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2011/12/03 11:01:05 (dCwboQhs)
俺の初体験のことを今でもはっきりと覚えている。
そう、あれは俺が18歳の高校卒業式が終わって、就職するまでの間の出来事だった。
母との初体験で俺は童貞を卒業出来たのだ。(以後も続くのだが)。
俺は母が31歳の時の末っ子として生まれ、ぐ~たら親父に愛想をつかした母は、俺が8歳の時俺を連れて実家へ戻って親父と別居をした。
親父と別れ、実家へ戻る前の日、誰もいない二人きりの時、母は「○○(名前)、お前がお母ちゃんは一番好きだよ」と俺の頬を両手で挟んで鼻先同士を擦り合わせて
くれた。
田舎の中堅工務店の実家へ戻り、事務の手伝いを始めた時俺小学2年生、母は39歳の熟女だった。
小学生の俺は、6年生まで母と一緒に一つ布団で寝ていた。
先に布団で寝ている俺に母は「足元が寒いだろ・・・・」と言って俺の脚を自分の太腿に挟んで寝てくれた。
たまに、「手も冷たいだろ・・・・・」と言って、自分の寝巻(浴衣)の襟元から俺の手を導いて直に乳房に触らせ温めてくれた。

母の太腿に脚を挟んで寝る時は、何故か母は下着をつけておらず、陰毛が俺の大腿に擦り合わされていたし、乳房を触って寝る時は母の手が上から押さえ揉むようにしていた。
良く考えると夏でもそうであったから、冷たい、寒いことはなかったのだが、母は子供でも俺で男を感じていたのだろう。
「お母ちゃん、温かい!」と母親の愛情・・・・・・と、当時は素直に俺は思っていた。

中学生になる頃には祖父母も既に他界し、2階に空き部屋ができたのでさすがに別々
の部屋(襖で仕切られていた)で寝るようになってそんな行為もなくなっていたが。
高校の卒業式から就職するまでの1週間ほどの間にそれが起きたのだ。

もう直ぐ家族と離れ、遠隔地に就職して母とも暫く逢えない寂しさと、子供の頃の思い出とで、49歳になった母に「お袋、今晩はお袋と一緒に寝てもいいか?」と聞くと、
「そうだね、もう直ぐ行っちゃうからね」と言ってくれた。
久し振りに寝る母と、昔話をしているうちに夜は更けていった。
「お袋は小さい頃、良くオッパイに手を入れて温めてくれたよね」「そうだね、こんな風に・・・」何年かぶりに触ったお袋のオッパイの張りは失っていたが、それなりのオッパイだった。
俺の手は母の手が添えられる前に自然に揉んでいた。
「こんな風に脚も温めてくれたよね」俺から母の太腿に、当時のように俺の太腿をちょうどSex体位の松葉崩しのように差し入れていた。
18歳になれば、ペニスの皮は剥けて亀頭は露出していたし、当然男女の営みは理解していたけれども、母に女を意識はしていなくても自然に俺のペニスは勃起していた。
「ん?」と思ったのは当時と同じく母の陰毛が俺の太腿に擦れるのだ。この時母は昔のように下着を着けていなかったのだ。
オッパイを揉み、太腿を擦り合わせていると母の呼吸が乱れ始め、俺の勃起したペニスを自ら握り、強く弱く前後に動かしはじめた。
呼吸は段々大乱れ始め、俺の尻を抱かかえるようにおマンコに、自ら俺の太腿部分を擦り合わせだしたのだ。
俺は、母の尻に手を回し引きよせ太腿を擦り合わせると、母のおマンコ部は既に濡れそぼっていた。
俺の太腿はおマンコを擦り、左右のオッパイを揉みしだいていた。
俺のペニスを握りながら「お・・きぃ」、男のペニスを握るなんて親父と別居して(その間離婚成立)以来10年以上も握ったことがないので、俺のペニスが大きいと思ったのだろう。

態勢を入れ替え、母を仰向かせ大腿は母の両太腿の間に挟んだまま、母の寝巻の胸元を豆電球の灯りの下で大きく開くと、張りは失ったがそれなりの大きさの白いオッパイが目にはいった。
細身なので身体はそれほど崩れておらず、色白でやけに大きめなオッパイだったのが記憶に残っている。
大腿はおマンコを擦り、左右のオッパイを交互に揉みしだき、乳首を舐め転がすと荒い呼吸から軽い呻き声に変わり、顔を片手で覆い階下の伯父、伯母に聞こえないように口を塞ぎ、喘ぎに変わっていった。
相変わらず俺のペニスを絶対放すまいというように握ってしごきながら。 
まだ童貞だった俺だが、マスターベーションで鍛えた(?)せいかこの程度では射精することはなかった。
仰向いた母に添い寝をする態勢になり、手を母の割れ目に当てるとヌルヌルと淫汁が指先に絡まり、それは尻の方まで流れ伝わっていた。
「お願ぃ○○、指で・・・擦って・・・・」母は俺にそう言って顔をそむけた。
乳首を吸い、舌先で転がしながら、淫汁まみれの母のおマンコの割れ目を擦っているうちに母の下腹はいつしか上下に波のようにうねっていた。
「ハぁぁ~・・・・ぁぁ~」「○○、乗って・・・」母のM字に開いた脚の間に腰を落とし、豆電球の薄明かりにテラテラと光っている母の縮んだアワビにも似たおマンコを見ると、早く入れてみたい衝動にかられ、
亀頭部をあてがった時、母の手が俺のペニスに手を添えおマンコへと導き「そのまま・・腰を・・・」前に突き出すように促され、グイっと力を入れるとヌルっと抵抗もなく母のおマンコの中へ俺のペニスは呑
み込まてしまった。
中は温かく、なんとも言えないペニスに纏わりつくヌメリ感で、暫く動かすどころでなく挿入感を味わっていた。
母の腰の上下運動が始まり、中で擦られるペニスに下腹部にこみあげてくる快感に思わず「お袋~、でるッ」「ぃぃょ、ィィょ」ドバッと意に反し思わず射精。
「早かったネ、気にしなくていいょ」枕カバー代わりのタオルを股間に挟んだ母は、労わるように俺の坊主頭をいつまでも優しく撫で続けていた。

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投稿者:健太
2011/12/03 11:07:43    (dCwboQhs)
翌朝ちょっと面映ゆい思いで朝食の準備をしている母に「おはよう」と声をかけると、いつもと変わらぬ母の態度にホッとした。
童貞喪失とSexの初体験を母と経験し、今晩はもうないだろうと布団に入って寝入っていると、誰かが俺の横に入った気配がして耳元で「○○、お母ちゃんだよ」と母の囁きで我に返って薄目で見るとまぎれもなく浴衣
姿の母だった。
今晩は母自ら浴衣の帯を解き、胸元を広げ俺の口元へ乳房を押し付け「吸って・・・・」と。
俺は思わず母の胸にむしゃぶりつき、乳首を舌先で転がし、歯先で軽く咬むとそのたびに「うッ・・うッ・・ハぁ~」と荒い呼吸が母の口から洩れる。
気が付くと母の片手は既にギンギンに勃起した俺のペニスを握り、上下に擦って昨晩と同じように「おぉきい」と。
横向きでスプーンを上下に重ねた形で布団の中に潜った母は俺のペニスに舌先をチロチロと這わせ、やおら口に含んで舌先を使いながら上下に動かしだした。
温かいのと、亀頭先端を舌先でチロチロされるのとで、母の口の動きに合わせ俺は自然と腰を上下させていた。
息苦しくなったのか母は布団を巻くってしまい、俺のペニスを咥え上下させているのが良く見える。
目の前には母の尻があり、わずかにおマンコが陰毛の間から見える。 片脚を立てるように開かせるとビラビラが赤貝のようになったおマンコが良く見える。
「そっとネ」と母は言い、なお良く見えるように片脚を開き俺の手をおマンコに導いてくれた。
女のおマンコをこんなに目の前で良く見るのは始めてで、指で広げたり、閉じたりそっと指をおマンコに入れたり。
指が入るとペニスから口が離れ、母の呼吸とも喘ぎとも言えない声にならない声が「ぁぁ~、ハ~ッ、ハッ、ハッ、ウッ、ぃぃ~」と洩れる。
割れ目の上の部分を擦るとひときわ喘ぎ声が大きくなるが、俺のペニスを慌てて咥え声を押さえているようだ。
階下への気遣いだろう。
母にペニスを咥えて貰っているので、俺も母のおマンコに口を付け同じように舌先を使ってみた。
なぜか、ビラビラの合わせ目を舌先で舐め上げると母の声と共に腰の蠢きが激しくなり「そこ・・・おサネぃぃ・・・」。
指先で開いてみると、小豆粒のようなものが見える。 舌先を当てると母の腰がビクン、ビクンと蠢きから俺の口に押し付けるしぐさに変わり、口を押さえながら「○○、お母・・・ちゃん、・・・気持ぃぃヨ・・・」「ここがいいの?」
「そう・・・そこを・・・そこを・・・ぁウウウ・・・」入れたくて、入れられたくてお互いが我慢の限界に達した頃母が俺の怒張したペニスに跨り、自らペニスをヌルヌルになったおマンコへ手を添え導き、ペニスを何度も何度も入口に擦りそろ
そろと腰を沈めてきた。 俺のペニスは抵抗もなく半分ほど入ったところで母は一気に腰を落とした。
「ハ~ッ、うう~、いいぃ~」階下に聞こえるんじゃないかと思えるほどの声が漏れる。
俺の腰に跨った母は上下、前後に尻を振りそのたびに口を押さえたり、快感のせいか口を押さえるのを時々忘れるのか喘ぎと声が入り混じった声を上げ続けていた。 
そのたびにユサユサと揺れる乳房を俺は下から見上げ射精を我慢するのに必死だった。
俺の胸に上体を預け、味わうかのようにゆっくりと尻を上下左右に振る母に10年以上男ッ気のなかった女を見た。
俺の腰から降りた母は、四つんばいになり「ね・・・お願い後ろから・・・して」。 母の突き出す尻の後ろに回った俺は白く濁った淫汁が垂れた母のおマンコに、今度は俺が味わうようにゆっくりと奥まで突き刺していった。
出し入れするたびに、ペニスにまとわりつく母の赤貝に似たビラビラが同じようにおマンコの中に出入りする。
奥に当たると、ペニスの先端に当たる個所がある。 そこに当たると母の上げる声が一段と高まる。
「○○、いぃ・・・いぃ・・・そこそこ・・・イキそうだヨ~」「お袋、出るょ」「きて・・・きて・・・イク~、イク~」。
思わず我慢できずドバッと射精。 同時にストンと母の尻が落ちた。 
母の荒い息使いが鎮まったころ、枕カバーのタオルを股の間に挟みよろよろと俺の部屋を出て行った。
家を離れる1週間ほど毎日同じ行為が繰り返えされ、もう既に生理が上がっていたのかいつも中出しでいくつかの体位を試み、女はおサネ(クリトリス)が敏感に感じることも、奥の子宮口をペニスの先端で擦ると快感が増すことも母から教わ
って家を出た。
その後、盆暮れに帰省しても2度と母は俺の部屋を訪れることはなかった。 
3
投稿者:いかりや長吉
2011/12/03 17:45:52    (8sj0vVMx)
それから~どうした!? また来週ぅー
4
投稿者:健太
2011/12/04 14:30:43    (MXxjoHNE)
いかりや長吉さんへ
書いた通り、その後は母は何事もなかったように振舞っていました。
ただ、家を出る時に「○○、結婚は軽々しく約束するんじゃないよ」って言って送り出してくれ、俺も就職してすぐ彼女ができたし、母との関係は
切れました。
24歳で結婚する時は猛烈に反対され、一時は母子の縁を切るとまで言われ結納の前日まで反対していましたが伯母の取り持ちと俺の「孫の顔も見
せないから」の言葉でやっと折れました。
多分、他の女に俺が取られる嫉妬心だったのかと思います。
5
投稿者:**** 2013/03/07 21:31:10(****)
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