浅草の駅に降り立ったとき、私は少しだけ所在なさを感じていた
この街にはまったく土地勘がない
観光地として名前はよく聞くが、実際に歩くのはこれが3度目
駅の構造も、通りの並びも、私にとっては迷路のようなものだった
最初に「浅草に来てください」と言ったのは、彼女の方だった
駅で待ち合わせましょう、という提案にもどこか主導権を握ったような雰囲気があって、私は自然とそれに従っていた
待ち合わせ場所は東武浅草駅前
週末の午前中で、人は多かったが、彼女はすぐに見つけられた
黒いワンピースに白いカーディガン
駅前の人混みの中でも、不思議とよく目立った
いや、正確に言えば「目を引いた」のかもしれない
「駅、混んでますね。迷いませんでした?」
「いや…正直、ついてくのが精一杯だと思う」
そう言うと、彼女は少しだけ笑った
「じゃあ、ちゃんと案内しますね」
その笑顔の奥に、どこか柔らかな影があった
私はその背中を数歩後ろから追いながら、自然と歩調を合わせた
彼女の足取りには迷いがない
さすが地元民、信号のタイミングも心得ているようだった
私は黙ってその後ろをついていく
彼女の足首からふくらはぎへと伸びるライン、その柔らかな動き
けれど、私の頭の中では別の映像が再生されていた
この背中が、間もなく私の手で、目隠しをされる
視界を奪われ、両手を後ろに回され、カーボン鋼製の手錠をかけられる
自分で望んだその境遇に、彼女は全身を投げ出すように没入していく
土地に詳しい彼女が導いた先で、今度は私が彼女を導く
――そのコントラストが、たまらなく興奮を誘っていた
ホテルに着いたとき、彼女は何も言わなかった
ただ、自動ドアの前で振り向き、小さくうなずいた
それだけで十分だった
部屋に入ると、浅草の喧騒は扉の外に置いてきたようだった
ベッドの白さと部屋の薄暗さ
それがやけに静謐で、儀式のような空気すら漂っていた
私はゆっくりとバッグを開け、シルクのアイマスクと、ASP社製の本格的な手錠を取り出す
彼女の希望を叶えるために持参した道具
アメリカの警察が使用している手錠
これは遊びじゃない
演技じゃない
彼女は、自分の中にある暗い渇きと真剣に向き合おうとしている
私もそれに応えなくてはならない
中途半端な優しさや演出めいた仕草では、彼女の「欲望」に失礼だ
彼女が自分の弱さも、欲望も、ぜんぶを晒してまで望んでいるなら——
私も、本気にならなければいけない
演技ではなく、私自身の本性をぶつける
男として
「動くなよ、お前」
言葉に意識して硬さを込めた
彼女は驚かない
ただ静かにこちらに向き直る
乱暴にワンピースの背中に手をかけ、ファスナーを下ろす
その間、彼女は目を閉じ、呼吸を整えている
ワンピースが肩から落ちると、肌が空気に触れ、微かに震えた
「腕を後ろに回せ」
彼女はためらいなく従った
私は手錠を彼女の手首にかける
カチリ
乾いた音が部屋に響く
拘束された彼女の身体に、緊張と快感が同時に走るのがわかる
初めて感じるであろう、本物の手錠の重み
そして、アイマスクを被せる
彼女の視界が消えた瞬間、身体の重心がほんのわずかに揺れた
けれど倒れはしない
むしろ、彼女はしっかりと立っていた
自ら進んで、その場所に立っていた
私はその姿に、強く、惹かれた
脳にドーパミンが放出され、クラクラした
「もう戻れないよ」
そう言うと、彼女はゆっくりとうなずいた
その頬には恍惚とも、覚悟ともつかない紅が差していた
私は自分の手のひらに熱が宿っていくのを感じた
その熱を、これから、彼女の全身に注ぎ込む
彼女がそれを望んでいる限り、私は止まらない
本気で応える
ただそれだけだ
手錠をかけ、目隠しをした彼女は、部屋に立たされたまま、呼吸だけで存在を主張していた
音を立てずに、私はその周囲をゆっくりと一周する
まるで品定めをするように、あるいは神前の供物を観察するように
視線の代わりに、私の沈黙が彼女の肌を撫でていく
「怖くなったか?」
返事はない
けれど、その肩がほんのわずかに強張った
「今さら逃げられると思うなよ」
言葉は冷たく、突き放すように
彼女は動かない
ただ、その閉じられた瞼の奥で、神経が何かを探ろうとしているのが伝わってくる
自分がどこまでされるのか、自分がどこまで望んでいたのか——
その境界を、いま確かめようとしている
私は指先で、彼女の首筋に触れた
その瞬間、びくんと肩が跳ねる
反射的な拒絶反応
けれど、それは即座に快楽の受容へと転じる
「身体は正直だな。まだ、何もしてないのに」
耳元に、わざと低く息を吹きかけながら囁く
彼女の唇がわずかに開いた
その湿った息づかいが、どこか乱れはじめている
私は手を滑らせ、肩から鎖骨、そして胸元へとゆっくり指を這わせていく
荒々しく乱暴に、という彼女の願望
けれど、最初の段階では、わざとゆっくりとした動きで、期待と焦燥を煽る
「どうした。もっと乱暴にされたいんだろ?」
声だけが強く響く
彼女の唇がきゅっと引き結ばれる
その反応は、内側の葛藤の表れだった
──理性では拒もうとしている
だが、身体はもう応えている
胸に指を這わせたとき、乳首が硬くなっていくのがわかった
「……ここは、正直だな」
あえて強くつまむ
彼女の脚がわずかに揺れる
手錠で支えられているからこそ、全身の反応が鮮明に浮かび上がる
「違う…そんなはずじゃ…」
口にはしない
だが、その呼吸、その微かな首振りが、そう訴えているように見える
私は彼女の太腿に手を伸ばし、内側へと指先を滑らせる
下着の上から、その温度を確かめる
熱い
すでに濡れていた
「もう…こんなに?」
耳元で冷たくささやくと、彼女の喉がかすかに鳴った
目隠しの下で、きっと彼女は自分自身に驚いているのだ
どうして、こんなに感じているのか
なぜ、抗えないのか
どうして、こんなに嬉しそうな自分がいるのか——
私はその葛藤ごと、彼女を抱きしめたくなった
愛おしく思った
けれど、それは違う
これは抱擁ではない
彼女が望んだのは、支配だった
そして私はそれに応える
演技ではなく、私の本気で
「忘れんなよ。これはお前が望んだことだ。俺はただ、応えてるだけだ」
彼女は震えていた
声も出さず、ただ身体全体で揺れていた
快楽が理性を侵しはじめ、判断が曖昧になる
けれど——それでも、身体は私を受け入れていた
私は、そんな彼女がたまらなく美しいと思った
強がりと、脆さと、欲望のすべてを抱えて、なお立っている
目隠しの奥で、彼女がいま見ている世界に、私は確かに存在している
彼女の熱は確実に高まっていた
目隠しの奥の目は見えないはずなのに、私の動きを逐一感じ取ろうとしているように、頬をわずかに傾けていた
耳で、皮膚で、空気の動きさえ敏感に拾っている
私はベッドに腰を下ろし、言った
「こっちに来い」
手錠で拘束されたままの彼女が、わずかに困惑するように身体を揺らす
だが、戸惑いは一瞬
すぐにゆっくりと、慎重に足を進めはじめた
視界が閉ざされたままのその姿は、まるで導きを待つ儀式の最中のようだった
「もう少し前だ。そう、あと一歩」
彼女が膝を床についたのは、私の脚の間だった
無防備に、そして正面から私を受け止める体勢
その状況を、彼女自身が自覚していた
肩が小さく震えている
でも、それは怯えではなかった
未知の扉を前にしたとき、人が感じるあの高揚と同質のものだった
私は指で彼女の顎をそっと持ち上げた
目隠しの下の頬が紅潮している
呼吸は浅く、唇は乾きかけていた
「口を開けろ」
低い声で命じる
その一言で彼女は何かを察した
彼女の唇が、わずかに、震えながらも開いた
喉の奥まで見えるほど大きくはない
けれど、彼女の中で大きな決意をともなった小さな開口だった
「素直だな。……それでいい」
言葉とともに、私は自身を彼女の前に差し出した
そのとき彼女の身体に走った小さな緊張は、まるでピアノ線のように張りつめていた
だが彼女は逃げなかった
いや、逃げられないのではなく——逃げなかったのだ
静かに、受け入れる
羞恥と期待と、理性の境界をひとつずつ越えて
彼女はその唇で、私の熱を迎え入れた
「……そうだ。いい子だ」
私の言葉に、彼女はわずかに反応する
眉がぴくりと動き、頬がさらに赤らむ
きっと心の奥では、羞恥と誇らしさがせめぎ合っている
どちらが勝るでもなく、ただ全身がその火照りに包まれていく
ゆっくりと、確かめるように
自らの意思で、彼女は口を開き、受け入れる
命じられたからではない
望んだからだ
私はそれに気づいた瞬間、思わず彼女の髪をそっと撫でた
支配しながらも、どこかで敬意を抱かずにはいられなかった
「もう、戻れないな」
そう囁いたとき、彼女はわずかに頷いた
口は塞がれていても、彼女の意思はそこにあった
「もっと、奥まで連れていってやるよ」
囁きとともに、私はさらに深く、彼女の中へと沈んでいく
彼女の戸惑いも、熱も、ぜんぶ引き受ける覚悟で
彼女は悦んだ
目隠しで視界を奪われ、辱めを受け、無慈悲に犯された
男には太刀打ちできない
その覚悟を持って、とうとう理性を捨てた