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2009/06/16 05:27:54 (1Lpsyz6/)
大学生の時、母が男と激しくHしているのを目撃したことがありました。
父とは別れて女で一つで私を育ててくれて、大学まで進学させてくれた母・・
目撃した時はショックでしたが、なぜが私は知らない振りというか、相手が母
の恋人なら、自分は自分で大学を卒業して早く社会人になって独立すればいい
こと・・。そんな思いで母に人生の張りがでるならそれはそれでいいと思って
いました。

私は社会人になって、親父に逢ったことがあります。
父との離婚の原因は、父だけの理由ではなく、母の浮気もあったと聞いた時は
結構、ショックでした。実際は、ショックというより、その時は私も成人して
おり、女性として母を見た時、確かに母は男を誘う雰囲気や、Hが好きそうな
感じが見て取れていましたし、大学生の時に見た、母の激しい動きが目に焼き
ついている分、複雑な気持ちでした。

母との始まりは、一人暮らしの家賃がもったいなくて、母との同居を再開した
のがきっかけでした。私は童貞ではありませんでしたが、正直、Hは殆ど風俗
で満足していた頃で、かなりネットやDVDでオナニーするむっつり系の生活で
した。そんな時、以前は当たり前のように性的対象じゃなかった母のひとつひ
とつに性的に結びつけた興奮が高まることになっていったんです。
母の足を包むガードルが見えたとき、前かがみでテーブルを拭く際に見える胸
チラ、前から見ると歳が感じられるけど、後姿のウエストラインは、顔が見え
ない分、若い他人の女性を想像できるぐらいのスタイルであること・・・
それでも禁断の行為までには及ぼうとしなかったんですが、第二のきっかけ
は、よくある、母の寝室の物色でした。なんとなくタンスを開けるときの想像
以上の興奮・・母のパンティーを穿いて鏡で見た時の禁断の罪悪感と興
奮・・。母のベッドでのオナニー・・そうなって行きました。
オナニーすると、罪悪感でしばらくおとなしくなっても、またむずむずと母の
寝室に行くのを抑えきれなくなった頃から、エスカレートするもので、母のお
風呂を除き、自分でも信じられないけれど、母の脱いだばかりのパンティーま
で物色するようになっていった時は、完全に母が性の対象となっている自覚が
ありました。

その時からネットでは「近親相姦・母と子」などの投稿記事閲覧にはまって
いったんです。近親相姦のパターンだったのかもしれません。

いろんな妄想や、想像の中に、母は私が同居するようになって、彼氏を家に呼
べなくなって、欲求不満があるんじゃないか・・とか、母は寝室で自慰してい
るのではないか・・そんなことを考えるようになっていました。

私はなんとかきっかけを作りたいと、あれこれ体験談からの実践を始めまし
た。一番興奮できそうで選択した方法が、母へのこれ見よがしの攻撃?でし
た。部屋のエロDVD、オナニーしたあとのティッシュ、本、などを見つかるよ
うにして反応を見る・・風呂上りに巻いた腰のタオルを落とす・・。などの興
奮から始まりました。
私の母の場合、意外に早かったのは、ちょっと露骨にしすぎたと思うくらいの
「オナニーを見られた」という場面設定で、母は「彼女いないの?」とか、若
い乗りで、私に恥ずかしがらずに質問してきたり、こっちはドキドキで勃起し
てテントを張った短パン姿なのに、チラチラ見て黙っているのではなく、「ど
うした?ちょっと、大きくなってる?」と、突っ込みを入れてくる母だったん
です。
そのような母の反応と、いろんなネットの体験談から、思い切って行動に出る
ことに決めた日がありました。私の24の誕生日でした。

今まで友達に祝ってもらった誕生日でしたが、あえて、母に祝ってもらいたい
と、2人で食事に。同僚と行き着けのパブに、母を案内し、初めて母とお酒を
飲んだんです。ある程度計画通りでした。母は楽しそうに店内を見渡し・・
そして勘定をしてもらって家路に・・・。
そこで、一緒にお風呂に入るイベントのきっかけを、これまで体験したことの
ないドキドキに模索していました。どうやれば自然に・・拒絶されず・・。
外から帰った母は、服を脱ぎ始めて、お風呂場へと入って行ったとき、私はこ
このチャンスは二度と得られない状況だと意を決し、「俺も早く風呂に入って
寝たい・・酔ったから」と言い、「一緒に入ろう!」と、勇気の振り絞りでし
たが、母は笑って「えっ、はずかしくない?いいけど」と単純なOKでした。

私は、事の成功に興奮しまくっていました。パンツを脱ぐ時の手足は震えてい
たのを覚えています。これまでは覗き見た母の裸でしたが、目の前に映し出さ
れる母の裸に興奮というより、ひざガクガクでした。母も多少酔っているの
か、無防備だし、前を隠すことも、体の向きをかえることなく、私の視界にさ
らけ出し、シャワーを調整する時も、私にまずかけてくれ、私の股間にはぜん
ぜん視線が感じられない・・ぐらいの余裕で一切の緊張がない様子でした。

逆にそれが安心感があって、緊張がほぐれた感じで、二人で一緒に湯船にはい
りやすくなったんです。
私は母の肌の色、胸のふくらみが気になってしょうがない一方、母は私のチン
チンや、私と風呂に入ってることに何の抵抗もない様子だったので、やっぱ当
然の事ながら、息子だし、男を感じてくれる・・という期待が崩れそうになっ
ていました。
ただ、私はもう、なんとかしたい、なんとか母に感じてもらいたいという気持
ちが働いていましたので、小さくなりかけていたチンチンを自分でいじって大
きくして母に見せたい!という行動に出た時、、母が「なに、さわってる
の?」と聞いてきたんです。
私はたまらなく恥ずかしくなり、言葉に詰まっていたら、母がちょんちょん!
と触って「ははは、大きくなっているね、立派立派」というお茶目に出たんです。
恥ずかしいのと、居心地悪いのと、なんていったらいいのか分からないパニッ
ク状態でした。
私は母の目の前に立ち上がって、いきり立ったチンチンが母の目の前に出た時
は、さすがに母も、「ちょっと!」と、びっくりした感じの様子でした。

その時、計画とはうらはらにというか、ネットの体験談のように、実際には母
に抱きついて思いを遂げさせてもらうようお願いしたり、Hの展開に持ってい
くことは出来ませんでした。どうしてもその一歩が踏み出せなかったんです。

しかし、そうして風呂から上がって、このまま終わる!というあせりから、脱
衣所で、母の背中越しから抱きついたんです。
母はちょっとびっくりした感じがありましたが、言葉は「なに・・どうする
の」だったような。

私は、「いや、わかんないけど」という言葉だけしか出ませんでしたが、なぜ
か、抱きついたまま、母のお尻のあたりに、勃起しまくったチンチンを押し付
けることだけは、力を抜かなかった・・それが唯一できる欲望の成就でした。

母に、背中越しにありがとう!という以外、言葉が見当たらなく、母から離れ
てパンツを穿いて・・
それでも、勃起が収まっていないので、思いっきりテントを張っていて、それ
をみた母が、「元気いいのが収まらないね」と。
その言葉を流したらチャンスがなくなるとばかりに、私は母に正面きって抱き
ついて、「もう、酔っているね」などの言葉を聴いたような聞かないような感
じで、母の手を引いて寝室へ向かったんです。
母はドアの前で私の手を振り解き、「このまま一緒に部屋に部屋にはいって、
お母さんとセックスをするわけ?」とダイレクトににらまれたんです。
返す言葉がなくて、自分の部屋に行こうと思いましたが、なぜか私は一人で母
の部屋に入ってベットに座ったんです。
母は、なかなかドアから入ってきませんでした。
そして、台所の方に姿を消したんです。
その時、私は自分の部屋に戻るか、今なら事なきを得る・・と葛藤してました
が、母のベッドから離れませんでした。

しばらくして、母が戻ってきて、「出なさい!」といわれたら私は出るつもり
でしたが、母は入ってきました。
私の目の前にたった母・・。
私はそんな緊張の中にも、スエットを穿いた母の股間の膨らみの形を認識して
いました。母としたい!その気持ちは治まりませんでした。

母は、ドレッサーに座ってしばらく鏡をみて、時折、鏡に移った母の顔と目が
合ったりして緊張の時間が流れました。
母が立ち上がったかと思うと、ドレッサーの引き出しから出したのはコンドー
ムでした。
母が、「これをつけて!」と、ちょっと厳しく感じる口調でいい、私は、コン
ドームを手に、躊躇していました。
母が隣に座ったとき、私は「ごめんね、でも」とかいう言葉を母にかけたよう
に記憶していますが、その後、母が「こうなったら、ちょっとお母さんも今日
ののことは忘れる」とか言い出したんです。
私は、それがOKの言葉だということで認識して、興奮と緊張で震えながら母に
抱きつくようにベットの横になって母の顔を真下に見た時、母が「どうやる
の?」と聞いて、私は無我夢中でキスしました。
そんな中でも、母の口の中に舌を入れて、その母の匂いを今でも覚えていま
す。彼女や風俗の女性の口の中に舌を入れてその味や匂いを体験してきてまし
たが、実の母親の口の中の味を体験するのが不思議だという思いでした。
実の母親の口の中に舌を入れている・・という妙な気持ち担ったのと同時に、
母が舌を絡め返してきたのが今でも鮮明に記憶にあります。
母の胸をもみ、舌で乳首を一生懸命転がして、実の母なのに、感じてもらいた
いという一心でした。興奮しすぎて、目を閉じてしまっていました。
母のアソコに口を近づけるときも、興奮しすぎで目を閉じたままのクンニでし
た。口の中の味は覚えているのに、アソコの味や匂いはまったく記憶がありま
せん。
母の口に唇を戻した時、母も私のチンチンをまさぐっていました。
私は興奮しすぎで、その時にイキそうになって、母に手を止めてもらうように
頼んで時間を稼ぎ、そしてコンドームをつけて、恐る恐る母と一つになりまし
た。すぐに出そうになったので、急遽バックから・・・。
でも、バックでもう出てしまって・・・・。それでも出たのを知られないように
正常位に戻って、母を抱きしめながら・・・もう発射しているのに勃起は収ま
らず、2回目の発射・・。

母は殆どマグロ状態でした・・・・。

2回目、母と関係を持ったのは、4日後ぐらいでした。
なかなか言い出せないかったし、あの晩の誕生日の思い出というか、過ちにし
ておくのがこれ以上、深入りしないためにも良策だと決めたはずだったし、母
が2回目を許すわけがないと思っていました。

でも、4日目にまた母とお風呂に入ったんです。
その時、ジロジロ母を見て、「なに!もう」などとたしなめられた時、私は正
直に、母と関係を持ったときは、興奮と緊張のしすぎで、殆ど目を閉じていて
まったく胸やいろんなところを見てなかった・・そして、本当はすぐイッたの
を隠してたことを話すと、母は大爆笑したんです。
そして、風呂から上がって、しばらくしてお互いが就寝で部屋に戻ったあと、
私は、母の部屋をノックして・・。
母が、「なに?」と聞いて来た時、黙ってたら、「のど乾いたから、水を持っ
てきて!」という言葉に、私はダッシュして水を汲んで渡すためにまた母の部
屋に戻って・・・。
母が水を飲んだあと、私はまた、母に今度はお願いをしたんです。
母は最初は困惑していましたが、しぶしぶ「もう、どうしてこうかなのかな」
といいながら、抵抗する気配がないような雰囲気で、私は2度目の関係を母と
結ぶことになったんです。
コンドームだけはつけることは意識としてありました。
私は、母を女性としか思えませんでした。
母の下着は、若い女性が穿くような小さなパンティーです。
なんども物色してきたものです。
そして、私は母と関係を定期的に持つようになりました。
母も、月に2回は、私を断らなくなったというより「慣れは怖い!」とか、
「慣れちゃいけないんだけど」というのが口癖のようになって、それでも定例
となっていました。
私は、母が持っている一番Hな下着を穿かせて、脱がせるところから始めたり、
お尻にパンティーを食い込ませてたりまでするようになって、母もその私の行
動に拒否しなくなっています。
母は、私のチンチンもフェラしてくれるんですが、凄く時間が長いんです。
母がフェラが好きだということが意外というか、自分の母親が息子のチンチン
を長い時間フェラするって、冷静に考えればおかしいんですが。。。、

私はここ最近、母しか知りません・・・というか、母としかHしていませんで
した。機会あって、風俗にいったんですが、なんか立たないというかHが冷め
て気興奮しません。理由は、母が一番感じてくれ、感じようとしてくれ、声も
出してくれるし、Hビデオの女優さんのように、あえて気分を盛り上げるため
にいろんな体位で快感を得ようとしてくれるんです。
だから、母とのHが一番興奮して気持ちよく安らぎます。

母に彼氏とのHを見たことを告白しました。
その彼氏は、とっくに分かれて、別の彼氏がいるけど、ここ2~3ヶ月で2回
しか会ってない・・・・とのことで・・。

長くなって申し訳ないです。
でも、どうしても伝えたくて。
私は結婚するまでは、母を母親としてではなく、女性として見られるんだろう
なぁ・・・と。最高です。

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投稿者:(無名)
2010/06/08 09:18:46    (YesreZXD)
彼氏が何人も出来るということはキレイなお母さんなんでしょうね。
近親相姦ならではのアブノーマルなプレイに進展させていかないともったいないですね。
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