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1:憧れ…そして躊躇い(ためらい)
投稿者:
五代圭佑
秋の気配を感じる季節になっていた。僕は自転車を漕ぐと同級生の純也の自宅へと向かっていた。年が明けると受験が控えている。純也とは中学は別々であったが、高校に入学すると間も無く親しくなった間柄であった。県下有数の進学校でもあり、週二回の塾にも通い勉学に勤しむ日々であった。なかでも、純也は学校でも、塾でもトップクラスの成績である。理数系の苦手な僕としては塾の無い日は純也と一緒に勉強することにしていた。だからと言って純也と同じレベルになるとは十分に承知していた。
ただ可能な限り彼の勉強方法を盗むと言うか、参考にしたかっただけである。彼の自宅前に自転車を停めた。 「こんにちは」僕は玄関を開けると家人の存在を確かめるように声を出した。 足音が近付いてくる音が聞こえた。 「圭佑か!入れよ。」一番最初に出迎えてくれたのは純也であった。玄関口に上がり、靴を揃えると純也の後を追うように彼の部屋に行った。二階建ての家で僕にとってこの階段の勾配は何よりもきつかった。ようやく彼の部屋に着いた。広さ的には八畳ほどか…ベージュのカーペットに茶系の内装、その中にテレビやら本棚、机にテーブルなどの備品が置いてあるためそんなに広さは感じなかった。 「今日は一人か?」純也に訊ねた。純也は両親が離婚していて母親と一緒に暮らしていた。 「本当は土曜日は休みなんだけどどうしても出てくれって言われたらしくてさ…それで、一人で留守番してるわけ」 純也の言葉に頷きながらカーペットの上に置かれたテーブルの前に座った。 「何か飲むか?ウーロン茶しかないけどな」そう言うと純也は笑いながら飲み物を取りに部屋を出ていった。どうやら、選択肢は無いらしい。本棚を眺めると様々な参考書や問題集が並んでいる。立ち上がりその中の一冊を開いてみた。「まじかよ…もっとも不得意とする数学の問題集であるが、答えよりも質問の意図が理解できないじょうたいである。「あいつ、こんなの解いてるのかよ」レベルの違いを痛感させられた。
2019/09/09 04:33:23(vuFOCRIA)
投稿者:
五代圭佑
「ほらよ、注文のウーロン茶だ!」純也はそう言うと僕の前のテーブルにグラスに入ったウーロン茶を置いた。「ウーロン茶しかないんだろう?注文云々の問題じゃないだろう」僕がそう言うと純也は笑いながらテーブルを挟んで向かうように座った。
「ところで、純也はどこ受けるんだ?帝都大学って冗談だろう?」帝都大学と言えば小学生でも知っている。大学と云う最高学府の中でも頂点に君臨している大学である。末は政治家か官僚か…一段下がっても大企業の社長さんか… 常々、純也からは話を聞いていたが冗談と思い聞き流していたくらいだ。グラスのウーロン茶を一口飲むとテーブルに置き、僕の顔を見た。「俺は帝大以外は受けない。」「帝大一本か?保険は?」僕が言う保険は所謂滑り止めである。「そんなものは考えていない」開口した口が塞がらなくなっていた。自分などは何処か田舎の国立大にでも受かったら儲けもの、もしかに備えて二流、三流の私大でもと考えていた。 「まっ、お前なら可能かもな…」これ以上の激励の言葉が思い付かない。 時計は17時を指していた。玄関前で車の音が聞こえたかと思うとエンジン音が止まった。ドアの閉まる音に続き玄関のドアが開いた。 「ただいま…」純也のお母さんだろう。 「あら?圭佑君!来ていたの?じゃ、 何か買ってくればよかったわね。ケーキあるけど食べる?」僕は昔から甘いものが苦手であった。原因は分かっている。子供の頃から、祖父に羊羮と言うものをよく食べさせられていた。羊羮は祖父の好物でもあったからだ。 「いや…僕は甘いものはちょっと…」申し訳なさそうに純也のお母さんに頭を下げた。 「圭佑君は甘いものが苦手なんだ?おばさんは大好きなのよ」そう言うと何処からともなくスナック菓子を出してくれた。 「今日も二人の勉強会なの?」純也のお母さんも心得ているようだ。無理もない、週末はいつもこのような事をしているのだから。 いつ頃からだろう、純也の自宅へと来るのを心待になったのは…純也のお母さんの前ではなかなか言葉が出てこない。 「でも、圭佑君…ありがとうね。純也のお友だちになってくれて…。この子ったら、小さい頃から家の中で本ばかり読んでいて外で遊ぶ事がなかったの。それで、お友達とかもいなくて。」おばさんは僕と純也の間に座ると昔話のように話始めた。「純也とは話があいますから…勉強も教えてもらってます。」甘い香水の漂う中でおばさんとは目線を合わせることもなく話を進めた。 急に鳴り響く携帯の音が場の雰囲気を変えた。おばさんはバッグから携帯を取り出すと耳元に当てていた。「もしもし…ええ、そうよ。どうかしたの?」おばさんは大手の百貨店に勤めていると聞いていた。おそらく店からの電話だろう。僕は英語のテキストを開くと自署を引きながらワヤクヲしていた。「えっ、納品が間に合わない?どう云うこと?うん、うん…要するに一日づつずれるってことね。わかったわ。もうお客様への招待状はだしてあるから日程の変更は効かないから。なんとかするわ。」そう言うと電話を切り、再び形体を掛けていた。「あっ、支店長ですか?西田です。実は、例の展示会の件で…ええ、和服の展示会の件です。先方で遅れが生じて一括での展示はむりだそうです。ええ、分かっています。そこで一案ですが、一日の展示会を三日間にしたらどうでしょう?はい、一日遅れで入って来るそうです。新しく入った物を前に展示して前日の物は後ろにさげてといった感じで三日間しのげば…お客様の来店回数も増えるのではないかと…ええ、分かりました。では、そのように…はい、失礼します。」そう言うとおばさんは電話を切った。出来る女性と云うか、キャリアウーマンと云うか…いつしか僕の中でおばさんに憧れを感じていた。
19/09/11 14:10
(5qRHLwes)
投稿者:
五代圭佑
「ところで、圭佑君は夕御飯は何が良いの?泊まって行くんでしょう?」
紺色のスーツに首に巻かれている花柄のスカーフがよく似合っていた。「えっ?はい、僕は何でも…」心此処に有らずの状態で不意打ちを喰った感じだ。「純也は何が良いの?」ペンで頭を掻いていた純也は面倒臭そうに「良いよ何でも…有るもんで」などと可愛げの無い返事をしていた。 「じゃ、受験頑張れるように、カツカレーにしようか?受験に勝つようにね」そう言うとおばさんは茶目っ気を見せるように右手の拳を上げた。「カツカレー食って受かるなら誰も苦労しないだろ」相変わらずの純也の言葉におばさんはは僕を見ながら笑っていた。 歳の頃は40代半ばほどか…軟らかい栗毛色のミディアムヘアーと言うのか、カールのかかっている髪が肩下まで伸びている。「じゃ、少し待っていてね」そう言うとおばさんは部屋を出ていった。 おばさんの作ったカツカレーと数品の副食を三人でテーブルを囲むようにして食べていた。学校の話や進学の話などをおばさんにしながらの至福の時間であった。夕食を済ませるとまた純也の部屋で問題集との格闘だ。書いては消し、消しては書く…その繰り返しだ。一方の純也は少し考えたかと思うとすらすらとペンを走らしている。 「なっ、純也…」夢中にペンを走らす純也に声を掛けた。「んっ、何?」ペンを止めたら純也が僕の顔を見た。 「おばさんて、大学出てるんだろう?何処の大学?」自分達には関係無かったがつい口から出てしまった。「お母さん?聖華だよ。何で?」純也は不思議そうな面持ちで僕を見ていた。 「せいか?せいかって?」 「聖華女子大だよ。」純也は何気なくおばさんの大学を教えてくれた。 「聖華女子大!?。それってあれか?頭脳明晰なお嬢様学校か?あの聖華か?」あまりの驚きにテーブルの上で前のめりになっていた。 (聖華なんて言ったら偏差値は70位かな…いや、越えるな。おばさんて凄いんだな)自分の頭の中で高嶺の花のような大学の事を考えていた。
19/09/12 04:46
(r0yxuiP9)
投稿者:
tono
続きが楽しみです。
期待しています。
19/09/12 17:39
(jDWU0a9l)
投稿者:
五代圭佑
時間だけがゆっくりと進んでいく。日頃の疲労の蓄積のせいか時折睡魔に襲われた。「純也…眠くないか?」僕の言葉に返事は無かった。ふと彼を見ると頭を垂れてすでに両眼は閉じられていた。頭を下げてはまた上がりの繰り返しである。(今何時かな?)腕時計に目をやると22時を示している。ガチャ、と言うドアの音に振り返るとおばさんがコーヒーカップを乗せたトレーを持っていた。「二人ともまだ勉強しているの?頑張るのね」そう言うと再び僕と純也の間に座った。「あらっ、もう寝ているのね。圭佑君は眠くないの?」おばさんは笑いながら声を掛けてきた。「いや、もう限界ですよ。頭の中が疲れて」二、三回と自分の頭を軽く叩いた。「コーヒーでも飲んで少し休んだら?」おばさんはそう言うと僕の目の前にコーヒーカップを置いた。両手で受け皿を廻すと取っ手の部分が右側に向いた。持ちやすいようにとの配慮であろう。何気ない立ち振舞いが上品で知的に感じ取れた。「あ、ありがとうございます。おばさんこそまだ寝ないんですか?」少し口元に笑みを見せると、「純也は要らないようね。」そう言って僕を見た。「ちょっとね、仕事の事で資料つくっていたの。圭佑君はミルクとお砂糖は?」「僕はブラックで…」おばさんは頷くと自分もコーヒーを口にした。
19/09/12 18:04
(MHsTaP/W)
投稿者:
五代圭佑
Tonoさん、ありがとうございます
19/09/12 23:31
(JbVdBu0I)
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