「――う……うぅ……」 その女性は、眠りから目覚め、ゆっくりとまぶたを上げた。 頭ががんがんする――睡眠魔術で強制的に深い眠りに陥ると起こる症状だ。 あたりを見回すと、松明の光が暗い部屋を照らしていた。質素な造りだった。石壁が剥き出しとなっているところを見ると、まるで地下牢のようにも見える。 (ここは……?) 記憶をめぐらし、自分に起こった出来事を振り返る。 ――最後に覚えていることは……そう、自室で調書を読んでいた時だった。ここ数ヶ月、この国で起きている、女性に対する暴虐事件――王宮の内部資料だと言われて、熱心に読んでいた―― (あの資料を渡したのは――渡したのは……確か――) 「――おや、お目覚めになっていましたか、セレーナさん」 不意にかかる声。扉を開けて、一人の男が入ってきた。その格好から、自分と同じゲッフェンの魔導師協会の者であると分かる。 (メフィス=クランツ――!) その男の名前を口に出そうとしても、フーフーと奇妙な音しか出すことが出来ない。 「ふっ――はふっ……?!」 「おやおや、まだ頭が痺れてらっしゃるんですか。自分の置かれた状態も把握できないとは……」 そう言って愉快そうに低く笑う男。眼鏡の奥に見える目が細くなる。 「ふっ……ふふぅ……っ!!」 ガシャッ 身を乗り出そうとしたとき、自分の両腕に感じる痛みが走った。そして、金属音。 「――!!?」 そこで、ようやく自分が今どうなっているのか理解出来た。 身に付けている服こそ男と同じ魔導師のそれだが、手足を鎖で固定され、口には拘束具――ギャグをはめられていた。 「私が気付かないうちに起きてしまって、術でも唱えられたら困りますのでね……今外して差し上げますが、お願いですから妙な真似はしないで下さいよ」 そう言って近づくと、女魔導師の口にはめられた拘束具を解く。 口が自由になったとたん、女性は息を荒げて男に迫った。 「――メフィスっ!! あんた、一体どういう――!!」 「どう……って、研究ですよ。知的探求とでも申しましょうか――」 「け……研究ですって……!!」 両手足につけられた鎖をガチャガチャと鳴らしながら、女は語調を強める。 「えぇ。そうです」 しらっとして、男は続けた。「この国で起きている一連の事件――貴女もご興味をお持ちでしたが、その件に関して、すこし突っ込んでみたくなりましてね……」 「それと、わたしのこの状態と、どう関係があるのよっ……!」 鋭い視線を向ける女魔導師。 その言葉に男は、動じるどころか逆に嬉しそうな――高揚感に満ちた顔を向ける。 「犠牲になった女性達は、発見されると王都へと移送されて、その先はブラックボックスになってしまうんですよ。この前の、ゲッフェン塔での事件ですら、われわれ魔導師協会には何の通達も無く、女性はそのままプロンテラへ送られてしまった――」 口惜しそうに表情をゆがめる。 男が言っているのは、数日前に起こった暴行事件だった。ゲッフェン塔の地下で、女性が襲われたのだ。 その女性が塔から運び出されたときのことは、脳裏に強烈に焼き付いている。担架に乗せられた体、被された大きな布。だらりと垂れた腕はピクリとも動かず、死んでいるのか生きているのか見分けがつかない。ただ、布の下から糸を引いて垂れてくる不気味な濁液が、その陵辱のすさまじさを物語っていた――。 「今回、ようやくその資料の一部を入手出来たわけなのですが――あぁ、これはお見せしましたね」 ぺらぺらと数枚の紙の束を見せ、男は続ける。 「私はね、紙面上に記された『結果』だけを見て満足できる人間じゃないんですよ。全てこの目で確かめたいのです。人間の女性を使って子を遺そう
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