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優美夫人

投稿者:圭一 ◆QhdLAF3pu.
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2010/11/08 12:06:56 (Dh6sS4aD)
「圭一。」

「はい。奥様。」

この牧方家の運転手兼使用人として仕える様になって早いもので3年が経つ。

不況の煽りで会社が倒産するのと同じ時期に4年前に上司の紹介で結婚した妻とも別れた。

子供はいなかったのが幸いだった。

すべてを失った様な気分になり,僅かばかりの蓄えを持ってアパートを引き払い,子供の頃から憧れていた北海道に生活の拠点を移す事にしたのだった、

上野駅の地下ホーム‥
新しい生活への旅立ちに寝台列車を選び一時間も早くから入線を待っていた。

今日で東京を最期にする去愁を盛り立てるものがそこにはあった。

深まりゆく秋に北海道や東北では早くも雪が降り出したとニュースでは言っていた。

関西の温暖な地方に育った自分には雪そのものに触れる機会も思えば少なかった。

東京で過ごした5年間の間に何度か見た辺りを真っ白に染める雪の美しさに感動したものだった。

明日の今頃は‥

寂しさと共に新しい大地に期待があった。

ほどなくして入線してきた列車に乗り込んだ。

新しい旅立ちに奮発して一人用の個室を取ろうとしたが埋まっていて二人用の個室になってしまった。

先の予定も何も見えない自分に贅沢な気はしたのだったが‥

荷物を部屋に置き,本を広げると列車が一揺れして走り出したのだった。

上京してきた日の事を‥上司に紹介されて妻と初めて会った日の事を‥
アパートを借りて一緒に暮らし始めた日の事を‥

物思いに耽るにはちょうど良かった。

そして‥
思い出しているうちに涙に視界が曇ってきた‥

自分の人生とは‥

振り返るのは止めよう‥
そのために今までの生活を捨てて新しい旅立ちを決めたのだから‥

駅で買った弁当を広げていると孤独を感じずにはいられなかった。

連結しているサロン車に出向いてみると深夜に近い時間のせいか中年の夫人を従えた意味ありげなカップルが一組みいるだけだった。

空いているソファーに座り,流れる景色を見ながら眠くなるまでの時間を過ごす事にした。

そのうちカップルの夫人が席を立ち,車内には初老の男と自分だけになった時

「ご旅行ですか?」

と男が話しかけてきた。
今にして思ってもどんな話しをしたのか覚えていないのだが,なぜか東京を今夜最期にする事になった経緯やこれからの事を話してしまっていた。

 
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投稿者:圭一 ◆QhdLAF3pu.
2010/11/13 18:01:15    (h4PsvDwi)
荷物を解き,暖炉の灯されたリビングへ降りて行くと牧方氏が隣に座る様に言ってくれた。

「おしゃべりに付き合わせたら可哀想よ。疲れてるでしょう‥お風呂入ったら。」

「そうだ。昨夜も遅かっただろうし‥今夜は早く寝ると良い。」

「はい。ありがとうございます。」

「少し飲むかね。」

テーブルに置かれたワインを注いでくれると,夫人が

「チーズも美味しいから食べてみてね。」

と皿に盛り付けたチーズを勧めてくれた。

「お隣の牧場で作ったのを分けてもらったのよ。」

ゆっくりと‥時間が流れていく‥
東京での生活では考えられない事でした。

父親ほども年の離れた牧方氏と夫人の子供となった様に‥
とても落ち着けて,安心できるのでした。

「長い人生の中で振り返り見つめ直したり,先の事をゆっくり考えるのはとても大切な事だ。ゆっくりすると良い。」

ありがたい提案ではありましたがお二人にそこまでしてもらう理由もないところです。

そのままを話すと

「では,こうしたらどうかな。私も家内も正直なところ,毎日顔を突き合わせて二人だけでいるとささいな事でぶつかる事もある。見た通り,二人共に意地っ張りなものだから一度ぶつかると3日も4日も尾を引いてしまうのが常だ。そこで君に二人の緩衝材になって欲しい。老い先短い人生で3日と言えどもつまらない時間を過ごすのが勿体無いから。どうだろうか?」

「はぁ‥何をすれば‥」

「いてくれれば良いんだよ。もちろん君は時間を好きに使ってくれて構わない。」

こうして,何の血縁も利害関係者もない牧方夫婦の家に居候をする事になったのでした。

最寄りの駅までは一時間以上も掛かる雪深い山の中で‥
就職の世話をしてくれるはずでしたが,一向にその気配もなくたまに近くの酪農家の手伝いをしたりする位しか仕事らしい仕事もなく,牧方氏は自分の子供の様に接してくれるのにいつしか甘えていたのでした。

週に一度ないし二度ほど牧方氏は会社の顧問として出掛ける事がありました。

送り迎えに車を運転する度に

「すまないな。たまには札幌にでも出て遊んできても良いのだよ。」

と優しい言葉を掛けてくれるのです。

「それよりも,仕事を見つけないと‥」

「慌てる事はない。山に囲まれて年寄りの相手じゃ可哀想かな。」

「そんな事は。」

いつも同じ話しの結末になるのでした。
9
投稿者:圭一 ◆QhdLAF3pu.
2010/11/12 21:59:33    (vRVEpe7A)
列車に揺られながら‥

本当に運命とはわからないものだと思わずにいられなかった。

淡々と雪原の中を走る列車の車内には自分の他に数組の乗客がいるだけだった。

牧方氏から教えられた駅に着いたのは札幌を出て優に2時間近くも経っていた。

駅前の店はどこもシャッターが下がりしんしんと降る雪の中に自分一人となり不安になっていた。

携帯で先ほどの牧方氏の自宅に掛けるも留守電になってしまい,益々不安になってくる。

本当に来てくれるのだろうか‥
もしこんな雪の中に置き去りにされたら‥凍死して‥

悪い方へ悪い方へと考えているうちに一台の四輪駆動車が街中を走ってきた。

立っている自分の横に止まると助手席のガラスが開き

「ごめんね。寒かったでしょ。」

夫人が声を掛けてくれたのでした。

「いや~悪かった。寒かっただろ‥荷物はコレだけで良いのかな?」

牧方氏が降りてきて後ろのトランクルームに荷物を入れてくれてから手を差し出した。

「遠いところを良く来てくれたね。」

握手をした時に小柄な体格と柔和な人当たりからは想像がつかないほどの大きな手のひらに驚いたのでした。

聞くと一時間以上も走った集落の外れに家がある様で辺りには何もないとの事だった。

「今日は遅いから,明日案内してあげよう。」

沢を渡り,見渡す限り何もない雪原を走り抜けて木立の中をしばらく走ると何軒かの家の明かりが木々の間から見えた。

「もうすぐだからな。」

ヘッドライトに照らされる道は雪が覆い,しっかりとした運転に感心するばかりだった。

そして木立が途切れた様に拓かれた中に大きな家があった。

まるで絵はがきに見る風景の様だった。

「さぁ,入ってくれ。」

北海道の家はどこでもそうだが室内に入るとムッと汗が出てくるほど暖房されている。
氏の家も例外なく2時間以上も無人だったはずだが断念性能が良いのか暑いほどに暖房された熱気が冷めていなかった。

「ゆっくりとしてね。」

夫人に案内されて2階の空き部屋へと荷物と呼べるボストンバッグを抱えて上がったのだった。

客間として造られた10帖ほどの部屋にベッドが二組置かれていた。

東京で住んでいたアパートよりもずっと贅沢な造りの部屋だった。

「疲れてるでしょうから,お風呂入ったらすぐ寝ると良いわ。お腹は空いてない?」
8
投稿者:読者くん ◆sGCcOnd0Is
2010/11/12 21:27:15    (nsVyLR7u)
続き、楽しみにしています。
7
投稿者:文太
2010/11/10 15:06:12    (WASMAOpp)
続き楽しみにしています。
6
投稿者:圭一 ◆QhdLAF3pu.
2010/11/09 19:02:24    (A42YBVFs)
挫折‥
しかも1日で。

札幌に向かう列車に揺られて感じずにはいられなかった。

誰も知り合いのいない‥
雪が舞い散る車窓の景色を見ながら不安さえ感じてしまったのでした。

早めに住む場所と仕事を決めなければ‥

札幌の街に戻ると夕方と呼べる時間なのに,既に辺りは真っ暗になっていた。

駅前のビジネスホテルに取りあえず落ち着いて明日からの事を考えている時に携帯電話が鳴った。

番号を見て見慣れない局番に首を傾げながら出てみると牧方氏からだった。

「どうですか?良い就職先は決まりそうですか?家内が心配して電話してみろと。」

その時の電話ほど心強く,温かく感じた事はなかった‥

まるで父親と話している様に‥

小樽では就職先は望めない事‥
札幌に戻りビジネスホテルへ泊まっている事を話すと

「失礼だが‥何のツテもなく東京での仕事以上を望むのは難しいと思う。これは現実なんです。悪い事は言わないから私に任せてみないか。」

と諭す様に話してくれて,聞いているうちに涙が出てきたのでした。

「何も恥じる事はない。人と人とのつながりとはそう言うものだから。」

その言葉を聞いて甘える事にしたのでした。

「気を使う様なら,うちでなくても知り合いの所に聞いてあげる事もできるから。」

「ありがとうございます。」

ありがたく思いました。

「札幌のビジネスホテルにいるのかね?」

「はい。」

「良かったらうちへ来ないか?」

「いえ。そこまでしていただいては。」

「構わないよ。空いてる部屋もあるし,暇な年寄りの話し相手になってくれれば私も嬉しいから。家内も喜ぶし,そうしなさい。」

「でも‥」

「嫌じゃなければそうしなさい。気を使う事もないし。」

迷っていると

「今から迎えに行くよ。」

「え?今からですか?」

「よし。そうしよう。」

「そんな,明日でも‥」

「気が変わるといけないから今から行く。」

年配の人にありがちな言い出したらきかない様なところを感じて,迷っていると

「少し遠いから君も途中まで出てきてくれるかね。」

話しぶりで同じ札幌市内だと思っていたのですが話しを聞くと北海道の中央,美瑛と言う所に住んでいるとの事でした。

「どう行ったら良いのですか?」

札幌から列車でもかなりかかる所の様で不安になったのでした。
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投稿者:らん ◆C7qk/j4PPc
2010/11/09 14:23:16    (mKmUdiCa)
自分も北海道いってみたいです。
4
投稿者:圭一 ◆QhdLAF3pu.
2010/11/09 08:39:14    (A42YBVFs)
しゅんさんレスありがとうございます。

板にはかけ離れた始まりですがもう少しお付き合いください。

食堂車に約束の時間に向かうと夫人を従えた牧方氏が入り口前のソファーに座り,既に待っていた。

昨夜サロン車で見た夫人の印象とは明らかに違い,上品な優しい微笑みで迎えてくれた。

食事をしながら氏から自分の事を聞かされると

北海道の冬の厳しさ,就職難は本土以上である事を聞かせてくれて,

「あなたの所で何とかならないの?」

と心配してくれたのだった。

氏も同じ事を考えてくれていた様で夫人と一緒に誘ってくれたのだったが,まだその時は何とかなるだろう位の軽い気持ちで丁重に断りをしたのだった。

私とは一回りと違わない夫人とはなぜか話しがはずみ,私と同じく東京から出た事を。

氏の側の親戚筋からは認めて貰えない寂しさを話してくれたのだった。

食堂車を出てサロン車に移ってからも専ら夫人の堰を切った様に話すのを氏と共になだめながら聞いてあげていた。

「あら‥もう長万部‥用意もしてないのに。」

慌てて出て行った夫人を見送って氏と話しをしていた。

「あれが随分,君を気に入った様で珍しい事だ。落ち着いたら遊び来ないかね。」

「はい。ありがとうございます。」

何の身よりもない土地で私にも心強い言葉だった。

終点の札幌駅のホームで牧方夫婦と別れる時も,

「困った時は必ず連絡する様に。落ち着いたら遊びに来る様に。」

と念を押されたのだった。

一期一会‥
運命,出会いとは不思議なものだと思いながら小樽に向かう列車に揺られていた。


写真で見た小樽の街は想像していたよりずっと小さいものだった。

雪の舞う運河沿いを歩き,赤レンガの倉庫を見て回るのに半日と掛からなかった。

ガラス細工の工芸品の店を廻りながらいったい自分は何をしたいのかと疑問を感じ始めていた。

土地の人に職業安定所の所在を聞くと,口々に

「札幌へ出た方が良い。」

と勧められて,観光と漁業の中心のこの街に自分の居場所はないのだと痛感したのだった。

街を歩きながら雪で濡れた革靴から水が染み込み長靴を買う事にした。

取りあえず今夜寝る場所を捜そうと駅前に戻り案内所で聞くと旅館を勧められた。

「ビジネスホテルは?」

何もかもが札幌に出た方が良いと言われて札幌に戻る事にしたのだった。
3
投稿者:しゅん ◆xKpj/M.Qlk
2010/11/08 14:47:18    (DaFnzJF3)
はじめまして続きが気になりますね
2
投稿者:圭一 ◆QhdLAF3pu.
2010/11/08 12:51:18    (Dh6sS4aD)
なぜその時,初めて会った男に話す気になったのか‥
今でもわからない。

「北海道のどこへ?」

それさえも決めていなかった。
ただ憧れに近いものを感じていた小樽と言う街を見てみたかった。

「小樽と言うところを‥」

「そうですか。何か困った事があったら連絡をしてきなさい。」

そう言って名刺の裏に連絡先の電話番号を書いて渡してくれたのだった。

「私は‥」

その時になって免許証しか身分を証明するものを持ち合わせていない事に気づき,恥ずかしくなりながらペンを借りて備えてあった案内の紙の裏に携帯電話の番号と名前を書いて渡したのだった。

「あれには‥」

初老の男がこぼす様に漏らす言葉に耳を傾けていた。

意味ありげなカップルと思っていた夫人とは3度目の再婚相手である事。

成人した子供達からは反対された事を聞かされたのだった。

男も旅先の気安さもあったのだろう。

初めて会った私に愚痴に近いものをこぼしながらも,夫人への愛を語っていた。

「良かったら朝食を一緒にどうですか?」

遠慮をしていると

「携帯電話を鳴らさせてもらいます。つまらない話しに付き合ってもらったお礼をしないと。」

断るより先に男は立って出て行ってしまったのだった。

差し出された名刺には聞いた事のある乳製品メーカーの会長職となっていたのを見て驚いた。

景色の中に横に流れる雪が映り始め,何もない大地が白く染まっているのが時折見える街路灯に映っていた。

個室に戻り,本を読んでいるうちにいつしか寝ていた。

うとうととしながら青函トンネルに入るのを車内アナウンスに流れたのをおぼろげながら覚えている‥

失業してから早起きする習慣もなくなっていた。

列車の揺れに何度か目を覚ましながら旅をしているのだと思い起こされては眠りの中にいた。

そして‥

携帯電話の呼び出し音に起こされて見ると見覚えのない主からの番号が執拗になっていた。

「牧方です。まだ寝ていましたか?」

牧方‥?
間違い電話かと思い返事をしようと思った時,昨夜の男からの誘いを思い出した。

「いえ‥大丈夫です‥」

「失礼とは思いましたが‥いかがです。30分後に予約してあるので。」

図々しくも朝食をご馳走になる事にして,約束された時間に食堂車へと向かったのだった。
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