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2026/02/05 15:03:34 (ilRMNYyr)
私が生まれ育った部落はもうだれもいません。いわゆる廃村という状況です。
そこには神社があり、行事の中心はすべてその神社で行われていました。
ここで生まれた男子は16歳になると、部落の中の経産婦と一夜を過ごすというしきたりがありました。
もちろん男子当人には知らされず、神社の中で女性と一緒になってから何をするのか教えてもらうのです。
私が16になった時にはもう該当する男子は私一人で、相手に選ばれたのが私の母でした。
なぜそうなったのかは知りません。女性側にもなにか条件があったのかもしれません。
学校に行くようになれば閉鎖的な過疎の村で生まれ育っていても、いろいろな知識は入ってきます。
年頃の男子としては奥手ではありましたが、それなりの妄想や欲求はあり、自慰もしていました。
私は母と一緒にいられることで安心するとともに、なにか淫靡な期待もあってうきうきしていました。
母がどんな気持であったかはわかりません。聞くのが怖かったというのもありましたし、すでに他界しています。
その一夜は。いまでも克明に思い出します。ただ、今どきのAVの出てくるような派手な行為はありませんでした。
キスと全身への愛撫からはじまり、騎乗位で初めての挿入をし、正常位で終わるという流れで、1回で終了しました。
母の聞いたことのない喘ぎ声が今でも耳について離れません。
翌朝目覚めると、母はすでにいませんでした。私も布団をたたんで家に帰りました。
母とはその後も変わりなく、ごく普通の親子であったと思います。

言い忘れていましたが、私の部落では父親という存在はありません。戸籍上にあるだけで、だれが本当に父親かはわかりませんでした。
子供は「部落の子」であり、産みの母だけでなく、すべての住人が親であり親戚という感覚でした。
もちろん私も例外ではありません。もしかしたら、過去には実母を妊娠させてしまったケースもあったのかもしれません。

17の年に私は部落から出て、高校に通うようになりました。それ以降は帰省することはあっても部落で生活することはありませんでした。
今では結婚もし、3人の子供がいます。
この年になって、部落のことは懐かしく思うとともに、普通ではない経験をしたあの日を夢に見ます。
優しく、柔らかかった母を今でも思い出します。
マザコン化と言われればそうなのかもしれません。妻も何となく母に似ているように思います。

お目汚し失礼しましs多。
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投稿者:(無名)
2026/02/07 06:41:33    (95SiQEVR)
息子を“性人式”に送り出すときの母親の気持ちってどうだったのかしら?行かせる前に“ツマミ喰い”しちゃたりして?
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投稿者:田舎者
2026/02/07 14:24:18    (.KLv8HB7)
うちの母はもともとこの集落の出身なので、私の筆下ろし(性人式?)の時も、「幸子さんに教えてもらって大人にしてもらっといで。頑張って来な。」と送り出し、童貞卒業して父と帰った時も、「無事できた? これで○○も大人だね。  3回もしてもらったん、気持ち良かった?  これからも幸子さんとか他のおばさん達ともすると思うけど、自分だけ気持ち良くなるんじゃなくて、女の人も気持ち良くしてあげるようにするのよ。」と、至って普通のことと思っていたと思います。
母が筆下ろしや近所のどの若者の相手をするとか、どこの旦那さんとするとか、普通に話してました。「今度こういち君の筆下ろしだから、お母さん頑張んなきゃ。」、「今日はけんじ君の相手の日だわ。前やった時は4回もされたんだよね。あの子すごい元気だし、すごく上手になってきたからお母さんもすごく気持ちよくされたんだよね。今日終わる頃はお母さんヘトヘトになっちゃってるかも。」とか、父と夫婦交換の話しを私の前でも、母が「明日、田中さんのとこと交換だよね。あの旦那さんスケベなんだよね。長く舐めたがるし、早いくせに、何度もしたがるんだよね。3-4時間は掛かると思うよ。いい?」、父も「いいよ4時間位で。田中さんの奥さん、イキやすくてあの声がでかいし、スケベで腰使いが上手だから、俺もできれば3回位はしたいから」と普通に話していました。
なので、もちろんたくさん近所のおばさん達とできるだけたくさんSEXしたいと思いましたが、母の性に関することを日常的に聞いていたので、母が父やそれ以外の男とどんなSEXをするのか見てみたくなったので除くようになった。やる場所はうちの家か相手の家なので、母が奥の寝室で父との行為や、筆下ろし、若者の相手、夫婦交換をしていることは珍しくなく、そして普段の会話からいつそこで誰とするのかも知っていることも多かったので、覗くのは難しくなかった。寝室の前まで行けば、行為中の会話や、母のいやらしい声が聞こえてくるし、襖を少しずらせば、母のいやらしい行為が目に飛び込んできた。それまでは母の明るくて真面目な顔しか目にしておらず、母がSEXする姿見なんか想像できなかったが、覗いた母はすごく積極的で本気で感じまくっているいやらしい姿で、それは幸子さんやおばさん達とSEXしている時と同様か、むしろそれ以上の興奮を覚えた。そして母としたいと思うようになりました。もちろん幸子さん他ともやりまくってましたけどね。
14
投稿者:無名
2026/02/07 16:14:59    (.q3dY1Vp)
私の田舎でもあったそうです。
既婚の女性が16、18歳の男子の筆下ろしをして
あげて、自分の性の欲求も満足させる風習が。

そんな田舎ですから、田舎者さんの言う通り、
他に娯楽も少ない土地柄ですから当然と言えば当然
だったかも知れませんね。

一昔前までは性に対する考え方はおおらかだった
のは普通のことだったのですね。

なので、若い女性がヤラレルの早かった見たいですね。

15,16で親が決めた相手へ嫁ぎ、小作りに励み兄弟姉妹が
10人。何てのも普通にあったようです。




15
投稿者:(無名)
2026/02/08 16:07:24    (oVLC9Ntq)
9投稿です
自分が住んでいた部落では筆おろしをした女性とは何時でも
セックスが出来るのです。
今はコンドームとかピルが発達していますが昔はコンドームも
あまり性能が良くなく又そんなに手に入らなかったようです。
なので性行為をする時は生がほとんどだったそうです。
で妊娠してもご主人の事は限らなかったそうで。
生まれた子は旦那さんの子として届けたそうです。
中絶も多かったそうです。


16
投稿者:田舎者
2026/02/09 23:29:51    (2B5eQ.XL)
14さんや15さんのように、集落の熟年主婦達は若者の筆下ろしやその後の性教育や性処理をする役目で、同時に主婦達も元気な若者相手に 自らの高まった性欲を満たすために好都合だったようです。
うちの集落は、筆下ろし相手の主婦だけでなく、他の主婦達も含めて、若者が求めれば性の相手をみんなでしていました。15さんの言う通り、昔はコンドームを付ける習慣がまだ浸透していない時、うちの父が筆下ろしをしたような時代はまだその習慣があまりなく、筆下ろし後も誰とやるにも生だったため、どこの家庭も子供の数が多く、誰の子やらわからないケースも珍しくなかったようです。
前の続きで、母に興味を持つようになり、母の行為を覗いていることが母に分かり、母とやりたいことを告白、母から父にも相談して、父公認で母とするようになった。父も祖母と関係していたようだし、私の友人の中にも母親と関係している者も知る限りで数人いた。母子での関係もそう珍しくなかったのかもしれない。家の中で母が誰かとしている環境が普通であり、またそれを覗いて母親の知られざる淫らな姿を目撃したら、そうなるのも不思議ではない、少なくとも私はそうであった。
17
投稿者:(無名)
2026/02/12 07:25:29    (KBiz2SrZ)
戦前ならともかく、未だに体験者やその生き残りがいたのには感動しました。
日本は狭いようで広い。
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