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老人の懺悔

投稿者:
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2014/11/14 17:34:15 (QilC/BB2)
当時の家族構成は
私58歳 定年退職して趣味で小さな畑を耕していた。
妻55歳 スーパの正社員
息子30歳 会社員
息子の嫁32歳 専業主婦

晩秋の陽だまりのなかで、昔のことを思い出していた。
「いい日 旅立ち」
ラジカセのテープから流れるこの哀愁をおびた曲を、何度も何度も聴いていた。
10年余り前、突然死した息子の嫁の遺品の中にあったテープを再生していくうちに見つけたテープの一つだった。
特に心を打たれた曲だった。
その歌詞の意味をなぞるうちに、なんて悲しい曲なんだろうと思うようになった。

死地への旅立ち。
死に場所を求めてさまよう女の旅路を歌っているように思えた。
亡くなった嫁の私たちへのメッセージではなかったのか?
その頃の嫁の心境を物語るような曲だった。

息子との結婚生活3年余り、女の子を出産して僅かに3日後の死だった。
生まれる日を、家族みんなが楽しみに待っていた。、
しかし、嫁はわが子を胸に抱くこともなく、突然に逝ってしまった。
嫁は帝王切開ではあったが、順調に回復していたはずだった。
その前の日、私はいつものように病室に見舞いにいくと、にこやかな笑顔を見せていた嫁だった。
容態が急変したと、病院からの連絡を受けた、私はすぐにかけつけた。
通された病室には、既に実家の両親がおられた。
お母さんの泣きはらした顔が視野に入ったとき、私は一瞬足がすくんで前に進むことができなかった。
病室の中では、顔に白布を被せられた嫁の姿を見たときは、私はその場に座り込んだまましばらく立ち上がることができなかった。
朝から連絡がつかず、やっと駆けつけた息子が白布をとり号泣した。
そっと覗き込んだ嫁の死に顔は美しかった。
このまま、永久に保存できないものかと思うぐらい美しさだった。
私は余りの悲しさに、嫁の死の現実を受け入れることができなかった。
不思議に涙もでなかった。
急性心不全による死亡だった。
初七日の法要が進むほどに、虚しさはますますつのり、四月になると桜の花の舞い散るさまを見ては嫁を思い、五月には裏山の若葉を渡る風の音に涙した。
四十九日の法要をすませたとき、嫁入り道具の数々がその華やかゆえに、なお悲しく、早い機会に引き取って頂く様に嫁の実家にお願いした。
今返されるとまるで嫁を返されるようで悲しい・・・せめて一周忌が済むまで置いてもらえないか・・・」といわれたまま一年が過ぎ去った。
嫁の部屋に置かれた主を失った三面鏡が、いかにも寂しげで涙をそそられた。
その後の一年ほどは、孫娘に添い寝をしながらいつもいつもこの曲を聴いていた。
本当に悲しかった。寂しかった。

ことの始まりは、息子の結婚前からのことだった。
息子が結婚したい人がいると、家に連れてきたのが亡くなった嫁だった。
反対したのは私の妻だった。
理由は、年上の人とは結婚は許さないと、頑なに反対した。
二歳年上、それだけの単純な理由ではないことは、私は知っていた。
一人息子を溺愛するあまりの反対であることは分かっていた。
息子をとられるようで、単なる彼女への嫉妬だった。 
私には反対する理由はなにもなかった。
むしろ、息子にはもったいないくらいの容姿端麗なお嬢さんだった。
反対する妻を説得したのは、私だった。
妻からの結婚承諾の条件とは、私たちと同居すること。
仕事はやめて専業主婦として家事全般をすること。
そして、彼女は勤めていた会社を退職して、専業主婦として同居することになった。
専業主婦といっても、三人の食事の用意から、洗濯、掃除とまるでお手伝いさんと変わらない重労働だったと思う。
普通は結婚するとせめてアパートでも借りて、数年は新婚生活を楽しむのが常識だった。
そして子供ができてから同居するのも悪くはないと思っていた。

同居してからの妻の彼女に対する態度は、更に冷ややかになっていった。
彼女のすることなすことに、まるで重箱の隅をほじくるように、いやみをいった。
私と息子のいる前では、円満な嫁と姑を演じていた。
さらに、自分の仕事のストレスを解消するかのように、彼女にあたり散らした。
一言も口答えしない彼女には、なおさら不憫を感じた。
数ヶ月が経たったころには、見る影もないほどやつれていった。
一人で泣いている姿を、何度か見かけたこともあった。
あまりのひどさに、私は妻に苦言を呈したが、退職してぶらぶらしている私には、昔の夫としての威厳などなくなっていた。
表向きはわかりましたといったものの、2人の関係は修復出来ないところまできていた。
息子にもそのことを話したが、昔から母親には逆らえない子供だった。
大人になっても、ひとりの男として自分の妻を守る気概はなかった。
彼女から母とのことは相談を受けたが、どうしようもないから、少し我慢してくれと
いったまま、なんの解決方法も見つからないといった。
息子にその都度、話すが、仕事が忙しいと理由をつけては避けられた。
あげくの果てには、帰宅する時間さえ遅くなっていった。
休日すら、仕事だといっては、家を空けることが多くなった。

私の力で何とかできないものかと色々考えを巡らしたが、これといった妙案は浮かばなかった。
とりあえず外で体を動かせば、少しは気分転換にはなるのではないかと考えた。
そこで、私が日頃趣味程度に作っている、畑の世話を頼むことにした。

その畑は、家から数キロほど離れた山間の傾斜面にある10坪ほどの畑だ。
家から僅か数キロの山間ではあるが静かで澄みきった空気が心地よい場所だった。
2人で汗を流して耕す畑の土にまみれながら彼女の顔に少しは生気が戻ってきたように思えた。
それからは仕事があれば、雨の日以外は毎日畑仕事に精をだした。
数ヵ月後には、多くの野菜を収穫できた。
近所にも多くの野菜をおすそ分けできた。
収穫できたのは野菜だけではなかった。
黒く日焼けした彼女の元気な顔と、体にため息がでるような安堵感を覚えた。
彼女も、私を本当の父親のように接してくれた。
お互い冗談まで言い合える仲になっていた。
女の子を持つ父親の気持ちが、少しはわかるような気がした。
彼女を思う愛おしさの中に、今までにない至福の感情がわきあがるのに、
なぜか戸惑いを覚えた。

それは初夏の日差しの強い、木々の緑がまぶしい日だった。
2人でいつものように朝から畑仕事に精をだしていたときだった。
昼になり、彼女が作った弁当を2人で食べて休憩をしているときだった。
急激な空模様の変化と共に、大粒の雨が降り出してきた。
山間の樹木の間に立てた一坪ほどの小さな物置小屋で、雨宿りすることにした。
雨が止む気配がないまま、遠くで稲光と落雷の音が聞こえた。
だんだん近づいてくる落雷の音に、不安を感じながら雨の止むのを待っていた。
そのとき急激な落雷の音と共に大きな地響きが、体全体に伝わってきた。
恐怖のあまり、気がつくと2人はしっかりと抱き合っていた。
どれだけの時間が経ったのか、彼女の震える体温をじかに感じていた。
いまだに震えが止まらない、彼女の密着した汗まみれの体の感触と匂いは、遠く忘れ去っていた心地よい感覚を思い出させた。
落雷が去った静寂のなか、2人の間に言葉は無かった。
覚醒した私の体は、心までも覚醒したようだった。
戸惑う体の変化は、心の変化だけではコントロールできないところまで近づいていた。
そっと覗き込んだ彼女の顔に戸惑いはなかった。
目をそらさない彼女の瞳の奥で、私に何かを訴えかけているかのように感じた。
ためらいがちに顔を近づけていくと、そむけることも無く静かに瞳を閉じた。
私はそっと唇に触れた。
小さな震えが唇に伝わった。
マシュマロのようなやわらかい唇だった。
恐怖で乾ききった唇を、私の舌でなぞるようにして滑らかにしていった。
愛おしさがこみあげて我慢の限界に達した。
神聖な彼女の唇のなかを、まるで蹂躙するかのように長い舌を射し込んでいた。
しばらくすると、呼応するかのように彼女の舌が絡み付いてきた。
お互いの唾液が絡みついて卑猥な音をたてた。
唾液の交換は私の体に若かりし頃の自分を取り戻してくれたかのような感覚を味わった。
すでに長い間使う必要性もなかった男性機能が、まさに若かりし頃のそれと錯覚するほどの復活をとげていた。
自身の勃起した下半身に痛みすら感じた。
汗まみれの2人の体は、なおさらに卑猥さを助長するかのようだった。
どちらからともなく、上半身の雨と汗で濡れた服を脱いでいった。
日焼けした彼女の顔と、服に隠された白い肌のコントラストに思わず見惚れてしまった。
「お父さん、そんなに見られると恥ずかしい・・・そんなに見ないで・・・」
男の血が騒いだ。
倫理観を通り越した征服感が、男の本能を呼び覚ました。
上半身裸のまま2人は抱き合い、長い接吻をした。
彼女の下着を脱がすのも、恥ずかしいといいながらも、拒絶しなかった。
床に横たわる彼女の、全身の体のバランスは見事だった。
まるで雑誌のなかでしか見ることの出来ないほどの、均整のとれた見事な体だった。
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2
投稿者:khki ◆782CT8jkbk
2014/11/15 08:43:41    (IPupZcZN)
続きをお願いします。
早とちりで勝手な想像かもしれませんが、もしかして、お孫さんは息子さんとお嫁さんの間に生まれたお子さんではなく、熊さんとお嫁さんの間に出来たお子さんなんじゃ?
3
投稿者:(無名)
2014/11/17 00:34:01    (sGIUk4HQ)
中途半端やな~
妄想やろけど
4
投稿者:無名
2014/11/17 14:00:31    (6y1b47Ua)
前置きが長いわ。
5
投稿者:座 読者
2014/11/18 06:10:14    (397.rzBM)
とにかく 続きを お願いします。
6
投稿者:時間よ止まれ
2014/11/18 09:01:12    (6JXDiXLC)
おはようございます
続き楽しみしてます
7
投稿者:
2014/11/19 00:19:42    (/ORA6iEO)
ご要望にお答えして続きを書かせて頂きます。
つたない文章で申し訳ありません。
これは真実の物語です。
パート2
目を閉じたまま横たわる彼女の生身の体を前にして、しばらく見惚れていた。
どれだけの時間が経過したのか、冷静さを取り戻した自分がいた。
義父としての立場から、これ以上は進むことが出来なかった。
ためらいがちに、彼女の肩に手をかけ静かに抱き起こすと、振向いて目が合った。
上気した顔で、見上げるその切なげな瞳の奥までは、あえて見ようとしなかった。
いや、本当はわかろうとするのが怖かったのだと思う。
目を逸らすことで、その場を回避しようとしただけだった。
背を向けた私の背中に抱きついて嗚咽する、彼女の声が聞こえた。
背中に、熱った彼女の顔と涙が流れるのを感じた。
背中越しの、涙混じりの声がした。
「義父さん、寂しい・・・寂しい・・・助けて義父さん・・・」
その声を聞いたとき、毎日辛い思いをしているのを知っていながら、なにもしてやれない不甲斐ない自分を恥じた。
空しさと愛おしさがこみあげてきて、感情のブレーキが完全に利かなくなってしまった。
暗黙の寂しさの中で、2人は抱き合い、お互いを求めた。
お互いが、お互いの境遇を哀しむかのような静かな行為だった。
彼女の感情を抑えた慎ましい喘ぎ声を聞きながらの、短い時間の行為だった。
私にとっては、永遠につづくような至福の時を過したように思えた。

お互いの立場から、冷静になって話し合った結果、同じ過ちは繰り返さないと誓った。
家では出来るだけ顔を合わせないように自室に引き篭もり、用もないのに外出することが多くなった。
彼女は、近くの小さなスーパに午前中だけ働きに出るようになった。
一緒に畑に出かけることもなくなった。

一度交わった私には、それから悶々とする日々が続いた。
男の機能が、思っていた以上に働いたことへの満足感から自信をもったこと。
そのはけ口を求める相手が、いないことへのあせり。
くすぶっていた性欲が、こんなにも燃え盛るようになるとは自分が一番驚いていた。

夫婦の夜の生活はなくなってすでに5年以上は経っていた。
仕事が忙しい時期に、妻から求められ、男として果せなかったことが何度かあった。
妻は、私の男性機能が年齢的にもうだめだと思い込んでいるようだ。
いまさら妻を抱く気にもならなかった。
悶々とするなか、あの時のことを思いうかべながら、自ら慰めることもあった。
思った以上に男性機能が元気であることに、驚きと同時に喜びを感じた。
自分で慰める回数が多くなるにつれ、持続力と硬さがかなり回復した。

あれから数ヶ月が経った11月の紅葉真っ盛りの日のことだった。
山間の畑の、大根やキャベツの収穫時期に入っていた。
その日は、パート勤めの彼女も休みだった。
彼女に紅葉を見せたいこともあったので、畑の手伝いを頼んだ。
久しぶりのお誘いに、おおいに喜んで朝から2人分の弁当をつくってくれた。
畑に着くと、山間部の周辺の山々の紅葉に驚きの声をあげて喜んでくれた。
笑顔を見ていると、まるでタイムスリップしたように、自分の年齢を忘れてしまう。
同じ年齢に戻ったような錯覚に陥ることがある。
野菜の収穫も終わった頃には、ちょうど昼食の時間になった。
小さな物置小屋で、彼女の作ってくれた弁当に、舌鼓を打ちながら食べ終えた。
あのとき以来、面と向かって話すことがなかった二人は、あまり言葉を交わすことがなかった。
下を向いたままで、小さな声で、ぽつりとつぶやいた。
[義父さん、あのときからあまり声をかけてくれませんね。どうしたんですか?
義父さんだけが、私の味方だと思っていたんですよ。寂しいです・・・・」
彼女に対する思いを押さえきれない自分が、情けなかった。
言葉がでなかった。
「義父さん・・・私・・あのときのこと一度も後悔なんかしてませんよ。あの時は・・・
本当に嬉しかった。義父さんが大好きだったから・・・今も大好きですよ・・・義父さんが良ければ・・・私はいいんですよ・・・いつでも・・・」
私は震える手で、冷静を装いながら、肩を抱いて胸元まで引き寄せた。
2人は同時に唇を求めた。
弁当のおかずの味がした。
あのときからの空白の時間を取り戻すかのように、激しい接吻だった。
あのときから、なにが変わったのだろうか?自問自答した。
男としての自信を取り戻した自分は、さらに性に対する賓欲な欲望が増しただけだろう。
彼女を思って自ら慰めたことが、更に、彼女に対する思慕の念が増すばかりだった。
たまりに溜まったエネルギーが爆発するときがきた。
ズボンのホックに手をかけると、嫁は心得たようにその手を静止して、自らすべてを脱いでいった。
横たわる嫁の下半身のあの部分を、手の指で確認すると、すでに受け入れるに充分な状態になっていた。
2人は下半身だけが裸の状態だった。
なぜか、卑猥な格好に滑稽さを感じた。
耳元で許しの言葉を告げると、恥ずかしげに静かにうなずいた。
赤く染まったその顔と潤んだ瞳に、なおさら欲情をそそられた。
恥ずかしげに開いた、嫁の中心部に静かに腰を落としていった。
結ばれたことを耳元でささやくと、大きく頷いて恥ずかしいといいながら、両手で力いっぱい抱きしめてきた。
組み伏したまま、意識的に動くことをためらった。
彼女の反応を窺うことと、なかの感触をしっかり味わうために体を密着させた。
しばらくすると、あえぎ声と同時に嫁の体に変化が起きてきた。
むずかゆい感触と共に、彼女のうごめきが徐々に大きくなってきた。
私はその動きに合わせるように、緩やかな律動を始めた。
私の動きを加速させるかのように、両脚を絡め自分から腰の動きを早めていった

はじめて交わったときの行為から、かなりの反応の違いに戸惑いながらも感じた。
あの時は、静かに始まり静かに終わった。
短い時間ではあったが、それなりの満足感は充分あった。

大きな喘ぎ声は、やがて私を求める声に変わっていった。
「義父さん・・・気持ちいい・・・気持ちいい・・・体が変です・・・何か変です
気持ちいい・・・もっと欲しい・・・義父さんがもっと欲しい・・・すごいお父さん・・お父さんすごい・・・気持ちいい・・・」
自分の持続力にも驚いていた。
男として喜ばせたいと思う気持ちが、私の体力以上の力を引きだしていた。
彼女の反応をうかがいながら、更に動きを加速していった。
「義父さん・・・気持ちいい・・・体が変です・・・体が変・・・こんなの初めて・・・いいく・・・」
叫び声に近い声を出しながら体を麻痺させた。
彼女のなかで私の物は何度も何度も締め付けては緩められ締め付けては緩められて、施されながらすべての精を解放された。
抱かれたままの彼女の意識は、完全に遠のいていた。
体だけが、無意識のうちに貪欲に、麻痺を繰り返していた。
意識が戻ったとき、既に時計は四時をまわっていた。
急いで帰り支度をしながら、どうしても気になって、中に放ったことを話した。

「大丈夫です。義父がよければいいんですよ。これからは我慢しないでくださいね」

その言葉に驚いた。これ以上の喜びはなかった。
その後は、何かにときはなされたように、仕事から帰ってきた午後に私の部屋で交わることもあった。
日帰りの温泉旅行で貸切風呂で交わったこともあった。
彼女の休みのときは、車で遠出しながら、途中のラブホテルで一日過すこともあった。
回を重ねるたびに、喜びを表す言葉にも体の変化にも妖艶さを増していった。
彼女自らが申告する安全日以外は、必ず避妊することを忘れなかった。

時々寝物語に語る嫁の言葉に驚かされることもあった。
「許されるなら、義父と一緒になりたい。義父の赤ちゃんが欲しい。義父さんいつまでも元気で長生きしてくださいね。」
残り少ない我が人生に、これほど生きる希望を与えてくれた言葉はなかった。

そして二年後、彼女は懐妊した。

私の心を知ってか、お父さんの子供ではありませんといった。
主人の子供だと言い切った。
彼女の気持ちを思うと、それ以上のことは言えなかった。

大きくなる嫁のお腹を見ながら、ただただ無事に生まれることを願うだけだった。

そして、あの日突然に、子供を残してあの世にいってしまった。

余談ではありますが、
その後、息子も後妻をもらい、子供2人に恵まれ夫婦円満の生活を営んでいる。
孫娘も今は8歳になる。

あれからしばらくして、遺品緒整理をしていたとき、偶然に本棚の奥くから小さなノートが出てきた。
日付から彼女が、あの当時書いていた日記だった。
そのノートには、苦しかったあの頃の思いが面々とつづられていた。
ところどころに丸いシミが目に付いた。
おそらく涙の跡だと思われた。
そこには私と妻の生年月日や星座、血液型、性格などが書かれていた。
占いの雑誌の切れ端も挟まれていた。
いかにしても妻を理解しようとする、嫁の姿が目に浮かぶようだった。
そこには、決して妻や私たちへの悪口や恨みなど一言もかかれていなかった。
むしろ自分の至らなさが、書き記されていた。
なんと立派な嫁だったのだろう。容姿だけでなく心までこんなに美しい女性がいたなんて信じられない気持ちだった。
我が家の宝物だったのに、なぜ気づかなかったのだろう。
どうしてもっと大事にしてやれなかったのだろうか?
悔やんでも悔やみきれなかった。
涙が止まらなかった。

そして自分の罪深い行いに、8年経っても懺悔しきれない自分がいた。
我が命尽きるときまで、彼女を思い供養をしていくつもりだ。
早くあの世で彼女に会いたい。
そして懺悔したい。


8
投稿者:khki ◆782CT8jkbk
2014/12/07 07:39:50    (HOkPZd4b)
小説か映画のような美しい愛と性のお話ですね。
熊さんと息子さんのお嫁さんが愛し合われた事は許されない不義の関係、禁断の愛といったものではなく、男女の本物の愛と性だと思います。
お嫁さんは否定されたものの、生まれて来たお子さんは自分が愛した男性である熊さんのお子さんだったのではないでしょうか。
不幸にも早死されましたが、お嫁さんは生前、熊さんと愛し合えて本当に幸せだったのではないかと思います。
お嫁さんにとって熊さんは精神的にも肉体的にも男と女として愛し合う本当の悦びを感じさせてくれた最高の男性で、お嫁さんはきっと亡くなられるまで、熊さんに対する感謝の気持ちで一杯だったのではないでしょうか。
お嫁さんは亡くなられましたが、熊さんとお嫁さんは今でも強く堅い愛の絆、永遠の愛で結ばれているのではないかと思います。
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