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2018/03/01 03:39:20
(hv7Vhq6f)
告白。
私は30代男性です。
気分を害する方
いらっしゃるかもしれませんが、
ご勘弁ください。
私は卑しい妄想で
陰茎を勃起させ
妄想と現実の解離に寂しさを覚え
その寂しさから、また快楽に身を置いております。
セックスをする相手はおります。
満足できないのです。
勃起した男根を女性器にねじ込み
一瞬の射精の快感に酔いしれる。
それでは、満足できないのです。
もはや正常な人間ではありません。
10代で悲しさや寂しさから
自分で肛門を慰めるようになりました。
今では、肛門への自慰行為で
ドライオーガズム、トコロテンまで
行き着きました。
先日、肛門の形が縦割れになっているのに
気づきました。いわゆるゲイの方のそれです。
悲しさや寂しさからの逃避として、
陰茎をしごき、肛門を慰め、
快楽に身を委ねる。
それはさらに孤独を募らせるものでした。
どなたかそんな私を救って下さい。
私の行為がいかに下劣でいやらしく、
人として正常でないことを肯定してもらいたい。
それはあまりにも大きな優しさです。
そんな方がいらっしゃるわけもない。
何度も何度も心の中で懇願し、
泣き喚きながら、心からそのような方が
現れるのを祈る毎日です。
せめて同じ悩みを抱えている方に
その下劣で、はしたなく、卑しい行為を
肯定してあげたいと思っています。
それは、私が望んでいることで、
その優しさを共に喜び合いたいのです。
この考えはSMの根底にある概念だと
気づきました。
SはMに対して救いと喜びを与え
その救いと喜びを共有します。
Mはその自己否定の肯定に
大きな優しさを感じ、
やがて自己を肯定できるのだと思います。
いつか、私もSとしてもMとしても
その喜びを味わいたい。
道のりは長く険しいかもしれませんが、
いつか出会えるその方を思って、今日も眠ります。