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2022/02/11 19:43:06 (geWlXucE)
もう時効だと思いますので書きます。[長編物語]



数年前、当時高校生の私は春休みを迎えていた。その日は部活(吹奏楽)の練習として
登校した。前日に突然決まったことだが、今日は隣市のホールで演奏会の模擬練だ。
いつも通り、部活開始の一時間前に家を出発した。学校までは歩いて20分くらいだ。
朝から雨模様で肌寒いが、天気予報では昼前から晴れて暖かくなるようである。

学校に着いて校門をくぐると、前方を歩く人影が見えた。肩下まで伸びた髪とやや華
奢な体つきで背が高い生徒。同学年同部活のミズホさんだ。吹奏楽部でトロンボーン
を担当している。腕前はあまり上手くはないが、頑張り屋さんである。
春とはいえまだ寒いのに、生足に黒いハイソックスを履いているように見えた。



昇降口に近づいて靴を脱ごうとしているミズホさんを見ると、思わず目を疑った。先
程までハイソックスだと思っていたモノはなんと「ゴム長靴」だった。
しかし只の長靴ではない。全体のラインは繊細で華奢な感じで、ヒールこそ薄っぺら
いが如何にも女性物らしい美しいデザインだ。
そんな長靴は黒一色でシンプルだが、表面はマットな感じで高校生らしい落ち着きを
感じさせた。

しかし何より、かなり長い。ミズホさんは高身長(166cm)で脚も長いが、長靴は膝下
どころか膝小僧をも隠している。優に50cmはありそうな長さだ。
履き口辺りには赤の四角いプレートに、何やら文字が書いてあった。「JC」とある。


 後日調べたら、「Jeffrey Campbell」というメーカーのゴム長靴らしい。
その長靴は「Marsha」という名前で、新品で買うと一万円はするとのこと。


ミズホさんが脱いでいった長靴は、長すぎて下駄箱に収まらない。仕方なく下駄箱の
上に並べられていた。
ゴムフェチだった私は我慢しきれず、周囲を確認してから長靴を拝借し、置きっぱな
しだったスキーバッグに入れた(冬のスキー授業が終わっても、春休みまで学校に置
いておく人が多かった)。

トイレの個室で一連の儀式をして、満足した私は長靴を下駄箱まで運び、元の場所に
戻しておいた。長靴を少し汚してしまったが、まぁいいか。



30分後、部活の朝会が始まった。早速今日のスケジュールを先生が話した。
ふとミズホさんを見ると何やら驚いている。そうだ、ミズホさんは数日家の事情で休
んでおり(旅行だったかな?)、今日は久しぶりの参加だったのだ。さらに運悪く連絡
も行き届いておらず、初耳だと言っていた。
幸い初めから一日練習予定で、弁当も持っていたのでもちろん参加する事になった。

今日はまずバスの荷物庫に楽器を積み込んで、それに全員が乗ってホールに向かうの
である。
しかし積み込みが終わっても、ミズホさんは下駄箱の前で荷物を整理するフリをして
いるのか、なかなか靴を履こうせずに後ろが詰まっていた。痺れを切らせた同級生が
急かすと、渋々と例の長靴を手に取った。
その瞬間、周りからヒソヒソと笑い声が聞こえた気がした。

例の長靴はとても柔らかい材質のようで、ミズホさんは両手で履き口を持ちながら足
首をまっすぐに曲げて爪先を滑り込ませた。「スポっ」という気持ち良い音がした。
ミズホさんは恥ずかしそうに俯いたまま、足早にバスに乗り込んでいった。



それから私達が乗ったバスは一時間走って、隣市のコンサートホールに到着した。
その頃にはすっかり雨は止んで晴れ間が見えていた。気温も上がってきたようだ。
練習メニューを詳しく紹介すると、午前は全員で去年のコンクール曲やイベント曲、
午後は楽器ごとに分かれてアンコン曲の練習後、グループずつ出来栄えを発表すると
いうものだ。

コンサートホールは数年前に完成したばかりで空調の効きがよく、むしろ暑いとさえ
感じるほどだった。なのでほぼ全員が制服の上着を脱いで練習に臨んだ。
また、ホールは当然一般的な土足方式である。ミズホさんは長靴なのでさぞかし暑い
だろう。



さて、午前の練習は無事に終わり、いよいよ本題ともいえるアンコンの練習である。
私は木管で、発表順は一番最初。発表とはいっても先生が気に入らないと指導が入る
し、途中で躓けばその曲を最初から演奏するペナルティ付きだ。
木管は順調にクリアして、次は金管だ。ミズホさんはトロンボーンなのでこのグルー
プである。しかし金管はお世辞にも上手いとは言えない人ばかりだ。

ミズホさんはまだ一年生。しかも吹奏楽は高校から始めたばかりだ。腹式呼吸がマス
ターできておらず、楽器内にツバが早く溜まってしまうのだ。
本当なら練習時は、ツバ用の雑巾を携えてステージに上がるのだが、まさか指導が長
時間に及ぶとは思わなかったのだろう。雑巾は持っていなかった。

指導が始まるとすぐ、ミズホさんのトロンボーンからはツバが溜まった「ゴボゴボ」
という異音が聞こえてきた。
トロンボーンはスライド管の先端にツバ抜きコックが付いており、そこを地面や雑巾
に押し付ければツバが排出できる。
しかし今は雑巾がない。ツバを抜かなければ異音を出しながら演奏するか、ステージ
にツバをまき散らすしかなかった。


迷っている暇はないとミズホさんは察したのか、曲の休符に入った瞬間、素早くツバ
抜きを地面に押し付けてツバを排出した、はずだった。


ミズホさんがツバ抜きを当てたのは地面ではなく、履いている長靴であった。
「あっ」とマズい表情を浮かべたように見えたが、時すでに遅し。ツバはまんばんな
く長靴の甲にまき散らされた。



  汗ばんでYシャツを袖まくりし、それでも懸命にトロンボーンを演奏する。
足元にはまき散らされたツバが溜まっている。
  そしてツバと私の白い体液がかかった、ドロドロの汚いJC-Marsha長靴。



指導は結局一時間半にも及び、やっと解放されたミズホさんが近くの観客席に腰掛け
る。その足元にはもちろん例の長靴。
先ほどのツバや体液が乾いて、甲の部分が白いシミのようになっていた。まるで泥溜
まりにでも入ったかのような汚さだった。

練習が終わって帰る頃には、ミズホさんは恥ずかしがる事もなく、自慢の長靴を履い
て楽器の撤収作業に精を出していた。

帰りのバスで通路の向こう側に座ったミズホさんは、隣の子が寝たのを確認すると、
長靴を手で優しくなでていた。そして、内股になって足元を見つめながら悦に浸って
いるようだった。そして最後に、

「これから、よろしくね」口元の動きからそんなことを言っているように感じた。

きっと、買ってもらったばかりなのだろう。なんていい子なんだろうか。



ドロドロの長靴を愛する少女。今でもその姿は忘れられない。
そして、ゴムがアソコに当たるあの独特な感触も。
 
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