今井は、全神経を真由美の身体に集中させたかのように、男としての昂る 気力を駆使して、剥き出しになった真由美の裸身を、長い時間をかけ丹念に、そして執拗に責 め立ててきた。 蛇に睨まれた帰るの真由美に、窮鼠猫を噛む気力は残ってはいなかった…。 続く
23/05/27 18:14
(ZUCaAHUk)
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