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2026/01/11 17:05:21
(egyDnouh)
親父は、毎日朝からパチンコをしているぐうたら亭主でした。
私は幼い時から家庭が複雑で、母親は私が小学5年生の時に、私たちの家
庭を捨てて、他の男と家を出ていったまま、全く連絡が取れません。
母親は家を出るとき「あんたのお父ちゃんは、パチンコばかりで生活がで
きんから市役所に行って相談しなさい。」と言われ、そのまま児童施設に
入って中学卒業まで生活していました。
そこで、生活しているとき上級生のお兄ちゃんから、初めて抱かれまし
た。これが見つかったら退所処分になるので、だまっていたら、今度は他
のお兄ちゃんからも抱かれたけど、やはり黙ってました。
中学卒業と同時にやっと家に帰れたので、自由がありうれしかったです。
中学を卒業して、障がい者福祉施設にスタッフとして働き始めました。
ある日、仕事が終わって、家に帰ると珍しく夕方なのに親父が家にいたの
で「どうしたの?」と聞いたら「パチンコで負けて金がないので帰ってき
た」と言いました。
その晩、私が寝ている布団に入ってきて私を抱いて「お願いだから少し金
貸して」と言ったので「パチンコに貸す金はありません。布団から出
て!」と言いましたら、泣き出しましたので、「パパはタバコ臭いから、
タバコを止めたら私と一緒に寝てあげてもいいよ」と言った2~3日後に
「タバコ止めたから一緒に寝てくれるか?」といったので「仕方ないね」
と言って寝るようになりました。
それから三か月ぐらいしたときに、私の体を親父が触っていので目が覚め
ました。「パパ、何やってるの!」と怒りました。
その翌日、親父は「昨日はごめん」と泣くような声で言いましたので「パ
パは女と遊ぶ金がないよね」と言って、私なりに考えて親父に「パパがパ
チンコを止めるんだったら、私を触ってもいいよ。でも、キスとかセック
スはダメ!」と言ったら、「わかった、パチンコ止めるよ」と言ったの
で、その夜から私の体を触らせました。
親父は、とても興奮していて私もペッティングだけでいってしまいまし
た。
私は、小さい時から母親よりも父親が好きでした。世間でいうダメおやじ
ですが、飲み屋で働いていた母親はいつも男を作って、私などほったらか
しで、家で留守番しながら寝ているといつも親父が布団しいて寝かしてく
れていました。食事もよくラーメン屋さんに連れて行ってくれてました。
母親は、付き合ってる色んな男たちに、親父の悪口をいつも言っていまし
た。
親父は本当に、私の言うことを聞いてタバコもパチンコも止めてくれまし
た。私は本当のところ、親父のペッティングだけでは我慢できなくなって
いましたので、夜、ペッティング中に思い切って「パパが仕事探して働い
てくれたら、キスもセックスもいいわよ」と言ったら、「ありがとう、分
かった、いつになるかわからないが、仕事を本気で探すから、今夜抱いて
もいいかい」と聞いてきたので、もちろん「わかったわ、パパ、キスし
て」と言って私たちは初めて結ばれました。
その夜は、セックスの準備をしていませんでしたので「お願いだから外に
出して」と言って、その夜はたいへんでした。
次の朝、お互いに顔を見するが恥ずかしかっように思います。親父に「パ
パ、昨日、どうだった?」と聞いたら、「最高だったよ。これから仕事を
探してくる。」と言って自転車で出かけていきました。
一か月ぐらいして、新聞配達とビラ配布の仕事が決まりましたので、その
夜は私が布団の中で大サービスしてあげました。
親父は仕事にも慣れたとき、飲めない缶ビールと小さなケーキを買ってき
て私の誕生日のお祝いをしてくれました。その時、嬉しくて涙が止まりま
せんでした。そして親父が「お誕生日おめでとう、お前がタバコやパチン
コを止めさせてくれたね。そしてパパを就職させるために抱かせてくれ
て、お礼の言いようがないよ。」と言ってくれたことにまた涙しました。
その夜は、布団の中で思い切っておいしく飲んであげました。そして親父
に「パパはこんな若い娘を毎晩抱けて幸せものよ。」と言いながら、私も
喜んで抱かれました。
私は正直言って、障碍者福祉施設の副管理者と結婚を前提にお付き合いし
ています。親父にこのことを言うタイミングと、やっと世間的にも立派な
社会人になっているのに、私が離れることで、親父の生活が元に戻るので
はと悩んでいます。