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2010/11/05 15:43:30
(TTPyeblF)
若かりしころの思い出に浸っていたらこのサイトに出会いました
今日は書きこませて頂きます。
私は中学2年生に両親を無くし妹と私はそれぞれ親戚の家に預けられたのです
叔父夫婦とその姉が同居し子供はもう自活しており3人暮らしの家に私が居候
という形です。
とても優しくしてもらい幸せに暮らしておりましたが、ご主人が愛人を作り
家に帰らなくなってしまいそのころから家庭は荒れて叔母さんと姉もすこし
意地悪な態度で僕は当時本当に悩みました。
叔母さんとその姉は当時40代後半で、普通のそのへんにいる中背中肉のオバサ
ンで、特にセクシーなわけでもなくまったく興味がなかったのですが
中学を卒業すると進学もさせてもらえず就職もさせてもらえず、家の家事手伝
いをするようになりました。二人とも特に仕事はしておらず。時々叔父さんが
家に来ては僕に声をかけてくれる感じでした
家は立派ではないですが大きな家で働かなくても、食べていける資産はあった
ようです。
家事もキツイわけではなく従順な僕は毎日家事をするのですが不満もありませ
んでした。
洗濯もするようになりおばさんたちの下着を洗濯するようになりパンティが目
立ち興奮しっぱなしな毎日でした。
やりたい盛りの僕には勃起しっぱなしなのでパンティをひっくり返して汚れた
部分の匂いを嗅ぎセンズリしまくりの毎日でした
こってりと汚れており普通の白いパンティなのですが最高のオカズです
やはりバレました。
あんた、なにしてるの??馬鹿じゃないの???
散々脅され殴られました
この日から監視され軟禁状態になりオナニーをしてはいけない
事になり夢精して殴られる状態で
オバサン二人に毎日罵声をあびある日
裸になりなさいと言われ裸にさせられ、僕のギンギンになったペニスを
目の前にさらす事になったわけです
あんた馬鹿じゃないのなんで勃起してるの?なに期待してるの?
後で知るのですがオバサン二人は叔父さんと三人でセックスしていたみたいで
かなり変体なプレーをしていたようですが、叔父さんがいなくなり毎日オナニ
に明け暮れており はっきり言って不細工ですし社交性も無い二人なので
ずっとセックスもしていなかったようです
僕のペニスはかなり大きいと思います。包茎ですがカリが大きく目立ちます
きっとおばさんたちは限界だったのかと思います。
二人とも僕のペニスをほしかったのでしょがその時はプライドがゆるさなかっ
たのでしょう。この日から毎日しつこく監視されトイレも風呂もドアを開けた
ままで監視され、寝るときも同じ部屋になりました。
僕になにもしてくるわけではなくもう限界はそぐそこまで来ていました
数日オナニも出来ない状態で裸同然のカッコで毎日を過ごし
その日のは来ました。
僕は手足を縛られ、裸にされました
おばさん達は僕の前で、下着だけになりました
不細工なおばさんたちですが体は意外といい感じで僕は強く強く勃起して
頭がおかしくなりそうでした。
我慢汁がこれでもか?というほど出まくり、痛いほど勃起し爆発寸前です
おばちゃんたちも今日は覚悟を決めたようです。僕は予感しました
馬鹿みたいに勃起させて頭わるいね、だいたいあんたが家に来てからろくなこ
とが無いとか、そのせいで叔父さんが出て行ったなんて罵倒されました
姉はもう我慢限界のようで。パンティを横にずらしマンコを見せました
初めて見たマンコ。でもオバサンの。
我慢は限界ですがペニスに触れないので苦しくて苦しくてたまりません
僕はうううと声を出しマンコを見つめながらのけぞりました
姉のマンコはどろどろと愛液を垂れ流し目は潤んで今までに見せた事の無いよ
うな表情でした。童貞の僕にどれだけの試練なのか。発狂しそうです
妹も表情がかわりこちらに尻を向けてパンティを下ろして丸見えにしました
毛が薄くて大きなお尻でグロい具が丸見えで白い液体がどろどろ出ていました
ほらこれ見たかったんだろ??普段嫌いだったおばさんたちがこんなに勃起さ
せてくれるなんて。
勢いよく精子がほとばしります。1メートルは飛んだでしょう
これ以上にきもちいい射精はいまだないかもしれません。
おばさんたちは初めて僕の射精を見ました。
あとは交互に僕に乗り散々腰を振り我慢させられ何度も何度も射精させられます。
それからは毎日クンニされられ騎上位され。我慢させられ
逆便器となり、何度も射精させられたり、散々やられましたが
これが叔父にばれて家を出ることになり、新聞屋に住み込みとなり
そのあとも毎日呼ばれては外で便器となり僕も幸せでした
新聞屋で彼女が出来てその新聞屋を逃げ出し彼女と結婚しました
それいらい叔母たちとは会っておりません
今生きていたら60代でしょう
いい思い出ですね