後日談
それから一応、、約束は守ってくれましたみたいです。
私は先に旦那である悠一に「お父さんが介護サービス受ける気になったみたい」と言って、もし義父が義母に言ってなかった場合、麻理は1人で何を言ってるんだ?となりますよね。ですから本当に義父が介護サービスを受けるというかどうか試してみたのです。すると翌日になって義母が旦那に「お父さんが介護サービス受けてみようかといってるんだけど」と言われたみたいで、私も「そういえば言ってた言ってた」と話を合わせました。
それから私は精神的に一気に気持ちが楽になり、、、もう素晴らしい開放感でした。もう言葉や文字では言い表せないくらいです。
それからインターネットで介護サービスの会社に問い合わせ、それから打ち合わせ、自宅訪問など様々ありましたが、とりあえず来月1日からスタートという段階までこれたのです。
介護サービスでは基本的な義父の生活周りのお世話となります。もちろん私や義母の負担が完全にゼロになる訳ではありませんが、少なくとも入浴や野外グループへの連れ出しなどしてくれるのは本当にありがたかったです。
ですが、、、。ここは予想してた通りでした。
流石に本番強要などはなかったのですが、今度は「ちゃんと介護サービス受けただろう?すぐにやめてもいいんだよ俺は?」とハンドによる介助は求められて続けたのです。
ですが私ももう覚醒してるというか、、ハンドでの介助なんて何にも苦痛とも思わなくてなっていました。口に入れる性器に包み込む、それを考えたら100000000万倍マシだからです。
むしろ、(どっちが先に根を上げるかこん比べ)みたいな意気込みすらありました。
私は毎週木曜と言わず、「お義父さんしましょうか?」と積極的にハンド介助を買って出て、ヌキ◯してやろう。とおもったのです。
お尻を触られようが、ジャージの中に手を入れられてアソコを触られようがおかまいなし。とにかくヌイてヌイてヌキまくりました。
最初の頃は義父も勘違いして、あの本番の一件から麻理さんが(自分に都合のいいように)変わってくれた、と解釈してたみたいですが途中から「いや、今日はいい」と言ってくるようになりました。
そうするとハンドの日の頻度が自然と落ち着いてきて、、ヌキすぎて勃起すらしなくなっていったのです。
勃起しなければハンドの必要はありません。私は単純に数回のオムツ交換要員となりました。
しばらくすると義父は認知症が一気に進行していき、同じ事を何度も話すようになっていったのです。
ここまできてやっと、、介護サービスではなく高齢者施設への入居がきまったのです。これこそが、、私にとっての真の意味での地獄からの脱出でした。
そんな私は今、もともと働いていた病院に再復帰し仕事、家事、育児と充実した毎日を過ごしています。
心に傷を抱えながら、それでもひたむきに隠しながら生きている私は、このまえ旦那とケンカした事があったのです。
旦那は一人息子で溺愛されて育ったのか、(いい事ですが)かなりの親孝行者であり、介護から開放されてのびのびしている私の態度が気に入らない時があるそうです。
「麻理、介護しなくなって楽になったのかもしれないけど態度に出すなよ。みてて腹が立つ時ある」
などと旦那に言われたのです。私は喉まで、、「あなたの父親が私に何してきたか言ってあげようか?全てのきっかけつくったのは、あなただよ!!私が何年耐えてきたと思ってるの?!」と言いかけました。
それからなんだか、ムシャクシャして(私ってなんなんだろう?竹内家に嫁いできた嫁という名の召使?)って思い始めたのです。
そんな頃、会社でのコンパがあり、、、とある男性からホテルに誘われてしまいました。私は(今更貞操観念っていってもなぁ、、あれだけ義父にグチャグチャに踏み躙られたんだし、、。)と、同時にまったく理解のない旦那への不信感が積もってた事もあり、その誘いに応じてしまったのです。
ですがこの話はスレ違いでもあるので、もし今は書きません。また機会があればという事にさせてください。
とりあえず後日談は以上となります。ありがとうございました。
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