私が中3の頃の話です。とある幼馴染の女の子がいて、その子は時々「予防のため」
と言って使い捨てプリーツマスクを着けていました。
　とても真面目な子でしたので、ノーズワイヤーを鼻先の形にピッタリフィットさせ、
蛇腹をこれでもかと言うほど上下に伸ばし、目下ギリギリから喉奧まで覆い
(面長なので大人用マスク使用)、更には耳紐を一回結んでマスクがズレないようにしていました。
　彼女を見ていると会話するのに合わせて、両頬と顎に引っ張られてマスクの形がクシャクシャと
複雑な形に変形します。

　当時はマスクを着けていても大半が隙間空きまくりの所謂「伊達マスク」で、
正しくマスクを着用するのは彼女だけでした。
　着用の仕方にも拘りがあります。まずワイヤーを自分の鼻に当てながら曲げ、プリーツを全開にします。
次にキツく結んだ紐を耳にかけ、片手でワイヤーを目下ギリギリにあてがいながら、
もう片手で下に伸びたプリーツを顎奥まで引っ張ります。
　最後に隙間がないか全体を指先で撫でまわしてチェックしてゆきました。
正に保健の教科書にでも載せるべき着用方法だと感じます。またマスクの形も3段プリーツが
お気に入りのようで、Ω形プリーツを着けている姿は余り見かけませんでした。

　そんな真面目マスク少女にもツッコミどころがあり、マスクの着け方には拘りがあるものの
「使い捨て」という肝心な所には関心が無いらしく、一日中着けたマスクを2～3日間使い回していました。
　彼女は帰宅時にマスクを教室に置きっ放しにしていました（机のフックに吊るしてある)。
使い回す日は朝会の時にフックにかけているマスクを取り出して丁寧に着用儀式をしていました。

　私はマスク姿の彼女を見ながら疑問を抱いていました。同じマスクを一日中。
それも何日にも渡って着用して、唾臭くならないのかと。
当の本人はそんなマスクを着けて何食わぬ顔で会話をしています。会話中ならまだしも、
黙々と勉強しているのなら唾が乾燥してイヤな臭いが漂ってくるでしょう。

　ある日、放課後の教室で彼女のマスクが目に留まりました。案の定一日中着けた物を置いている様です。
いけない事と理解していましたが誰も居ないのを見計らい、そのマスクを取って急いで鞄に隠しました。

　私は個室に入り、鞄から件のマスクを取り出して先ずはその形状を観察しました。
彼女はマスクを取る際、必ず蛇腹を開いたままにする癖があります。
　マスクは元が長方形の不織布とは思えない程顔のラインに沿って複雑な形状になっています。
マスクを正面から見ると、鼻が高めの人だからか鼻先から顎に向かって最短距離で蛇腹が伸びきり、
プリーツの先端は上下の引っ張りに耐えきれず「谷」のようになっています(上から見ると／v＼な感じ)。

　固く結ばれたマスクの紐を耳にかけ、蛇腹を自分の顔にフィットすように調整します。
そしてノーズワイヤーを鼻のラインに沿うように曲げます。
彼女の大人用マスクは、着用した自分の顔をすっぽりと覆い尽くしました。

　私は、深く息を吸いました。

　酷く後悔しました。結んだ紐もキツすぎて耳が痛くなりましたが、それ以上に吸い込んだその空気は
毒ガスとでも言うべきものでした。
それまでは「唾の乾燥したお酢のような香り」だと思っていましたがそれだけでなく、
強烈な「歯周病」にかかっている口の臭いが襲ってきたのです。
　体験した事のない酸っぱくて生臭い臭いに、私はたまらずマスクを外します。
信じられないような悪臭がにわかに信じられず、意を決して再度着用しました。まるで下水道のような臭い。
具体的に言うと、う〇こと生ゴミと酢飯が混ざった臭いとでも言えばいいでしょうか。

　思い返すとマスクを着用するタイミングの彼女を見ていると、使い回すマスクを着用した日に限って
着けた瞬間に顔をしかめたり、着けたマスクを一度外してティッシュで内側(唇に触れる辺り)
をゴシゴシと拭いていました。内心「唾が乾いてるなら意味ないんじゃ」と思いながら見ていましたが、
その意味がようやく理解できました。

　彼女の家は、余りお金があるとは言えない家でした。それを鑑みると彼女が使いまわすマスクを
臭いと思っていながらも、数日交換しない理由が分かった気がしました。
いや、「交換しない」ではなく臭い程度の理由では「交換できない」金銭的事情があったのかも知れません。
　ましてや中3という勝負の時期に感染病にかかれば受験でハンデを負う事になるでしょう。
だからこそ、臭くても隙間なく着用して感染予防しなければならないのです。

　私はどんな理由があれどアノ激臭を放つマスクを着用し続ける彼女を特別な目で見るようになりました。
彼女がそういう性癖だったのかも知れませんけどね。

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