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もうひとつの夏休み
カテゴリ: 官能小説の館    掲示板名:ロリータ 官能小説   
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1:もうひとつの夏休み
投稿者: いちむらさおり
つまらないものを書くのが私の趣味のひとつでして。
世間はすっかり秋の装いですけど、よろしければ一読ねがいます。
 
2012/09/30 22:39:22(FcWZd8Ct)
2
投稿者: いちむらさおり




 あの夏に限って、僕らはみんながみんな、子どものフリをした大人だった──。

 運動会がある秋よりも、クリスマスプレゼントがもらえる冬よりも、学年が一つ上がる春よりも、とにかくダントツで夏が好きだ。

「ボッチさあ、今年の夏休みは何デビューするの?」

 健太郎(けんたろう)はクラスでいちばん背が高いというだけで、妖怪の『ダイダラボッチ』からもじった『ボッチ』の愛称で呼ばれている。

「去年はコーヒーのブラック飲んだもんね。そういえばハカセ、半分ぐらいしか飲めなくて泣いてたっけ」

 博士(ひろし)は漢字のまんま『ハカセ』で、ついでにメガネをかけている。

「泣くもんか。父ちゃんに叩かれたって泣かなくなったしさ」
と言って痛い過去を思い出しながら、
「マサトはもう決まったか?」
と学年でいちばん成績がいい理人(まさと)に発言権を渡したところで、三人の会話がちょうど一巡した。

「内緒の話だけど、俺、ケータイが欲しい」

「スマホ?」

「スマホ?」

「うん、スマホ」

「マサトはいいじゃん。テストはいつも百点だし」

「俺とボッチは勉強が嫌いだから、きっと買ってもらえないよ」

 博士に却下されて、少年国会はふりだしに戻る。

「ちょっとそこの男子。携帯電話は校則で禁止されてるんだよ?」

 いい子ぶった調子のセリフを言ってきたのは、学級委員の比留川萌恵(ひるかわもえ)だ。

「女子がカッコつけんな」

「カッコつけんな」

「モエだってほんとはケータイ欲しいんだろ?」

 そんな冷やかしにも萌恵はひるまない。

「そんなのまだ要らないです。中学生になったら、お母さんが買ってくれるから」

「いいなあ」

「モエの母ちゃんて、社長してるんだよな?」
と健太郎が言うから、
「ボッチくんもちゃんと勉強したら社長になれるよ」
と健気にアドバイスを返す萌恵。

「社長と学校の先生と、どっちが偉いかな?」

「きっと社長だよ」

「じゃあ、政治家は?」

「今の政治家はぜんぜんダメなんだってさ。うちの父ちゃんが新聞読みながらいつも言ってる」

 博士が言ったのを聞いて、優等生の理人があることを思いついた。

「ハカセ、ボッチ、今年の夏休みデビューは『新聞』にしようよ」

 みんなが目を丸くした。それからちょっぴり考える顔をして、
「なんかそれ、社長っぽくていい」
と健太郎が賛成した。

「社長はコーヒー飲みながら新聞読んでるイメージだしね」

「うん、うん。みんなで社長になろうよ」

 『コーヒー』の次は『新聞』という安直な発想だけで、この案件は無事に可決された。

「あたしも仲間に入っていい?」
と萌恵が寄ってきたので、
「どうする?」
「そうだな」
「いいよ」
とわずか五秒で話はまとまった。
 女社長の娘で、しかも学級委員という立場の自分が、ほかの男子に先を越されるのが悔しかったから、どうせならできるだけ難しい新聞にしてみようと萌恵は決めていた。

「先生が来たぞ」

 廊下側の席から教室の外を見張っていた一人が、すでに真っ黒に日焼けした顔をこちらに向けて叫んだ。白い歯の何本かが抜けたままになっている。

「鍵盤ハーモニカのドレミだ」
と誰かが笑った。
 クラス担任の大橋美希(おおはしみき)は、教室に入るなり黒板を眺めて、にっこりと微笑んだ。

「これは誰が描いたのかな?」

 教師の問いかけに生徒は誰も答えない。その代わりに、どの顔にも溢れんばかりの笑顔が用意されていて、彼女は大人なりに胸が躍った。
 白いチョークで『夏休み』と書いたまわりに、向日葵や花火や昆虫のイラストが賑やかに描かれている。自分でもなかなかここまで上手く描けないな、と大橋美希はつくづく感心した。

「それじゃあ、出欠をとります」

 教壇に立って、出席簿をひらく。

「榎本(えのもと)健太郎くん」
「はい」
 ボッチが元気に返事をする。

「河合(かわい)博士くん」
「はい」
 ハカセも負けずに大声を出す。

「根室(ねむろ)理人くん」
「はい」
 マサトの右手が高々と挙がる。

 そうして女子に移り、
「比留川萌恵さん」
「はい」
とモエが百点満点の返事を披露する。
 夏のあいだにしておきたい事がいっぱいありすぎて、終業式なんてやらなくてもいいのに、と小学生なら誰でも思うだろう。
 下校しても、まっすぐ家に帰ってやるもんか。お菓子とジュースとゲームがあれば、二学期までは何も要らないや。だから、僕らの夏休みに、大人は入ってこなくていいよ──。
 そんなことを考えながら、全員が夏休みの宿題を受け取って、退屈な終業式をなんとか乗り切り、そして下校のチャイムが鳴った。

 強い日差しが降り注ぐ校庭に出ると、蝉の声は一層やかましく木という木に纏わりついていた。校舎から一歩外へ出た時点で、夏休みはもう始まっている。

「よし。プール行こうぜ」

「カブトムシは?」

「俺、サイダー飲みたい」

 健太郎と博士と理人が口々にしゃべっていると、
「新聞デビューのこと、ぜったい忘れちゃダメだよ?」
と赤いランドセルを鳴らして萌恵が立ち止まる。

「うん。明日の九時に、図書館の前に集合な」

「クーラーついてるかなあ」

「俺、知ってるよ。今年は節電なんだってさ。だからあんまり涼しくないかも」

「おやつは持ってく?」

「母ちゃんにお弁当作ってもらう」

「おやつは?」

「モエも遅刻するなよ」

「うん。バイバイ」

 男子グループと女子グループはそこで別れた。健太郎はまだ何かを呟いている。

「ねえ、おやつ……」



つづく
12/09/30 22:53 (FcWZd8Ct)
3
投稿者: とう
なんかおもしろそうですネ。

続きが見たいです。
12/10/01 20:49 (pm.FWqPD)
4
投稿者: いちむらさおり




 平日だと思って普段通りに出勤してみると、開館前にも関わらず、図書館のエントランスはたくさんの人で溢れていた。下は小学校低学年から、上はおそらく大学生までがほとんどだろう。
 学校は今日から夏休みなんだ──と今井遥香(いまいはるか)は横目で彼らを確認しながら、職員用の出入り口から建物の中へ入った。

 エレベーターで三階へ上がり、廊下を右へ折れたところに女子更衣室がある。ロッカーの中には夏物の制服の上下がかかっていて、遥香は少し汗ばんだ普段着を脱ぎ、それらに身を包んだ。
 さすがに冬服よりも肌の露出が多いのはあたりまえだが、彼女はこの制服をとても気に入っていた。空調さえ二十八度に設定しておけば、暑くも寒くもなく、化粧くずれを心配する必要もない。
 白いシャツに薄手のタータンチェックのベストを羽織るから、下着が透けて見えることもない。黒いタイトスカートの丈は短めだけれど、同性から嫌みな目で見られるほどの効果もない長さだ。スリットも標準に収まっている。
 そして首に巻くチョーカーもできるだけフォーマルなものを選び、その日の気分で付け替えたりしてオシャレを楽しむ。

 ロッカーの扉に付いた鏡に自分を映して、遥香はファンデーションを塗り直した。二十五歳の肌が少しだけ若返る。

「笑顔、笑顔」

 独り言を呟いたあとで、営業スマイルを保ったまま更衣室を出た。
 エレベーターで二階に下りて、正面のドアをくぐればカウンターに出られる。

「おはようございます」

 早朝出勤の職員に挨拶をしつつ、遥香はカウンターへは出ずに、別のドアの鍵を開けて中に入った。そこは一時保管用の書庫になっていて、その内訳は、一般家庭から持ち寄られた古びた本や、各書店からの善意が詰まった書籍などで占められている。

 彼女が歩くだけで、パンティストッキングとスカートが擦れる音が聞こえるほど静かな部屋。カーテンを開けて明かりを取り込むと、新しい埃がキラキラと舞った。
 開館時間までの僅かなひととき、遥香はここで読書することを日課としている。机も椅子もないので、彼女はもっぱら立ち読みだけれど。

 青春ラブストーリーもあれば、ミステリーなどの流行小説も網羅しているのだから、本好きの人間にはまさに楽園と呼べる空間かもしれない。
 歩きまわる足が止まり、遥香は一冊の文庫本を手に取った。まずは口の中に溜まった唾液を飲み込んで、しおりのページをめくってみる。
 いちどに数行程度しか読み進められない小説でも、内容の濃密さに圧倒されて、読み終わったあとにはいつもジェラシーのような感情が残るのだった。
 昨日はどこまで読んだのか、少しだけ遡ってから脳裏でリピートし、つづきを音読した。外に漏れないくらいの、薄い声で。

「ソフィーはそのとき、ふるえる指先で彼の動脈を──夫以外の異性に求められるままに、香(かぐわ)しい肉体の表皮を湿らせる官能が──だめ──淫らな花園の奥深くから滴る、甘い蜜の糸と──貞操をもてあそぶように焦らされたり、ときには激しく突き上げられて舌を垂らし──私の体内で好き勝手に動きまわる快楽が、オルガズムの刻印をヴァギナに描いていく──あなたとどうなってもかまわない」

 遥香は瞳を閉じて、はあ、と吐息をついた。ひどく喉が渇いて、バストがワンサイズ増えたのかと思うほど胸苦しい。
 いつの間にか脚をクロスに組んで立っているのもいつものことだし、熱のこもった下着の中の局所局所が、ほかのどの部分よりも女らしい反応を示しているのがわかる。

 ふとして壁の時計を見て、携帯電話の時刻も確認した。やっぱりこの部屋の時計は少しだけ遅れているみたい。
 しおりを挟み直した本を元に戻すと、遥香は書庫を後にした。



「マサトくん遅いね」

 約束の時間になっても現れない理人のことを心配して、萌恵は手首にはめたキャラクターの腕時計を見ながら首をかしげる。

「寝坊してんじゃないの」

「寝る前にゲームやりすぎて?」

「それはハカセだろ。マサトは勉強マンだからなあ」

 健太郎と博士はさほど深読みもせず、リュックから携帯型ゲーム機を出して遊んだりしている。

「あ、マサトくん、来た」

 萌恵の指差す方角から、野球帽をかぶった理人が全力疾走してくるのが見えた。クロックスをけたたましく鳴らしながら、まさかオリンピック選手の真似でもしているのか、ゴール地点では両手を万歳までして、最後はちっちゃくガッツポーズだ。

「マサト、遅いよお」

「余裕で遅刻してんじゃん」

「図書館、もう開いちゃってるよ」

 三人からの有り難くない出迎えに、
「ごめん、ごめん。うちの姉ちゃんが変なこと言うからさあ」
と家族のせいにする理人少年。

「変なこと?」

「うん。この図書館てさあ、女の幽霊が出るんだってさ」

「幽霊?」

「都市伝説とかいうやつ?」

「私、トイレの花子さんなら知ってる」

「ただの噂だよ。いるわけないじゃん」

 そう言って理人は、じつは半信半疑の中途半端な気持ちのままで、ほかの三人と一緒に図書館の中へ入っていった。

「天国う……」

「南国う……」

「北極う……」

 建物内に踏み込んだ瞬間の冷気のシャワーを全身に浴びて、調子のいいことを言い合う男三人組。

「図書館の中なんだから、静かにしててよね」
と萌恵。学級委員には夏休みもないようだ。
 各フロアの案内図には、まだ学校で習っていない漢字や英語などもいっぱい書いてあるのに、萌恵は気後れすることもなくそれらを理解した。

「新聞コーナーは二階にあるんだって」

 スーパー小学生の萌恵を先頭に、おまけの三人がついていく。長く大きなエスカレーターが、小さな体を上へ上へと運んでいく。

「宇宙ステーションみたい」

「宇宙は無重力なんだぜ。エスカレーターなんて要らないよ、きっと」

「うん。空中に浮いちゃうもんな」

 興味が尽きない四人もそろそろ二階に到着した。学校の体育館ほどもある広いフロアに高い天井、そこから見えるのは、本、本、本……。
 これが全部コミックだったらどんなにいいだろう──と、つい思ってしまう。

 ふと、カウンターに立っている女性職員と目が合って、理人がひょこっと会釈すると、彼女は微笑んで頷いた。
 自分たちとどれくらい年齢が離れているのか、少年少女の物差しではまだまだわからない。母ちゃんよりは若いけど、姉ちゃんよりは年上だろうな──的な推理をする理人。
 そんなことよりも、僕らにはやらなきゃいけないことがあるんだった。
 彼らは読書スペースの一画を確保して、机の上に宝の地図をひろげるように新聞を見開いた。

「漢字だらけだ」

「読める漢字もあるじゃん。ガイコク……タメ……カエ?」

「外国為替」
と鼻を鳴らす萌恵、と理人。
 ここ最近の学年テストの成績だけで言えば、一番が理人で、萌恵はずっと二番なのだった。バチバチと火花を散らしているのは萌恵のほうで、理人には火の気すらない。

「セ・リーグのところ見ようよ」

「せっかく来たんだしさ、ビジネスマンが読みそうな記事がいいんじゃないか?」

「そっか。社長になるには、まずビジネスマンにならなきゃだな」

 納得した気分で新聞のあちこちに眼(まなこ)をめぐらせる、未来のビジネスマンたち。

「あれ?花の匂いがする」

 理人が何かに気づいて横を向くと、さっきカウンターで見かけた女性がすぐそばを通り過ぎるところだった。花の名前までは思い出せないけれど、とてもいい匂いだ。

「化粧の匂いだろ。香水だっけ?」

「シャンプーとかリンスかもな」

「うちの安物のやつとは違う匂いがする」

 それは理人たちが新聞デビューを果たしている最中ときどき、やはり彼女が近くを歩くたびに香ってくる。
 年頃の男性らの視線はというと、漏れなく彼女の姿を捉えている。魅惑の香りというやつだ。

「俺、ちょっとトイレ」

 スポーツ欄を見ていた運動神経抜群の『ボッチ』こと健太郎が、落ち着かない様子で席を立った。

「家でちゃんと出して来いよ」

「違うって。おしっこだよ」

 トイレ、トイレ、と何回も口にしながら、健太郎は読書スペースを後にした。
 カウンターに彼女の姿はなく、代わりに別の職員が立っていた。



つづく
12/10/03 00:29 (XtlWIC8W)
5
投稿者: いちむらさおり




 廊下に出たところで、緊急事態はさらに健太郎の膀胱をジワジワと膨らませる。もう一秒だって無駄にできない。

「あった。ギリギリセーフ」

 ダムが決壊する寸前に用を済ませることができて、健太郎はほっと安堵した。
 手を洗ってトイレを出ると、芳香剤の香りがまだ鼻の奥に沈着していて、そこに新たな花の匂いが混じってくるような感覚があった。
 あの匂いだ──と思った瞬間、
「ボッチくん……だよね?」
と背中側から女の人の声がしたから、健太郎が即座に振り返る。

「あ……」

 最初にカウンターで見た、あの若い女性職員がそこにいた。

「お姉さん、どうして僕のあだ名、知ってるの?」

 少年の素朴な疑問に対して、彼女はもっともな表情をしてから、目を細めて微笑んだ。

「だってきみたち、あんなに大きな声でお話してるんだもん。お姉さんにも聞こえちゃったよ」

 長くて黒い髪のあいだから小振りな耳がのぞいて、そこに小さな花の飾りが付いている。ピアスとかいうやつだなと、健太郎はちょっぴりドキドキしながら彼女を見つめた。

「きみたち何年生?」

「それって、プライバシーとか個人情報とか、知らない人に言っちゃいけないやつじゃないの?」

「こう見えても私、ここで働いてる職員なんだけどな」

「知ってる。さっきカウンターのとこで見たもん」

「じゃあ、知ってる人だね」

「そっか……」

 顔見知りには違いないと思い、二人に何かしらの信頼関係が生まれた気がした健太郎。

「夏休みの宿題?」

「ええと……、ちょっと違うけど、だいたいそんなかんじ」

「なんだか懐かしい。お姉さんも小学生に戻った気分」

「お姉さんはどう見ても大人じゃん」

「そうだよね」

「結婚してるの?」

「どうして。気になる?」

「別に……」

 そう言って健太郎は顔を赤くした。あからさまに「お姉さんに興味があります」と顔に書いてある。

「あのね、ちょっとお姉さん、困ったことがあるんだけど」

「困ったこと?」

「うん。それで、きみに手伝って欲しいの」

「だったらみんなも呼んでくる」

「だめだめ」

 走り去ろうとする少年を足止めする彼女。

「恥ずかしいお願いだから、ボッチくんだけにやってもらいたいんだ」

 健太郎は戸惑った。綺麗な女の人からの恥ずかしいお願いとは、いったいどんなものなのか。子どもの想像はすぐに尽きるけれど、会ったばかりの人物に興味を抱いてしまうのは、その相手の謎を解き明かしたいと思う『虫』が棲んでいるからだろう。彼女の名札にある『今井遥香』という名前以外は、何から何まで謎だらけなのだから。

 それから数分後、健太郎と今井遥香は図書館の二階のとある書庫にいた。ドアの内側から鍵をかけて、外からは誰も入れない仕掛けもしてある。

「僕は何をしたらいいの?」

 不思議そうな顔をして、健太郎が遥香に尋ねる。

「その前に約束して。これはお姉さんときみだけの、二人しか知らない秘密よ。いい?」

「うん……」

 無言の時間がやって来ると、クマ蝉のオスの大合唱が窓の外から聞こえてきた。メスが鳴かないことを健太郎は知っている。
 クーラーが効いているのにちっとも涼しくならないのは、体温とは違う熱のせいだろう。
 花の匂いが一層つよくなる。遥香は制服のボタンを外してベストを脱いだ。

「暑いの苦手だから、ごめんね」
とことわる彼女には、すでに切なげな笑みさえ浮かんでいる。

「お姉さん、悲しいの?」

「どうして?」

「だって、泣きそうな顔してるもん」

 その言葉の通り、遥香の両目は潤んでいた。

「じつは目の中にまつ毛が入っちゃったんだ。それをきみに取って欲しくて」

「いいよ」

 そんなことなら朝飯前だと鼻を膨らませて、健太郎は年上の女性の瞳を覗き込む。まるで綺麗なものしか見てこなかったような澄んだ瞳が、真っ直ぐこちらを見つめ返してくる。

「優しくお願いね」

 甘味料をたっぷり含んだ甘い声色で、小学生相手でも主導権を譲りたがらない遥香。こういう時でも大人げない自分が出てしまうことをよく知っている。

「どっちの目が痛いの?」

「うんとね、きみから見て左側の目。だから──」

「右目だね」

「うん」

 そんな会話をしながらも、わかりやすいくらいに健太郎は動揺していた。もっと近くで見ようとして顔を接近させると、相手の顔のどこにどんな色の化粧が塗ってあって、唇がどんなに柔らかい素材で出来ているのかまでもわかりそうな気がした。

「まつ毛、入ってなさそう?」

「え……と、うん。なかなか見つかんない」

 恥ずかしい気持ちを押し隠して、少年は一途に捜索活動をつづける。そしてここでようやく『恥ずかしいお願い』の意味を理解した。お姉さんが恥ずかしい思いをするんじゃなくて、僕が恥ずかしくなるっていう意味だったんだ、と。
 二人の目線の高さがおなじなのは、遥香のほうが膝立ちをしているからだ。だから健太郎が下を向いたときには遥香の胸元の一部が見えるはずだったのに、それどころか彼女のブラジャーのカップそのものが視界に入ってきた。
 これはいったいどういうことだろう。さっきまではシャツのボタンもきちんとしてたし、下着の存在にも興味がなかった。
 それなのに今、目の前のお姉さんはシャツを半分脱いで、肌着を首のあたりまで捲り上げて、下着という一枚の薄い布を晒している。
 その下はもう当然あたりまえの常識なら、エッチで裸でヌードな……お姉さんの……おっぱいがあるはずで……。
 そうやって困惑する少年を楽しむように、遥香はシャツとキャミソールをゆっくりと脱ぎ落とす。くびれたウエスト、脇のあたりにできる皮膚の皺(しわ)、わずかに見える胸の円周までもが、限りなく白に近い肌色をしている。

「きみには何もしないから、もう少しだけお姉さんのお願い聞いてくれる?」

「まつ毛は、もういいの?」

「そっちはもう大丈夫になっちゃったから。ありがと」

 そう言って遥香は健太郎の両手を掴むと、そのまま自分のほうへ引き寄せて胸に触れさせた。
 ここまできたらどんなことが起こっても驚かないつもりで、健太郎は男の覚悟を決める。

「柔らかいでしょ?」

 彼女の言葉に少年は赤面して頷く。ブラジャー表面の細かい刺繍やら骨ばったワイヤーのおかげで、手触りはザラザラとして落ち着かない。
 けれども下着越しの胸の柔らかさといったら、水風船とかビーチボールの感じに似ていて、しかも生温かい。押した分だけ返ってくる。

「私、すごく肩がこってるの。胸のマッサージをすれば楽になるんだけどな」

「これって……、人助けになるよね?」

「それはきみしだいだよ」

 室内の空気が動くたびに、贅沢な花の香りが漂ってくる。
 この夏いちばんの体験となるに違いないと、健太郎少年は手に汗を握った。



つづく
12/10/04 23:25 (f8sakpvI)
6
投稿者: いちむらさおり




 どうすればいいのかわからないなりに、とりあえず両手を動かしてみた。上に下に外側に内側に、初めて触る女子の身体を傷つけないように、指先にまで気を配る。

「とっても上手だね……。気持ちいい……」

 しぜんに語尾が緩くなる遥香。息を吸って、吐いて、もう一度吸って、また吐いて、胸の先端がだんだん熱くなってくるのを感じる。
 思わず眉間に皺を寄せて、下唇を噛んだ。

「ごめんなさい。痛かった?」

 小さな手がブラジャーから離れた。そして心配そうな少年の顔がこちらを窺っている。
 私は、なんて最低なことをしているのだろう──。遥香の良心が一瞬だけ揺らいだ瞬間だった。
 しかし一度火が着いた遥香の身体はもう後戻りできないほどに発熱して、
「痛くないから……、もっと強くして……」
と愛撫の催促をしてしまう始末。
 そして幼い手の動きがふたたび胸をタッチすると、自らを滅ぼそうとするほどの性感が湧いてくるのだった。カップの中の乳首がグニャグニャと転がって、どんどん固くなっていくのがわかる。

「う……うん……」

 とうとう吐息まで出始める。

「やっぱり痛い?」

「違うの……。女の人は気持ちよくなると……、誰でもこんなふうになっちゃうんだよ……。はあ……ふっ……」

「そうなんだ。なんか不思議」

 日常の生活音が微かに聞こえる中で、こんな異常なことをしている自分を客観視しては、萌えるシチュエーションに満足する遥香。
 自分の手で揉むのとは違う感触に責められていると、ただの遊びのつもりが、スカートの中の熱気もいよいよ本気になってくる。
 下も触って欲しい──。そんな淫らな願望が女の粘液を分泌させて、ショーツの裏面に痕跡を残してひろがっていく。
 もはや腰の支えも頼りなく、膝立ちしているのも何だか辛い。彼女は上半身を後ろに傾けて、両手とお尻を床にあずけた。
 そうすると両脚は健太郎に向かって伸びて、もう少しでスカートの奥の下着が見えるかどうかという意地悪な環境をつくってやる。
 少年の視線をこちらに引きつけてから、
「もっとエッチなこと、してみる?」
と不謹慎な言葉で誘惑してみた。

「してもいいの?」

「いっぱいして欲しいな」

「うん、わかった」

 健太郎は遥香のスカートの裾を掴むと、緊張しながら少しずつ捲っていった。
 ベージュのストッキングに包まれた太ももが徐々に露出され、どこまで行っても脚がつづいていると思った途端、いままで見たこともない光景が目に飛び込んできた。ストッキングから透けて見える白いパンツ、そこはちょっぴり膨らんで、すごく濡れているように見える。

「ひょっとして、おしっこしちゃったの?」

 健太郎の率直な疑問に、首を横に振る遥香。

「じゃあ、女の人なのに、どうしてここが膨らんでるの?」

「どうしてだろうね。触って確かめてみたらどうかな?」

 そう言うと遥香は親切に両脚をひらいて、健太郎が触りやすいようにポジションを取り直す。
 目の前の少年が人差し指を立てている。それがこちらを指差して、下腹部の局所に近づいてくる。なんて可愛い指だろう。女の恥ずかしい垢も知らない指が、すぐそこに届いて、私の純潔を──。

「んんっ……」

 下着越しの女性器の中心に、フニュっと指が触れた瞬間だった。遥香の全身に電流が流れて、脳が覚めるような快感が、婦人系の器官すべてを震撼させていくみたいだ。
 ストッキングとショーツがクッションの役割を果たしているけれど、そこを押しているのは間違いなく他人の指。で、好奇心旺盛な男子の指使いは、少しずつ少しずつ大胆になっていく。

「すっげえ」

「ふっ……。あったかいでしょ?」

「うん。すげえ」

「うう……んん……。ぐちょぐちょしてる?」

「なんかすごい」

 会話にはなっていないけど、会話なんてなくてもいい。彼の指が割れ目のすじを縦に撫でてくる。

「もうちょっと上も触ってみて?」

 遥香の発情リップが示した場所へ、幼い指がソフトタッチする。

ぷりゅっ。

「やん……」

 とても甘い刺激がクリトリスにつたわってくる。

「ちゃんと探せたんだね……うんん……ふん……。女の子はそこが気持ちいいんだよ……あんっ……くっうん……」

「お姉さん、気持ち良さそう」

「きみって、ほんと、上手いんだから……」

 むやみに挿入されるより、こうやって入り口周辺をいたずらに焦らされるほうが、絶頂したときの胎内からはじける感覚がすごくなることを彼女は知っている。
 やや強めに押されると、ショーツの生地が膣内に入り込んで、そこにぽっかりと穴が開いて半透明になる。

「もう我慢できない。お願い、ストッキングを破いて?」

 涙声で訴える遥香の普通じゃない様子を見て、健太郎は戸惑いながらも力強くストッキングを裂いた。
 その下からあらわれた純白のパンツは汁気を吸って温かく、なんとも言えない動物の匂いがした。

「あとどれくらい触ったらいいの?」

「私がイクまで……指でかき混ぜて……」

「どこに行くの?どこをかき混ぜるの?」

 そっか、まだ何もわからないよね──。

「じゃあ、目を閉じてて」

 そう言われて目をつぶる健太郎の手を遥香が掴んで、真ん中の指三本が揃うようにしっかり束ね、粘つくショーツを横にずらすと見えるその大切な部分に……挿入した。

ぐちゅん。

「あひっ!」

 届かなかった部分にようやく手が届いたような鋭い快感が、ふやけた膣を溶かしてうっとりさせていく。

「これなあに?」

 いきなり自分の指が得体の知れない生き物に食べられたんだと錯覚して、少年の瞼がうっすらと開きそうになる。

「お願い、見ないで……。ボッチくんがいま触っているのは……、お姉さんの、あそこの中だよ……」

 それを聞いて、健太郎はすごく大人になった気分だった。

「ぬるぬるしてて、びちょびちょしてるね」

「はあ……はあ……あっ。もう手加減しなくていいから、かき混ぜて……」

 見たい気持ちを我慢しながら、健太郎は自慢の運動神経にまかせて手首を回転させたりした。
 穴は相当深い。変な水も溜まっている。クチュクチュという音だけを頼りに、この不可解な行為をひたすら繰り返す。

「ふうううん……ううん……、気持ちいいよお……。あああ……ああ……、イクううう……」

 遥香は弱々しく爪を噛んだり、乳房を下着ごと揉み上げたり、トリップ寸前の意識の中で何度も喘ぐ。おそらく少量の失禁もしているだろうし、おなじくらい潮も吹いているはずだった。
 そして、そのときを迎える。熱い『痺れ』が胃を通り過ぎ、子宮から膀胱にゆっくり下って、いままでの未練を洗い流すように膣を満たし、クリトリスで絶頂した。
 暗幕の向こうから射し込む光、女しか逝けない世界で遥香はひとり、痙攣する身体を放置していた。



つづく
12/10/05 13:14 (T5mw4.QO)
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