ナンネットID のアカウントをお持ちですか? ログイン ログイン
ナンネットID
 
1

40年前の妹と従妹のハミ尻

投稿者:(無名)
削除依頼
2026/02/23 00:01:35 (CXvs2bTE)
40年前に、当時小学校低学年だった妹と従妹の尻肉を露にさせて悪戯をした話。

まず、妹から。私が中学2年、妹が小学3年の時。自宅の居間と食卓は通常は隔てなく繋がっているのだが、あの日はテレビを見ていたためか、食卓と居間の間のスライド扉が閉まっていて、私と妹は居間に2人でいた。どういうきっかけがあってか覚えていないが、私はソファから下りて床に腰を下ろし,目の前の妹に私を背にまっすぐに立たせて、妹に自分の手でスカートを持ち上げさせた。当然、私の目線の高さには、妹の尻とパンツがある。パンツは白の無地。

私はその以前から、私のベッドの上で、プロレスごっこをして力任せに妹のパンツをスカートから丸出しにしたりしていた。そして、その都度、強くなるための手術をしてあげると言って、妹をベッドにうつ伏せに寝させて、両脚を開かせ、私はその間に座り、生脚のふくらはぎから太ももを徐々に揉み、特に太ももの付け根のあたりを股間近くまで親指で重点的に揉んだ。そして、ヒップラインに沿う形で、腰の方に親指を持っていき、パンツの脚口(裾)のゴムに親指をかけてパンツを上へ押し上げた。腰のマッサージに見せかけて。それから両腰を掴み、ヒップラインをマッサージしていくかのように、親指をゴム縁に引っ掛けて上下に指を動かしながら、腰から股間にかけてパンツの裾を上にずらしていく。徐々に露になる妹の尻肉。そして、はみ出た尻肉を凝視堪能しつつ、カムフラージュのため、強くしてあげると言って太ももやヒップラインのマッサージを続け、また、パンツの上から股間に鼻を近づけてその匂いを嗅ぎつつ、気づかれず自慰する行為を、既に何度かしていた。

小3になった妹を立たせた時も、妹にとっては、おそらくその延長線上のことだったのだろう。スカートを自分でまくり上げ露にした下半身の後ろ姿(纏っているものは、パンツと靴下のみ)を、1人ゆっくり眺めながら、両足のふくらはぎから太ももにかけて両手で揉み上げ、脚の付け根の部分にたどり着くと、両手親指をヒップラインに沿って腰骨のあたりまでマッサージを続け、そこから両方の親指でパンツの腰のあたりの縁ゴムを押し上げ、そこからヒップラインに沿って親指でパンツの縁を上にずらし、尻肉を少しずつ露出させた。さらにこの時は大胆なことに、親指と人差し指で股間近くの脚口ゴムをきゅいと持ち上げて尻の割れめに引っ掛ける(食い込ませる)と、まるで堰を切ったかのように、それまでゴムの締まりで支えられていた尻肉が重力のままに溢れ出す。縁ゴムをどんどん押し上げ、妹の尻は半分以上露出。そして、太ももや足の付け根、はみ出した尻肉を揉むばかりか、舌でヒップラインから舐め上げる形で尻肉を何度も舐め、匂いを嗅ぎ、美味しいねと言って尻肉に何度も噛み付いた。その間、妹はくすぐったいと言って笑いはするけれども、嫌がる様子はなく、大人しく立っていた。続いて180度体を回転させて、私のほうに向かせて、再びスカートをまくらせてパンツを露出させた。私は再び両手で膝から鼠蹊部に向けてマッサージをし、ビキニLINEに沿って親指を這わせた。妹がこちらを向いているため、さすがにパンツをずらして恥丘を露出させることはしなかったが。(なお、妹はその前年、小学校からの帰り道に、中学生位の男2人に囲まれ、同じようにスカートを自分で持ち上げるように言われて、パンツの上から恥丘や股間を2人に長時間にわたり触られたと親に話していた。が、本当にパンツの中には手を入れられなかったのかは、分からない。)

翌年、私は、当時小学2年生だった美形の従妹を狙った。親戚の家で、子供が私と従妹だけになったとき、2階の薄暗い部屋にその子を誘い、強くなるための手術をしてあげると言って、うつ伏せになるように言うと、素直に応じた。この従妹とも、それより前に広間でプロレスごっこをしたことがあり、まんぐり返しの姿勢を取らせたりしながら、負けないようにもっと強くなりたいだろうという会話をしていた。そのため従妹に特に抵抗はなかったのかもしれない。膝丈ほどのワンピースから、肌色の細いふくらはぎ、そして短いソックス。まずふくらはぎから両手で揉み上げて、徐々に太ももへ。手の位置を上げていくにつれて、気づかれないように、少しずつ、スカートをめくっていく。従妹の太ももの全貌が露わになり、やがて白いパンツがその姿を現す。この時すでに、パンツの右側が尻に少し食い込んでいて、尻肉の一部がはみ出していた。パンツが小さすぎたのか、この子は他の子よりもお尻が大きいのか。まだ小2なのに…。脚を少し広げさせ、僕も肘をついてうつ伏せになり、顔は従妹の股間に近づけて、再びふくらはぎから太ももまで両手で少しずつ揉み上げる。そして、妹にやっていたのと同様、親指をヒップラインに沿わせて、両手の親指で腰骨のあたりのパンツの脚口ゴムをまず持ち上げ、股間の方に少しずつ親指を這わせ、どんどん脚口のゴムを押し上げる。もともと尻肉が少しはみ出ていた右側は、この作業で益々尻肉が露になる一方、左側は尻の丸みによって縁を持ち上げてもすぐに戻ってしまい、露出の左右差が広がる。右側は、股間に近い縁も押し上げて尻の割れ目に引っ掛けると、露出の肉量が一気に増え、45度近くの角度までどんどんゴムを押し上げ、尻肉の3分の1から半分くらいが露に。パンツに守られた左側も、股間に近い部分のゴムをつまんで食い込ませると、あとは腰骨の方に向けて再び親指を這わせ、どんどんと縁を上にずらす。溢れ出る白い尻肉。(おそらく体育でブルマを履いて)日焼けした太ももとのコントラスト。肌荒れもなく瑞々しい尻肉を凝視しつつ、鼻を近づけて股間の匂いも嗅ぎ、下心に気づかれないよう「どんどん強くしてあげる」と言って太ももとヒップラインのマッサージを続けた。まるで特撮のヒロインを養成するかのように。その間、僕は自分の股間を床に擦り付けて自慰をしていた。1年前の妹に続けて、小学校低学年の女児の綺麗な尻肉を堪能。

従妹の尻肉をその後見る機会は全くなかったが、妹の尻肉は小学校高学年になるにつれて連れて成長。もう噛んだりする機会はなく、ただパンツや水着からはみ出ている尻肉を眺めるのみ。

そして、あの日々から40年の月日が経った。私の姪がいま小学◯年生だが、とても活発で溌剌でよく話す。とてもではないが、中学生の男の子の言うことに黙って従って、言われるがままにうつ伏せになって両脚を開く、ましてや下半身を揉まれて何の疑問も感じないとは思えない。当時の私の下心は、妹と従妹にばれていたのではないかと、姪を見るたびに思う。

今は妹も従妹もそれぞれ50歳と48歳の美しい大人の女性に成長し、家庭を持った。2人とも、いわゆる美魔女。そして、私は、幸せなことに、妹の身体は串刺しして貫くことが叶ったし、もはやカムフラージュはしなくとも、妹に好きなハイレグの衣装を着させ、思い通りに尻肉を露出させ、それをカメラに収めることができるようになった。もし尻肉を噛みたいと言えば、噛ませてくれるだろう。スレンダーだった当時とは、尻も太もももまったくボリューム感が異なっていて、もはやまったく別物の形状であるし、当時のような艶、滑らかさ、弾力は失われているだろうが。ただ、熟女の肌には小学生にはない魅力があり、今の私は熟した身体にしか興味がない。従妹のほうは、水泳部で鍛えたその下半身を我が物とする目処が立っていないが、会うたびに当時のことを思い出し、つい目線をそらしてしまう。私と会うたびに、当時されたことを思い出しているのではないか、と。
 
レスはありません。
レス投稿フォーム
名前
トリップ[]
本文

 投稿文は全角34文字で自動改行されます。 # タグ使用不可
「sage」
※投稿を上げない
画像認証

上に表示されている文字を半角英数字で入力してください。
◇ナンネット利用規約 〔必ずお読み下さい〕
新着投稿
人気の話題・ネタ
ナンネット人気カテゴリ
information

ご支援ありがとうございます。ナンネットはプレミアム会員様のご支援に支えられております。

>