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2014/06/18 22:20:36
(VF89h8jA)
もうそろそろ六十路になってしまうおっさんですがガキの頃のことを思い出しながら書きます。
中1の時だったと思うんですが、一部屋で家族四人が雑魚寝状態でした。まだ明かりをつけた状態で
ウトウトしていると母の小さな声「アンタ、する?」その声で目覚めてしまったのですがなんなのか
分かる年になっていたので寝入った振りをしてました。反対側に寝ていた父がわたしをまたいで母の
寝床に移動、そのとき父の後ろ姿を下から見ました。股の間に大きなキンタマがぶら下がってました。
母の寝床に入る前に浴衣を脱ぐところを盗み見たのですがもうチンポは半ば勃起してましたね。
その頃わたしも勃起を経験してましたし、精通もあったし、自慰もしてましたけど未だチンポは半ムケ
状態で父の立ったモノを見て、亀頭のでかさにビックリしてました。
母の「アンタ、電気」の声で暗闇になってしまったのですが。
ひそひそ声で行われる父母の乳繰り合う様子は伝わってきてわたしはドキドキして寝た振りをしてました。
「好きよ、、、、」「愛してる、、、」とか月並みな会話でしょうがが多分チンポやオマンコをいじりな
がら当人同士はもう最高の状態だったのでしょう。
後年知ることになるのですが、女性の性欲は男のような排泄欲ではなく男に優しくされると亢進するもの
らしいです。ですから乳繰り合いながら「好きさ、、、」「嬉しい、、、」とかいいながらブチュッと音
をたてて唇を吸い合いながら父は母のオマンコをなぞったりクリをつまんだりして次第にはめはめしたく
なるように誘導していったと思われます。次第に乳繰り合う会話が途絶え、母のすすり泣きが漏れ始め、
ザザッ、ザザッと床のすれる音がしだし、ハア~ハア~と母の息が荒くなり、小声だった会話が次第に熱
を帯び「ソコ、イイ~、もっと~ゆっくり、イイ、すっごくイイ」ナニが凄くイイッ~のかその当時は
よくわからず、ただ布団の中で一人で生唾を飲み込んでいたものでしたが、今にして思えば、多分父の
絶妙な指先による女性器へのサービスが母の羞恥心をかなぐり捨てさせ、イイッ!イイッ!
と叫ばせたのでしょう。もっとも、最初に「アンタ、スル?」と聞いている時点で羞恥心なぞないと言え
ばそれまででしょうけれど、、、、
とにかく夫婦生活は前戯で女性をすすり泣くくらいまで登り詰めさせ、オマンコを湿らせ、愛液を溢れさ
せ、「チンチンを入れてっ、」と言わせるのは女性に酷としても腰をくねらせて、太ももをすり合わせて
オマンコしたいしたい動作をさせるところまでしないと膣内射精で夫婦が同時に絶頂に達するのは難しい
いうことが後年自分が妻とやるときしみじみ分かりました。
とにかく、母から「アンタ、、、(オマンコ)する?」と声をかけられるだけで父は母を満足させていた
のだろうと思います。
いま考えてみると当時は夫婦生活を営むにはおよそ酷い環境で今のように、夫のチンポをしゃぶらせたり
、妻の股を開かせて夫がその茂みに顔をうずめ、妻の満足がゆくまでなめ
あげてやるなど想像もつかない環境でありました。
まあ、ひょっとしてこどものいない晩、「あなた、そんないやらしいこと、、(恥)」とかいいながら
股を開き、父の舌の奉仕にうち震えていたのかも、
御婦人にとってアレはいいもんらしいですな、何度やっても恥ずかしい、いやらしいといっても御婦人に
とっては堪えられんらしい。アレのアトは本番をやらずには終われないらしい。
夫は妻の膣の奥深くチンポを突き出して射精し、妻は満身の力でチンポを締め付ける
射精の後の気持ちのよい脱力感、一緒に登り詰めた満足感、オマンコってええもんですな。